2019年にワーホリでカナダ・トロントへ。
英語が苦手で海外志向もゼロだったゆうこさんは、タイ一人旅で痛感した“言葉の壁”をきっかけに、安泰だった教員職を辞めて渡航。多文化都市で7年暮らすなかで「試験の点ではなく、日常を変える英語」を核に、英会話コーチングへとシフト。英語嫌いがどう変わり、なぜ今もトロントに残るのか。学習が続かない人への超具体的な実践アドバイスまで幅広くお話を伺いました✨💐
ラナンキュラス(女性のキャリアコミュニティ@海外)では他の方のインタビュー記事も載せています👀
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ゼロ地点——
「英語も海外も興味なし」だった私
── まずは自己紹介と、現在までの歩みを教えてください。
2019年にトロントへ渡って、通算7年目です。もともとは日本で小学校の先生をしていました。正直に言うと、当時は英語が本当に苦手で、興味も必要性も感じていませんでした。中高大の英語も“テストのためにやる科目”で、勉強はしても空回りして身につかないまま苦手になっていくばかりだったんです。
転機は2018年のタイ一人旅。たった2週間でしたが、自分が英語で何もできない現実に直面したのがきっかけです。人に話しかけられても逃げる、伝えたいことはメモ帳に日本語で書いて見せる、それでも通じない。そこで初めて「英語がないと、私が関われる世界ってこんなに狭いんだ」と身体で理解しました。
勉強そのものは得意じゃないから、机に向かうより“環境で自分を追い込むしかない”と腹を括って、教員を辞めてワーホリでカナダへ。予定は1年半でしたが、気づけば7年。タイで感じた窮屈さの反動で、「日常を広げるための英語」を軸に働き方も生き方も変えてきました。
── 海外志向がなかったのに、一歩を踏み出せた理由は何ですか?
一番は「現地に行けば、やらざるを得ない」からです。私は自分の性格をわかっていて、国内で教員を続けながら“いつか英語”なんて言ってたら、きっと一生やらない。家族はみんな公務員で、安定のありがたさも十分知っていましたが、そのぬくもりの中にいる限りは、自分の可能性に触れにくいとも感じていたんです。
もちろん怖さもありました。大好きな学校を辞めたら戻れないかもしれない、履歴に穴が空くかもしれない、英語もできないのに海外なんて無謀じゃないか——でも、後悔を先送りにするより、後悔を“まとめて一回”にしたかった。だから退職も渡航も一気に決めました。「完璧な準備」より「動きながら整える」。それしか私にはできなかったですし、実際それでよかったと思っています。
世界が開いた瞬間
——タイ一人旅で“言葉の力”を知る
──タイで何が起きたのですか?
本当に些細な場面の積み重ねです。宿のチェックイン、列車の切符、屋台での注文——全部つまずく。私、紙に日本語で要件を書いて見せていたんですが、向こうが返してくれる英語がまず聞き取れない。書いてもらっても読めない。結局、最低限をやり過ごすだけで、余白がゼロ。
「英語がないと、私にとっての“世界の可能性”はここで止まるんだ」って。
その後、日本人旅行者と行動を共にしたら、列車でもカフェでも、当たり前のように周りの人と会話が生まれて、ちょっとしたハプニングも笑いに変わる。旅が“こなす時間”から“出会いの連続”に変わるのを目の前で見て、羨ましいより先に“悔しい”が来ました。その出来事で私のスイッチが入りました。「英語を“やらされる”から、“やりたい”に変える」。そのきっかけをくれたのがタイでした。
安泰を手放す
——カナダを選んだワケと、残り続ける理由
── なぜカナダ・トロントを選んだんですか?
14歳のとき、自分が住んでいた都市のプログラムでバンクーバーに短期ホームステイした経験がありました。海外への憧れは特になかったけど、“全く知らない国”より、かすかに繋がりのある国のほうが怖くない。じゃあ次は同じカナダでも別の都市にしてみよう、とトロントに。大きな理由は本当にそれだけです。
行ってみたら、多文化・多民族の度合いが想像以上で、良い意味での“多様性の雑味”が日常にありました。アジア人が珍しくないので、街にいるだけで浮かずに溶け込めます。そこは大きかったです。
── 「ここで暮らしたい」と思えた決定打は何ですか?
空気感です。トロントは、互いの違いを前提にしているから、年齢や見た目で“こうあるべき”みたいなプレッシャーが薄いです。70代・80代の女性が胸元の開いたワンピースでヒールを履いて颯爽と歩いてるの、珍しくないんです。「自分が心地よいスタイルを選ぶ」が当たり前。
もちろん、カナダにはカナダの不便や粗さもあります。サービスが日本ほど均一ではない、仕事の解雇も日本より普通にあります。でも、私は“ジャッジされにくい自由さ”のほうが、自分の呼吸に合っていました。最初の1年半が終わる頃、「まだ帰りたくない」が正直な気持ちでした。
トロントという土壌
——多文化・実用品が増え続ける街
── 生活面のリアルについて教えてください。
この7年で、アジア食品や日本の雑貨は本当に手に入りやすくなりました。最初はアジア系スーパーに行かないと見つからなかったものが、今は普通の大型スーパーにも並んでいる。調味料もお菓子も、選択肢がどんどん増えた実感があります。
街のサイズ感は「カナダでは最大、東京基準ではコンパクト」。中心部はそれなりに密ですが、少し外れれば“日本の田舎”という言葉では足りないスケールの自然が広がります。スーパーまで車で何十キロ、みたいなエリアもあります。都会と大自然のスイッチが切り替えられるのは、私には心地いいバランスです。
「試験英語」より「生きる英語」
——コーチングにたどり着くまで
── 英語を“教える側”になった経緯について教えてください。
日本ではずっと“教える仕事”が好きで、学校や塾、体操教室、家庭教師など、形は違っても人に教える現場にいました。カナダでは語学学校や塾でIELTS/TOEFL/TOEICなどの試験対策を担当した時期もあります。点数が上がる喜びは確かにあるし、進学や就職で必要な人には不可欠。でも、同時に見えたのが「高得点=会話できる」ではない現実でした。
私自身の人生を変えたのは、“点数”ではなく“日常で通じること”。なので今は、会話に直結するティーチングと、毎日に学習を埋め込むコーチングをセットにしています。
教材も、“暮らしのトピック”に合わせます。家事、予定、体調、仕事の悩み、感情表現——日常ですぐ使いそうなことに絞る。さらに1フレーズで他の文にも転用できる“汎用言い回し”を優先しています。私自身、学校のテキストを数年後に見返して「これ一度も使ってない…」が山ほどあったので、そこは徹底しています。
迷子の英語学習
——「続かない」「伸びない」をほどく処方箋
──英語の教材を山ほど買ったのに続かない。どこから立て直せばいいですか?
まず“目的の仕分け”をします。
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指標が欲しいのか、会話を豊かにしたいのか。指標が欲しいだけで試験を受けることを選ぶと遠回りになることがあります。会話がゴールなら、生活ドメイン(家・健康・夫婦の会話・仕事)の表現を先に整える。
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難易度の見直し。“7割わからない教材”は続きません。“3割未知”くらいに落とし、成功体験を意図的に作る。
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短期KPIの設計。「1日3文、口に出して言う」「週1回“伝わった瞬間”をメモする」。数字化して“やった感”を作ると、気持ちが折れにくいです。
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汎用フレーズ化。 ピンポイントの長文暗記は避け、型で覚える。前後を入れ替えても使える“枠”を増やすと、会話が回り出します。
──オンライン英会話が“作業”になってしまい楽しさを感じない場合はどうすればいいですか?
レッスンを“運行”することが目的化しやすいからです。私は、クライアントさんが日常生活で使いそうなフレーズを扱うことを徹底します→そこから一週間で実使用→次回レビューというループにします。
この「使う→通じた→定着」の流れができると、レッスンが“積み上がる”体感に変わります。AIを使うときも、固定文の暗記ではなく、置き換え可能な型に編集してから練習するのがコツです。
これからの私、そして挑戦を迷うあなたへ
──今後のビジョンについて教えてください。
オンラインで働ける強みを活かして、滞在地を意図的に増やしたいです。カナダ英語/アメリカ英語だけでなく、地域によって“通じる英語”や求められるニュアンスは違います。現地で自分の耳と体に刻んだものを、受講生の“明日使う表現”に還元したいと思っています。自分の人生の選択肢も、サポートの幅も、両方広げていくのが目標です。
学習者としての私は今でも伸びしろだらけ。だからこそ、できない気持ち・続かない焦り・成果が見えない不安に、現実的な手当てをしていける伴走者でありたいです。
──海外や英語に踏み出せない人へメッセージをお願いします。
安全が守られる範囲で、挑戦は“先払い”で。 完璧なタイミングは来ません。挑戦している人は、偶然やご縁を“拾える場所”に自分を置いているだけで、運だけではありません。
もし迷っているなら、ベストじゃなくていいからベターのうちに動く。教材を1冊“やり切る”、週3回“口を動かす”、今週1回“英語で要件を伝える”。小さくても“行動の証拠”を積むと、世界はちゃんと広がります。英語は目的じゃなくて道具です。でも、その道具があるかどうかで、目の前の選択肢はまるで違います。私がタイで感じた“悔しさ”が、いまの私を作ってくれたように。
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