今週は約4年ぶりに高熱を出し、3日間ほど寝込んでいました🤒



久しぶりの高熱はしんどかったですが、メイクのことも、この先のことも考える余力すらなくなって、シンプルに今の自分をしっかり労えた時間でした…




寝ているのか起きているのかすら分からず、ただただ静寂の中に身を沈めてひたすら眠り続け--


ようやく少しずつ元に戻って参りました。




いつも知らぬ間に触れ続けていた浮世に蔓延る見栄や虚栄、富や地位などからも離れ、精神と時の部屋から戻ってきたような感覚があり、頭がすっきりしています。


自分を内観して見えてきた景色を忘れないうちに備忘録として書き連ねたいと思いますので、もし良ければお付き合い下さい…








小さい頃によく熱が出ると決まってみる夢があり、それは、だだっ広い空間にでこぼこした青黒い壁が立ちはだかり、私はその中にぽつりと存在するだけで他に何も存在しないもの。
虚無感におそわれ、登り切ることすら不可能な壁にただへばりつくことしかできない夢。



風邪を引くとしんどいというより、この夢をみるのが怖くて風邪をひくのが嫌でしょうがなかった。






でも、大人になって久しぶりに風邪をひいたときにみた夢は、意外にも開放的で日頃のしがらみから解放された清々しさがありました。



ただひたすら大地で横になっているだけ。
そこには何の生物も存在しないが、私に虚無感はない。
雑音もなく、風吹く音さえ聞こえない。

ただそこにいるのは私だけで、その存在を認識しているのも私だけ。
だからといって不安になることも恐怖にかられることもなく、私はいつになく穏やかな表情で静かに眠っている……





そんな夢でした。




高熱から解放された時、またいつもの雑音が聞こえ始めたときは残念に思ったほどです。



ですが、何となく、このときにみた夢で今の自分が潜在的にどんな気持ちを抱えて生きていたのかが垣間見えた気がしました。



あぁ、多分、私はいつになく無理をし続けていたんだろうなぁ。
焦っていたんだろうなぁ、と。




周りの幸せの価値観にいつになく敏感になって、自分の声をちゃんと聞いてなかったなと。




結婚できたら幸せ

子どもがいたら幸せ

専業主婦になれたら幸せ

出世できたら幸せ

お金持ちになれたら幸せ

マイホームを建てたら幸せ




大手に就職して安定して生きていくのが幸せ

結婚して子育てしているのが幸せ

出世していい車乗り回しているのが幸せ

不労収入で楽して生きているのが幸せ

稼ぎのいい男と結婚して専業主婦になるのが幸せ

バーキン買えたら幸せ

億ションに住めるのが幸せ

ハイエンドなブランド品に身を包むのが幸せ






幸せの基準なんて人それぞれだから、誰がどんな価値観で幸せを感じてたってそんなのカラスの勝手なわけで。




周りにどう言われようと関係なく、内発的に自分が幸せと感じるものかどうかを見極めることなく勝手にそれらを手に入れた瞬間、幸せと呼んではいないか?
問い詰めたら瞬く間に出てきた自分の声は、






巨大企業がなんだ
組織なんてクソ喰らえ


自分の意思や自分の考えを
自分の責任で遂行して生きたい



大多数の意見がAと言っても、私がBが正解だと言えばそれを守りたい
認知的不協和はもうたくさんだ


協調性という名の同調圧力




他人を尊重しない連中とのコミュニティなど捨ててやれ


自分の五感で触れて美しいと思うものを
自分で選択し
それを大切になさい




自由に、立派に、好きに生きろ














こんな声が湧き出るように溢れかえり、私はもうたくさんだ、と思いました。







自分に我慢をさせるのはよそう。
でもそのためには、ちゃんと修行をつまねばならない。
修行無しに自由に生きることはできる。
だけれど、立派に、好きに生きるためには
無法地帯ではなし得ない。





だから、下積時代として
これから私は頑張ろう、と。



好きなことを仕事にするにも
好きでないこともしなければならない。

その好きでないことも淡々とこなせるように、修行を積むのだと。




だから、もう少し待っておくれ。




自分の好きなことで生きていくために
自分の好きでないこともこなせるようになるために
もう少し修行を積ませておくれ











気がつけば、熱が下がっていました。






きっとここ数年いろいろ溜めに溜め込んだ抑圧が
とうとう爆発したのでしょう。
所謂、噴火🌋だ。






私もまだまだ活火山です💪✨




















祈り