そのカフェーは、昼でも夜の匂いをしていた。
硝子戸を開けると、煤と香水と甘い酒精が混じった空気が、喉の奥に絡みつく。
壁には褪せた活動写真の看板絵が掛けられ、女優の白粉の笑みが、どこか死者の面差しを帯びている。
私はその奥の、ビロード張りの腰掛に座るのが好きだった。
赤黒い布地は、肌に触れるとひそやかな体温を帯び、
まるで誰かの膝の上にでも身を預けているような錯覚を覚えさせる。
そこへ、例の女給がやって来る。
「今日は、どんな活動写真をご覧になりますの」
その声音は、客の耳朶を撫でるために練られたもので、
意味よりも温度だけが先に伝わってくる。
私は答えない。
答えるより、女給の指先がテーブルの縁に触れる瞬間を、じっと見つめているほうがいい。
活動写真のスクリーンが奥で軋み、
洋装の女が逃げ、男が追い、
音のない騒ぎが白い幕に映し出される。
だが、私の視線はそこへは向かわない。
ビロードの繊維が、わずかに擦れる音。
女給の足音。
珈琲の苦みが舌の上でほどける感触。
私は次第に理解する。
このカフェーに通う理由は、
映画でも、酒でも、女でもない。
触れられぬまま、
触れているように感じるため
ただそれだけだ。
帰り際、女給は微笑む。
「また、いらしてね」



その言葉が、
活動写真のどんな悲劇よりも、
私の胸を深く、静かに抉った。
私は振り返らない。
振り返れば、このビロードの感触を、
現実として持ち帰ってしまいそうで。
そして今夜も、
ビロードの奥で失われた何かを探しながら、
私はこの街を歩く。