一年ほど前から、雑誌「図書」に青柳いづみこといういっぷう珍しい名前の
ピアニストが「六本指のゴルトベルク」というタイトルで、読んだ本たちの紹介感想を
四頁にまとめあげている。雑誌が届くと何はともあれ、いづみこちゃんのこのエッセイを
イのいちばんで読むことにしている。

達意にして軽妙、的確な審美眼とバランスの取れた批評など、青柳女史の名文章に舌鼓を
打ちながら毎回何度も読み返してみる。とうぜん、それに伴い紹介されたほんたちをも
読んでみたくなる。。という二重のたのしみが彼女の文章には潜んでいる。

幾冊もの本を出しておられるが、まだ二冊しか読んでいない。

ハカセ記念日のコンサート (増補版 05年 ショパン)=最初の本
ショパンに飽きたら、ミステリー (96年 国書刊行会)

ピアニストが見たピアニスト -名演奏家の秘密とは- (05年 白水社)は、少しづつ
気が向いたときに頁をめくっている。一気にはとても読めない。重い内容だ。

近刊の「ピアニストは指先で考える」(中央公論新社 07年5月)もはやく手にしたい。
さて、今月号の 「六本指のゴルトベルク」 は 『バッハのアナグラム』 という題で、さいごの
パートを引用しておきたい。
紹介本は、山之内洋 「オルガニスト」 (新潮社)

ドイツ語で小川を意味する「バッハ」はBACHと綴る。これをドイツ音名になおすと
「シ♭、ラ、ド、シ」という組み合わせになる。この連なりをモティーフにして、
いろいろな国や時代の作曲家が音楽を書いている。

フランス六人組のプーランクは、いかめしいバッハの名前をしゃれたワルツに仕立てていて、
これがとても楽しい。このピアノ曲は、かの名ピアニスト、ホロヴィッツに献呈された。
ちょっとグロテスクな手法で知られたイタリア表現主義のマリピエロは、バッハの名前で
「架空のフーガ」をつくっている。ロシア五人組のリムスキー・コルサコフはバッハの
モティーフを主題に六つの変奏曲を書いた。

しかし、一番有名なのは、何といってもリストの『BACHのモティーフによる前奏曲とフーガ』
だろう。ピアノの低い音域で「シ♭ラドシ」が勇ましく鳴らされ、ぐるぐる回転したあと、
リスト特有のオクターヴの連続とか分散和音で華麗にパラフレーズされる。
ふー。こんな曲を完璧に弾きこなすためには、それこそ筋肉増強剤でも注射するしかないか、
という思いも頭をかすめるが、くわばら、くわばら、ラインベルガー教授も言うように、
「悪魔の道は神の道のすぐ隣を通って」いるのだから。