シドニーテニス、子育て&おうちご飯日記

シドニーテニス、子育て&おうちご飯日記

日本よりこちらでの生活のほうが長くなりました。テニス軸のシドニー生活

今日テニス仲間に会ってきました

昔、テニスチームでキャプテンをしていた彼女は、まさに

“True Blue Australian”

生粋のオーストラリア人です。

そして私にとっては、

単なるテニス仲間ではありません。

オーストラリアのテニスには、

ルールブックには書かれていない、

マナーや暗黙のルールがあります。

試合中の振る舞い方。

日本とは少し違う、

こちらのテニス文化を教えてくれた

大先輩でもあります。

最近は、

そうしたマナーをあまり

気にしない人も増えました。

だからこそ、

彼女から教えてもらったことは、

今でも私の中にしっかり残っています。

彼女は料理も大好き。

日本の食材にもとても詳しく、

この時期になると毎年、

柚子を箱で購入します。

そして、必ず私の分まで一緒に買って、

プレゼントしてくれるのです。



毎年、

「代金を払うよ」

と伝えるのですが、彼女はいつも、

「あなたが喜んでくれることが、

私の喜びなのよ」

と言って、受け取ってくれません。

それどころか、

わざわざ私の家の近くまで

柚子を届けてくれます。

せめて、

「コーヒーくらい私にごちそうさせて」

と言っても、結局、

お茶まで彼女が払ってしまう。

本当に、頭が下がります。

人から何かをしてもらうと、

つい「申し訳ない」と思ってしまう私ですが、彼女の優しさには、

素直に甘えてもいいのかもしれません。

柚子そのものもうれしいけれど、

毎年この時期に私のことを思い出して、

一緒に買ってくれる。

その気持ちが、何よりもうれしいのです。

このところ私は、

仕事と新しいビジネスに夢中で、

テニスからすっかり遠ざかっていました。

でも、仕事のスケジュールがうまく調整できることになり、ついにテニスへ復帰できることになりました。

テニスは、一人ではできません。

相手とのレベルがあまりに合わなければ、お互いに楽しめないこともあります。

だから、また気心の知れた仲間たちと

コートに立てることが、本当にうれしい。

ラケットを握るのは、

なんと約1年ぶりです。

以前と同じように動けるとは

思っていませんが

気持ちだけが先走って、

怪我をしないようにしなければ。

それでも、またコートに戻れることが、

今はただうれしいです。

今日は寒かったので、

おでんを作りました。



普段は仕事などで忙しくしているので、休みの日は、なるべく家でこはると過ごすようにしています。

こはるは、まるで後追いをする小さな子どものようです。

私がパソコン作業を始めれば、デスクの上を陣取り、



トイレに行けば、ドアの前で待機。

ソファーでくつろげば、当然のように膝の上に乗って、気持ちよさそうに眠ります。





最近は、ずいぶん重くなりました。

かわいいのだけれど、

長時間乗られると、足がしびれます。

それでも、安心しきって私の膝の上で眠る姿を見ると、動かすことができません。

でも可愛い😍


友達が到着して、一緒にフェリーへ。

海の上を吹く風が気持ちいい。
やっぱりフェリーで

マンリーへ向かう時間は、特別です。

マンリーに到着して、

もう一人の友達とも合流。
まずは軽く一杯飲んでから、

シェリービーチ方面へ散策することにしました。

お腹の様子を見ながら、

その後ランチでもしようかという、ゆるい休日プラン。

テニスをしていた頃は、

毎週のように会っていた姉さんたち。

私の生活が大きく変わってからは、

なかなか予定が合わなくなってしまったけれど、今では私の休みに合わせてくれます。

本当にありがたい。

今の私は、仕事に、

新しいビジネスの立ち上げ、

お勉強や資格の勉強、

そしてこはるのお世話。

朝には日本にいる娘ちゃんへの日本語レッスンもあり、

毎日が本当にあっという間に終わります。

ということで、まずは乾杯。

しかも、

このゴージャスなシャンパンは

姉さんの奢りです。
ありがとう♡








そして、

シェリービーチまでのんびり散策。

やっぱり海はいい。
風と波の音に、

心がすーっと癒やされます。







歩きながら、

この3年間のことを振り返りました。

姉さんたちは、

長い付き合いだからこそ、

時には私以上に

私のことを分かってくれています。

「本当によく、ここまで踏ん張ったね」

「人生最悪の3年だったね。

これからはきっといいことがあるよ」

そう言ってもらった瞬間、

胸がいっぱいになりました。

自分では、

ただ必死に毎日を乗り越えてきただけ。

でも、ずっと私を見てきてくれた

人たちの言葉で、初めて少しだけ、

「ああ、私、本当によく頑張ったんだな」

と思えました。

そして、その少しあと。

シェリービーチを見下ろす丘から、まさかのイルカの群れを発見。

「これからはいいことがあるよ」

そう言ってもらった直後の

出来事だったので、

なんだか不思議な気持ちになりました。

もちろん偶然かもしれません。

でも、

野生のイルカにちょうどあのタイミングで出会える確率は決して高くありません。

だから私には、

あのイルカたちが「これから大丈夫」

と背中を押してくれたように感じました。

本当に、

これから少しずついいことが起こりそう。

そんな前向きな気持ちをもらえた

楽しい1日でした

帰宅するとこはるはマッサージしてとすりすりゴロニャンって可愛いすぎ







海外暮らしは、自由だけではない。それでも私はシドニーが好き



オーストラリアの永住者でも、海外へ出て戻るためには、Resident Return Visa(リターンビザ)の有効な渡航許可が必要です。

その申請料が、2026年7月1日から
490豪ドルから1,475豪ドルへ。

一気に約3倍、985ドルの値上げです。(SBS Australia)

長年オーストラリアで暮らし、働き、税金を払い、生活の基盤がすべてこちらにあっても、海外へ出れば「戻るための費用」がかかります。

コロナのロックダウン中には、親の最期に間に合わなかった人や、お葬式にも帰れなかった人もたくさんいました。

今は簡単に海外へ行ける時代です。

でも、海外暮らしは旅行の延長ではありません。

家族に何かあっても、すぐには帰れない。
ビザや国境、制度の変更に生活を左右される。

海外は、やっぱり海外です。

それでも私は、シドニーが好き。

今日は久しぶりにマンリーへ。

友達が少し遅れているので、待ち時間にサーキュラー・キーを散歩しています。

潮風、フェリー、オペラハウス、ハーバーブリッジ。

この景色を見ると、

「やっぱり私は、この街が好きだな」

と思います。

いいことばかりではない。

でも、大変なことも全部含めて、ここは30年以上暮らしてきた私の街です。





ベニー

オットセイに会いにきたけど

魚がポツン


どこかお出かけ中




野菜ハンターの日🛒🥬

仕事帰りに、
恒例の野菜ハンターへ。


我が家では、
チリとガーリックは常に冷凍保存。

使いたい時にすぐ使えるので、

とても便利です。

今日はマッシュルーム何種類も

カットして冷凍しました🍄





以前、「椎茸などのきのこ類は冷凍すると細胞が壊れ、うま味が出やすくなり、栄養も吸収しやすくなる」と読んでから、冷凍保存するようになりました。

そして春菊はナムルに。

万能ネギも切らしていたので、

細かく刻んで冷凍保存。

忙しい毎日ですが、

こうやって下ごしらえをしている時間が

結構好きなんです。

冷凍庫にストックが並んでいると、

なんだか安心するし、

「また頑張ろう」って気持ちになります。

そして、その横ではこはるさんがじーっと見守り隊🐈💕





皆さんは、冷凍しているおすすめの野菜はありますか?😊


最近ここから私を見つめるこはる



猫って、こんなにベタベタするんですね。

こはるさんは、

今まで一緒に暮らした猫の中でも過去一の甘えん坊。

仕込みをしている時も、寝る時も、

いつも私のそば。

正直ちょっと重い時もあるけれど(笑)、やっぱり可愛い😍

こんなに必要とされる毎日も、

悪くないですね。



前から作ってみたかった

包まない小籠包を作ってみました。

これが想像以上に簡単!

しかも…

うま〜い😆







包まなくていいので気軽に作れるし、これはまたリピート決定です。

そして、我が家のお坊ちゃま・こはる。

すくすく成長して、最近は本当に重い(笑)。

毎朝、私の顔の横にぴったりくっついて寝ています。

起きる時間になると、

ゴロゴロ喉を鳴らして、
キスして、
ヘッドバットして、

「ママ、起きて〜!」

と猛アピール。

それでも眠くて無視していると…

前足でチョンチョン。

毎朝、この可愛いモーニングコールで起こされています。





猫ちゃんの下僕仲間の友人に話したら、

「それはニャラームですね😺」

と教えてくれました(笑)。

しかも猫によってニャラームにも個性があるそうで、

友人の猫ちゃんは最終手段として、

鼻を甘噛みするか、顔の上にドスン!と乗ってくるそうです🤣

それはさすがに起きますよね(笑)。

でも、そんなことをされても怒れない。

むしろ可愛すぎて笑ってしまう。

猫と暮らす人なら、この気持ち分かりますよね。

今日も完全にメロメロな、猫の下僕なのでした😍🐈💕


相変わらずフェッチ好き


シドニーは、本当に木を大切にしている街です。

緑が多くて素敵なのですが、時々「これは少し本末転倒なのでは?」と思うこともあります。

我が家の前にも大きな木があるのですが、今朝、突然ものすごい衝突音がしてびっくりしました。

外を見ると、大型トラックが木に引っかかり、走行不能になっていました。




かなり激しい音だったので、こはるも驚いて、すぐに隠れてしまいました。

自然を大切にすることは大事ですが、安全に車が通れるように整備することも必要ですよね。

そう考えると、植物との暮らしは、何事もバランスが大切なのかもしれません。

私は以前、バルコニー菜園が大好きで、いろいろな植物を育てていました。

でも、猫にとってよくない植物が我が家に多くて、こはるの安全を優先して、涙をのんでほとんど撤去しました。

今、残しているのはブルーベリーだけです。

そのブルーベリーが、最近また少しずつ実をつけ始めました。

植物が減って寂しくなったバルコニーですが、小さな実を見つけると、やっぱり嬉しくなります。




木を守ること。
猫を守ること。

こんな大きくなりました





暮らしを安全にすること。

どれか一つではなく、全部を大切にできるバランスが必要なのだと思った朝でした。




娘は今、日本で生活しています。
小さい頃に日本語を頑張らせたつもりだったんですけど、やっぱりバイリンガルになるには親の努力がかなり必要ですよね。

今は、日本語をしっかりマスターするまではオーストラリアには戻らない予定みたいです。
なので朝は、娘と日本語トークしています。

同じ年に、母はオーストラリアへ。
娘は日本へ。

海外に住むのって、本当に大変なんだよ。
「母の苦労が少しはわかったか?」なんて冗談で言ったりしています(笑)

今ウィンブルドンをやっていますが、

娘の選手時代のあの頃の

生活はもうできないし、
「もう一回やれ」と言われても、

娘も私も無理だよねって

よく笑っています。

ガチテニス系の家庭って、

楽しい思い出も多いけど、

なかなか壮絶ですよね(笑)


2026のウィンブルドン

リンキーは一回戦で消えた

望月くんは

身長やパワーで押すタイプではないけれど、ネットプレー、変化、タイミング、

芝への適性で勝ち上がった感じです。

プロで伸び悩んでいた元ジュニア王者が、ウィンブルドンで再評価された

大会だと思います。

柴で確か優勝したのよジュニアの時


あんなにテニスが好きだったのに、

最近はあまり見ていません。
嫌いになったわけではないんですけど、

やっぱり見るだけでも

時間も気力も取られるんですよね。


そう話したら、

娘も「わかる」って言っていました。


昔はウィンブルドンの時期になると

生活がテニス中心だったけど、

今はもうあの頃とは

生活も体力も優先順位も違う。

好きだったものでも、

人生のフェーズが変わると

距離感が変わるんだなと思います。

変わらないのはこの方、ジョコ。
あんまり好きな選手ではないんですけど、やっぱりすごいですよね、この人。


好き嫌いを超えて、
ここまで長くトップで戦えるのは本当に化け物レベルだと思います。



全部奪われたと思った日から、私は生き延びてきた

経済的虐待って、
「お金を渡さない男」の話だけではないと思う。

本当に怖いのは、
女性の労働、育児、支えを利用して、
自分だけ安全圏に残ること。

問題は、
お金があるかないかだけではない。

「君の面倒は見る」
「家族のために働いている」

そう言いながら、
相手に名義も、貯金も、仕事の選択肢も持たせないこと。

子どもを産む。
育てる。
夜泣きに付き合う。
学校のことを管理する。
家の中を回す。
家族の感情まで支える。

それを何年も女性に背負わせておきながら、
資産、信用、収入、自由は自分側に置く。

そして関係が終わる時、
男性側には仕事も収入も信用も残っている。

でも女性側は、
家もない。
お金もない。
キャリアも途切れている。
自分名義のものも少ない。

そこから一人で立て直さなければならない。

これを、
「俺が養っていた」
「君は家にいただけ」
で片づけるのは違うと思う。

女性が家庭を守っていたから、
男性は外で働き続けられた。

女性が子どもを育てていたから、
男性は自分のキャリアを積めた。

女性が支えていたから、
家庭は回っていた。

それをなかったことにして、
最後に女性だけが生活の土台を失う。

これは、ただの離婚の話ではない。
ただの夫婦喧嘩でもない。
私は、そこに構造があると思っている。

私自身、一年前に全部奪われたような感覚になった。

生活も、家族も、安心も、
自分が信じていたものも、
一気に崩れていった。

私名義だった猫でさえ、
私の意思は反映されなかった。

私が仕事をしている間に連れて行かれた。

あの時の感覚は、今でも言葉にするのが難しい。

ただ悲しい、だけではなかった。
悔しい、だけでもなかった。

自分の人生なのに、
自分の意思がどこにも反映されていないような感覚。

大切にしていたものまで、
私の手から勝手に離されていくような感覚。

あれから、どうやってサバイブしたのか、
正直あまり覚えていない部分も多い。

毎日をちゃんと生きていたというより、
その日をどうにか越えるだけで精一杯だった。

起きる。
仕事に行く。
帰る。
泣く。
考えすぎる。
また起きる。

そんな日々だったと思う。

それでも私は、サバイブした。

潰れなかった。
消えなかった。
立ち止まりながらも、生き延びた。

でも、このままでは絶対に無理だと思った。

このまま一人で、
何もあたたかいものを持たずに生きていくのは無理だと思った。

だから、こはるをアダプトした。

こはるは、ただの猫ではなかった。

私にとっては、
もう一度「自分の人生に愛を置く」ための存在だった。

誰かに奪われたものの代わりではない。
過去を埋めるためだけでもない。

こはるは、
私がこれからの人生を生きるために、
自分で選んだ家族だった。

一年前、私は全部奪われたと思った。

でも今は少し違う。

奪われたものは確かにある。
失ったものもある。
壊されたものもある。

でも、私の全部までは奪えなかった。

私はまだここにいる。
働いている。
暮らしている。
発信している。
こはると一緒に生きている。

コアーシブコントロールアビュースは

家族やお金だけを奪うものではない。

自信を奪う。
選択肢を奪う。
自分の人生を自分で決める感覚を奪う。

でも、

少しずつ取り戻していくことはできる。

一気には無理でもいい。
完璧じゃなくてもいい。
泣きながらでもいい。

自分の名義。
自分の収入。
自分の居場所。
自分の言葉。
自分で選ぶ小さな幸せ。

私は今、それを一つずつ取り戻している途中なのだと思う。

全部奪われたと思った日から、
私は生き延びてきた。

そして今は、
ただ生き延びるだけではなく、
もう一度、自分の人生を作り直している。




私、結構頑張ってきたと思う

振り返ると、私の人生はそれなりに頑張ってきたと思う。

まず英語。

日本を出て、英語の世界で生活すること。
言葉が通じない不安。
文化の違い。
自分の言いたいことがうまく伝えられない悔しさ。

それでも少しずつ慣れて、働いて、暮らしてきた。

海外生活もそう。

最初から強かったわけではない。
わからないことだらけの中で、何度も恥をかいて、何度も不安になって、それでもその場所で生きてきた。

子育ても、私なりに必死だった。

完璧な母親ではなかったと思う。
でも、投げ出したわけではない。
できることを探して、守ろうとして、支えようとして、ずっと向き合ってきた。

テニスもそう。

ただの趣味かもしれないけれど、私にとっては、自分を保つ場所でもあった。
続けて、練習して、仲間ができて、ちゃんと結果も出した。

英語。
海外生活。
子育て。
仕事。
テニス。

どれも簡単ではなかったけれど、私はその時その時で、ちゃんと頑張ってきたと思う。

でも、3年くらい前から、いろいろなものが崩れ始めた。

家族。
生活。
お金。
安心。
自分への信頼。

それまで積み上げてきたものが、一気に崩れていくような感覚だった。

最初は、自分が弱いからだと思っていた。

私がもっと上手くできていれば。
私がもっと我慢できていれば。
私がもっと賢く立ち回れていれば。

そんなふうに、ずっと自分を責めていた。

でも今は少し違う。

私は何もしてこなかった人ではない。
努力できない人でもない。
逃げてばかりいた人でもない。

ちゃんと頑張ってきた。
ちゃんと積み上げてきた。
ちゃんと生きてきた。

だから、崩れたからといって、私の人生全部が失敗だったわけではない。

最近は、ブログよりもThreadsで発信することが増えた。

長く整えた文章を書くよりも、今の自分には、短くてもその時に浮かんだ気づきをそのまま出す方が合っているのかもしれない。

私が発信しているのは、誰かを責めたいからではない。

自分があの時、知りたかったこと。
知らなかったことで、長く苦しんできたこと。
もっと早く知っていたら、自分を責めすぎずに済んだかもしれないこと。

そういうことを、少しずつ言葉にしている。

自己愛的な支配。
経済的虐待。
コアーシブコントロール。
説明しても伝わらない構造。
被害者なのに、自分が悪いと思い込んでしまう仕組み。

私は、それを最初から知っていたわけではない。

むしろ、知らなかった。
だから混乱した。
だから自分を責めた。
だから何年も、自分の感じている違和感に名前をつけられなかった。

今になってようやく、

「あれは私の弱さではなかった」
「私が大げさだったわけではなかった」
「ちゃんと構造があったんだ」

そう思えるようになってきた。

だから今、私は発信している。

過去の自分に教えてあげたかったことを、今どこかで同じように混乱している人に届けるために。

そして同時に、それは私自身を取り戻す作業でもある。

知らなかった私を責めるのではなく、
知った今の私が、少しずつ言葉にしていく。

崩れたものは確かにあった。
でも、それまで頑張ってきた私まで、なかったことにはしなくていい。

今はまた、人生を立て直している途中。

前の自分に戻るのではなく、
これからの自分を作っている途中。

私は結構、頑張ってきた。
そしてたぶん、これからも頑張れる。

今度は、自分を責めるためではなく、
自分を幸せにするために。

電車が止まった朝、オーストラリアの女性に聞かれたこと

今日は朝から電車が止まっていました。

いつも30分くらい

余裕を持って

家を出るようにしているので、
焦りながらも、

なんとか冷静ではいられました。

でも、理由を聞いたら飛び込みらしくて、
少し胸が重くなりました。

こういう時、
誰かの人生に何があったんだろう、
どれだけ苦しかったんだろう、
と考えてしまいます。



ホームで隣にいた

オーストラリアの女性に、
「これ、乗り換えた方がいいんですかね?」
と聞いたところから、

立ち話になりました。

最初はただの電車の話だったのに、
なぜか日本の話になり、

ネットフレックスの
細木数子さんの話になりました。

その女性に、
「細木数子さんの話って本当なの?」
みたいに聞かれて、少し驚きました。

オーストラリアに住んでいて、
朝の電車のホームで、
まさか細木数子さんの

名前が出てくるとは思わなかったから。

ネットフレックスすごい

でも、そこから自然と、
女性の立ち位置の話になりました。

あの時代に、
あれだけ強い言葉で、
あれだけ人前に立っていた女性。

好き嫌いや賛否はあると思うけれど、
存在感があったことは確かだと思います。

女性がはっきり物を言うこと。
自分の考えを持つこと。
人前に立つこと。
強く見えること。

それだけで、
批判されたり、怖がられたり、
誤解されたりすることがある。

これは日本だけじゃなくて、
オーストラリアにいても

感じることがあります。

女性は優しくあることを求められる。
でも、強くなると嫌がられる。

黙っていると都合よく扱われる。
でも、「はっきり言うと

「きつい」と言われる。


結局、女性の立ち位置って、
どこの国でも、いつの時代でも、
そんなに簡単ではないのかもしれません。

今日、たまたま電車が止まって、
たまたま隣にいた女性と話して、
たまたまそんな話になった。

不思議な朝でした。

予定通りにいかない日でも、
そこから誰かと話すことがある。
思いがけない会話から、
自分の立ち位置を考えることがある。



優しくいたい。
でも、都合よく使われたいわけじゃない。

女性として、母として、働く人として、
これからの自分の立ち位置は、
少しずつ

自分で決めていきたいと思った朝でした。