どうして純粋無垢な片想いが数年も続いているのか、自分に問うてみる。幸せにできないが、ただその人のことを好きで愛しているのだと思う。
…好きで愛しているなら、やろうと思えば幸せにできるだろうと思われるかもしれないが、いや、できそうだったのだが、私は相手の持っているものを半分も抱えてやることができなかった。
相手からも好意は感じていた。仲睦まじく純粋に2人で過ごした時間が2年ほどある。
それなのに、私はその時、その人が抱えている重い想いを持ちきれなくて、耐えきれなくて、自分という名の船が沈んでしまったのだ。
相手から悪意は一切無かっただろう。ただ信頼して心を開いて話してくれた相手自身のことを、飲み込むことができなかったその時の私を今でも思い出す。
吐き気がして、ストレス性頭痛に襲われて駅内で倒れ、救急搬送された。その後、精神科で適応障害という診断が下り、1週間ほど休養のため入院した。
自分よりも器用な人がいたら、心に余裕があって、器が広ければ、あの人の全てを知っても受け止められたのかもしれない。それこそ、メンタルアドバイザーや発達障害児の教育関連に携わっているような柔軟な人間であれば、受け入れられるのかもしれない。そう願って私は手を引くしかなかった。
そして、自分の無力感を知り、諦めと後悔と、ただ純粋な相手への幸せを願う今に至るのだ。
これだけ想っていても、愛していても、もう一度やり直せるチャンスが巡ってきたとしても、きっと私にはその人のことを受け止めて、一生を共に歩み、支えることはできないだろう。
そんな片想いなのだ。