すべては運命の波に翻弄された出来事でした。
歌いたいー。
その思いだけを、命綱のように握り締めて、今日まで生きてきたのです。
50歳代半ばを過ぎた頃から、やっと「無心」になって歌えるようになりました。
不思議なことに、「無心」になった時、初めてそこに私自身の魂の輪郭や、今まで
生きてきたすべてが、凝縮されて姿をあらわすのです。すると、自然と音楽の中に
自分自身が在るように感じられ、聴衆もそのことを感じて共鳴してくださるようなのです。
声は響きです。大きな声でなくていい。大切なのは、声をいかに響かせて、ひとに
届けるか。その響きの中に、歌手は「魂の響き」を乗せるのです。それが客席に波及し
聴衆の魂を震わせることになるのです。
響きの中には、すべてがあります。過去の記憶も、現座も、未来も、かつて
であった人々、いま共に生きる友人。。まだ見知らぬ友人。そんな全てに出会うために
これからも、私は身体が続く限り、歌い続けるつもりです。
運命は、従うものを乗せて行き、逆らうものを置いて行く。
そんなフランスの詩人の言葉を胸に、私の運命の全てを本書に託します。
「ウィーン わが夢の町」より
アンネット・カズエ・ストゥルナート著 新潮社 06年12月