台湾は昔の台湾ならず (「金銭通は人間通」 邱永漢著 PHP 85年より)
台湾は長い間、週刊誌で“男の天国”として喧伝されてきたので、
日本人の中には今でも台湾を風紀のよくないところだと思い込んでいる
人がある。田舎から集められてきた小姐たちが、工場で働くよりも
北投温泉で働いた時代があったことは事実である。
また東雲閣、五月花、黒美人といった酒家に集められたホステスほど、
若くて美人の揃ったところは他国にその例を見ないのも本当である。
但し、これらの地帯は万里の長城のそとみたいなところで、長城のそとは
無法地帯だが、一歩長城の中に入ると、ガードは意外に堅く、男女の貞操観念は
は日本人よりずっと保守的であると考えて間違いない。
12年前(昭和48年)に私に連れられて父親の故地に現われたうちの娘は、
ジーパンを穿いていただけで「何というハシタないカッコをして」と親戚の者から
たしなめられた。10年もたつとさすがに若い男も女もジーパンが
普段着になってしまっているが、性の扉は昔に比べて大差がないほど硬いと
考えてよいだろう。
また北投温泉で『夜の女』をつとめた女たちも、日本の赤線地帯で稼いだ女の人たち
のようなネクラで隠微な傷跡は見られない。
案外とあっけらかんとしていて、しっかり溜め込んだかもしれないが、経済が発展し、
人々のふところが豊かになるにつれて台湾の人々の生活も日本人とほとんど
変わらなくなってしまった。