言葉に対する感覚の鋭さの足りない点で、とくに訳文の表現の場合、僕には賛成しがたい
ものをたぶんに持っている。胡適「四十自述」、訳文は原文よりもなお低俗である。とくに
会話の部分は殆ど文章をなしていない。
文学者としてその翻訳者として僕は絶対に承服できない。
原文はいやらしいものだが、いやらしいままに捨てがたい情緒がある。
訳文ではいやらしさだけになっている。

吉川氏の文学に対する安易な考え方、否定的なものを含まぬ触れ方は、文学の世界から見れば
かなり低いところに居るように僕は思う。
とくに固有の風俗に基く....「辮髪」を「お下げ」といったりするのは僕には連想の上からも
承服できない。
(1941.3月)

「日本と中国のあいだ」 文藝春秋より。