そのカフェーは、いかにも退廃の温床のように喧伝されながら、
実際には、退廃を消費し尽くした後の倦怠の殻だけを晒していた。
私は入口に立った瞬間から、この場所がもはや享楽の場ではなく、
自らの感覚を吟味するための、
一種の精神的演習場であることを理解していた。
奥の席、
赤いビロードを張った肘掛椅子に腰を下ろすと、
その柔らかさは私の身体を包むのではなく、
むしろ包まれる資格を私に問う。
壁面には活動写真のポスターが掲げられ、
そこには奔走する男女の姿が凍結されている。
無声の激情は、もはや激情としてではなく、
形式としての悲劇に堕していた。
「何になさいますか」
女給の声は甘く、だが私はそこに、
媚びよりもむしろ、
職務としての誘惑を嗅ぎ取る。
私は答えない。
なぜなら、この沈黙こそが、
この場における私の唯一の主張だからだ。
私はふと思う。
人は、快楽のために堕落するのではない。
自らの厳格さを確認するために、
あえて堕落の縁へと身を運ぶのだ。
活動写真の白い幕に映る逃走劇は、
私にとってはもはや娯楽ではない。
それは、
生の意味を失った肉体が、
なお形式を保って動き続けるという、
美しくも残酷な比喩にすぎない。
赤いビロードの椅子は、
私の体温を記憶しながら、
それを決して返さない。
この冷酷な誠実さこそが、
私を再びこのカフェーへと導く。
私は立ち上がる。
椅子は何も語らない。
だが私は、はっきりと感じる。
――この椅子は、私よりもよほど厳密に、
「生きる」という行為を理解している。
私は街へ出る。
夜は澄み、
その冷たさは、私の内部に残った
ビロードの感触を、
ゆっくりと剥ぎ取っていった。