オーケストラがやってきた」 山本直純著 02年12月 実業之日本社 
(親本:72年刊「オーケストラがやって来た」と75年刊「ボクの名曲案内」を再編集)

この愉しさに溢れるモーツァルトの「フィガロ」は、序曲によっていっそうこのオペラ
への期待感が、否が応でも膨らんで来る。出だしの低音の弦の序奏から木管に移り、
まもなく、あの♪ターンタタタラララッタン...♪全奏で爆発し、グイグイと聴衆(聴き手)を
引きずり込む。そしてあれよあれよという間にアップテンポでそのままズルズル引っ張り込まれ、
アッというまに終わってしまうという、何度聴いてもあきない序曲。
ボーイも一回では満足できず、3-4回聴いてしまう。
(作曲者による「テンポ・プレスト」に但し書きがあって、速ければ速いほどよい、と。)

本番では、この後すぐ幕が上がり、フィガロが新居のなかを採寸しながら、新婦スザンナと歌う二重唱へと。。
これも、あまーく幸福感に満ち充ちた曲。

直純さんの上記の本で、この序曲の名指揮者らのレコード(当時)の演奏時間が記されている。

クレンペラー(NPO)4分40秒
ミュンシュ(ボストン)4‘22
ワルター(LPO)4‘15
セル(クリーヴランド)3‘54
カラヤン(VPO)3‘45
(ついでにボーイは全部は聴いていないが、このなかでセルの演奏を最も好む)

あの大橋国一(バスバリトンの名手)が「オーケストラ」の番組のゲスト出演で、この曲をなんと
3分15秒ー世界最短記録!で振った、とある。

大橋の棒さばきは、オーケストラを追い上げ、ついには何度かその演奏が揺れ、乱れ、混乱も
したが、日本では、いや世界中でもめったに聞かれない、怒涛のような速さの中にこの曲を
終わった。
指揮台を降りて、肩で息をつき、嵐のようなアンコールに応えてじっとうつむきかげんに
聴衆に向かって礼をする彼の端正な凛々しい横顔が、昨日のことのように思いだされる。
... そのとき二度目の癌が.. ぼくたちは知らず、彼は隠していたのだ。


大橋はそれからまもなくして亡くなった。
四十台半ばだったかとおもう。直純ももういないしょぼん
こんど、ボーイのささやかな大橋さんの想い出悲しいを書いてみたい。