寝る時は、ほぼ密着。
気づくと足にくっついていたり、
背中にぴったり寄り添っていたり。
布団の中でも外でも、
必ず身体のどこかが触れている。
でも不思議なのは――
ずっとベタベタしている
わけじゃないこと。
私がソファでくつろいでいる時は、
少し離れた場所でゴロゴロ。
同じ空間にいて、
安心した顔で伸びている。
「ここにいるよ」という距離。
そして朝。
出勤前になると急にスイッチが入る。
遊ぶ時間だとわかっているみたいで、
おもちゃを見つめて待機。
今日もフェッチ。
投げると走って取りに行って
かわいいなとは思っていたけれど、
自分が猫にハマるタイプだと
思っていなかった。
想像もしていなかった。
こんなにわたしの
生活の中心になるなんて
でも、こはるが来てから、
私の毎日は少しずつ変わった。
今日は知り合いに
こはるグッズの制作を依頼
こんな感じ
知り合いに結局は任せちゃうから
写真どうりではないけど
マグカップと皿と箸置き
今日のこはるも可愛いよ
最近かくれんぼがお気に入り
話は変わり最近は毎週末
日本に移住した娘が
フェイスタイムで
自分の暮らしている街を見せてくれます
実は、
彼女の移住先を
私はまだ一度も訪れたことがありません。
だから画面越しだけど、
とても新鮮。
「この通りが好きなんだ」
そうやってカメラを向けながら歩く娘。
その街が、
昔シドニーで一緒に働いた
友達の故郷でもあること。
その友達とは今も繋がっています。
日本とシドニー、離れていても。
あの頃は想像もしなかった。
娘が住む街と、
自分の若い頃の
友達の故郷が重なるなんて。
人の縁って本当に不思議。
縁がある人とは、
時間が経っても、距離があっても、
ちゃんとどこかで繋がるのですね
こはるが来て7ヶ月。
あんなに小さかったのに、
今はもう虎みたいに大きくなった。
でもまだ8ヶ月半
こはるは捨て猫だったから
予測誕生日だけど
ふと思う。
人生って、
本当に何が起こるかわからない。
東京に住んでいた私が、
オーストラリアに
こんなに長く住むなんて思ってもいなかった
若い頃は1ミリも想像したことさえなかった
ここ3年間の生活は、
まるでジェットコースターみたいだった。
予想外、予想外、また予想外。
その中で、
こはるが一度ひどく体調を崩した時のこと。
「もし人間の子どもなら即入院レベル」
「治療してももたない可能性もある」
そう言われた。
そのとき、正直思った。
なんで私ばっかり。
あまりそんなふうな思ったことはないけど
この時ばかりは本気で泣いた。
もうこれ以上、失うのは無理だと思った。
でも今。
こはるは元気に、私のそばで寝ている。
もしあの時、こはるがいなくなっていたら、
きっと私は壊れてしまっただろう
私の人生で5匹目の猫だけど、
こんなに近い猫は初めてだ。
ただ甘えるとか、懐いているとか、
そういうことじゃなくて。
私のすべてにシンクロしている猫というのか。
私が静かになれば、静かになる。
私が疲れていれば、そっと隣に来る。
私が動けば、自然に合わせて動く。
無理に合わせている感じじゃない。
ただ、同じ波長で生きているみたい。
こんな存在、初めてだ。
「寝るよ」って言うと、
腕に潜り込んでゴロゴロ。
朝目が覚めると、
頭ごっつん。ぺろぺろ。ゴロゴロ。
遊びたい時は、
細い声で鳴いて、じっとこっちを見る。
イタズラはしない。
トイレも完璧
家の中では後追い状態
トイレの前で待ち
キッチンで料理してると
キャットタワーからチェック
ただそばにいて心地よい
こはるはソウルキャット
人生は本当に予想できない。
オーストラリアにこんなに長く住むことも、
この3年間の嵐も、
全部思ってもみなかった展開。
思ってもみなかった存在が、
私を支えてくれている。
そして親バカ猫ばか炸裂中
海外に住んでいると、
日本の“ゆるい猫デザイン”って
妙に刺さる。
今日もやってしまった。
肉球ピックス。
肉球スポンジホルダー。
黒猫キャッチフック。
正直、必要かと聞かれれば…
うーん。
見た目は完全に虎のこはる
しっぽも長いし、
体も大きくなって、
目元もキリッとしてる。
でも。
ブラシされるとこの顔。
目がとろーん。
口がちょっと開いて、
赤ちゃんみたいな表情。
鳴き声も、小さくてか細い。
遊んでほしい時だけ、
「にゃ…」って遠慮がちに言う。
最近はブラシしてほしい時も
小さな声で「にゃ…」
大きくなったのに、
声はベイビーのまま。
こはる、
ボウルに入れた水はほとんど飲みませんでした。
だから私は——
自分が水を飲むたびに
こはるにもコップで水あげていました。
シドニーの夏は本当に暑い。
乾燥もするし、40度近くなる日もある。
外出するたびに
「ちゃんと水飲んでるかな…」
それが一番心配でした。
そして12月。
思い切って買ったのが
コードレス・センサー式の給水器。
人や猫が近づくと
静かに噴水モードになるタイプ。
正直、半信半疑でした。
でもこれが——
ベストバイ。
⸻
今はね、
遊んだあと、
必ず自分から水を飲みに行きます。
今日もフェッチというかキャッチ
ちなみに今朝もスタバスコーン焼きました
少し余ったので同僚にお裾分け
今朝、オーブンを温めて
粉を量って、お菓子を焼いた。
それができたということは——
私は、今日は安定しているということ。
「あ、私、回復してきたんだな」って。
りくりゅうペア、
可愛いですよね🩷
でも「可愛い」だけじゃない。
演技を観ていて思ったのは、
信頼が動きを美しくするということ。
どれだけ難しい技でも、
二人が“同じ方向”を見ていると、
あんなに柔らかく見えるんだなと感じました。
りくりゅうを観ていたら、
どうしても思い出してしまったのが
浅田真央ちゃんのあのフリー。
あの演技は、
“完璧”だから心を打つのではなくて、
一度崩れても、
自分を取り戻した滑りだから力になる。
うまくいかない日もある。
思うように進まない時間もある。
でも最後に、
自分の滑りをする。
あの姿は、何度観ても胸が熱くなる
朝から元気もらいました
そしてこの子からも
毎日元気をもらってます
今日もフェッチキャッチでご満悦
Kindleもあるけど、
やっぱり私は紙の本派。
だからHondarake は
つい毎週のぞいちゃう。
日本語の本が並んでいる空間って、
それだけでちょっと安心する。
海外に長くいると、
こういう「日本の匂い」がじわっと沁みる。
Instagram を見ていたら、
ともこさんの本だらけ店でポップアップ。
そこに並んでいたのが猫グッズ。
でもね。
オーストラリアって、
意外と「日本っぽい猫雑貨」がない。
だから見つけると理性が働かない。
「今買わないと、二度と会えないかもしれない。」海外生活あるある。
若い頃はね、
「オーストラリア人になるぞー!」
くらいの勢いだった。
日本の社会から出て、
英語で働いて、
ローカルの中で生きていく。
それがかっこいいと思ってたし、
それが自立だと思ってた。
ちょっと肩肘、張りすぎてたかもしれない。
今も日本の会社社会には属していない。
でも最近、ふと思う。
やっぱり私は日本人だな、って。
日本食が好きで、
日本の雑貨が好きで、
日本語の本の背表紙に安心して。
どこかでずっと、
日本を手放していなかった。
昔は「抜けること」が強さだと思ってた。
今は、
両方持っていていいと思える。
🇯🇵も🇦🇺も。
たぶんそれが、今の私。
シドニーに来て初めてできた
日本人の友人がいる。
最初はお互い、
相手を日本人だと思っていなくて、
ずっと英語で会話していた。
なんだかそれが心地よかった。
彼女は去年から日本に戻っている。
彼女は、1年経っても
日本の考え方にまだ慣れない。
というか、
正直、慣れたくないのかもしれない。って
食べ物は最高。
温泉も最高。
設備も便利。
でも、少し窮屈に感じてしまう。
彼女はどこでも生きていける賢い人。
「カテゴライズ社会だからね」と私
自分らしく、というより
役割 が先に来る感じ。
オーストラリアも多少はあるけど、
ここは基本、移民国家。
人と違うことが前提。
「違って当たり前」から始まる。
だから私は、
この空気に慣れてしまったのかもしれない。
日本が嫌いなわけじゃないけど
どちらにも完全には戻れない。
でも、どちらも好き。
その中間で生きている感じ。
老後を考えると、正直ちょっと悩む。
日本の安心感もあるし、
オーストラリアの自由さもある。
でも、少なくともあと10年は
私はオーストラリアにいると思う。
ここで働いて、ここで積み上げて、
ここで生きる。
とりあえず今日も、こはると。
最近ほんとに大きくなった。
名前がちょっと可愛すぎるくらい。
むしろミドルネームのタイガのほうがしっくりくる。
背中に乗ってくる姿なんて、
完全に小さな虎。
でも、夜は腕の中でゴロゴロ。強くて、甘えん坊。

手が大きい
どのくらい大きくなるのかしら

Destanee Aiava が2026年を最後のシーズンにすると発表しました。
娘のジュニア時代、彼女はオーストラリアの希望と言われる存在でした。
力強いプレーと勝負強さで、「次世代のエース」と期待されていた選手の一人です。
プロ転向後も、
ITFで10タイトルを獲得し、
世界ランキング自己最高147位。
2025年には Australian Open 本戦で初勝利も挙げています。
数字だけを見れば、
十分に立派なキャリアです。
でも――
ジュニアで勝つことと、
プロで生き残ることはまったく別の世界。
フィジカルの差、
遠征費やサポート体制の現実、
そして何より、
終わりの見えないメンタルの消耗。
彼女はテニス界の文化について、
「人種差別的で、女性差別的で、同性愛嫌悪的で、敵対的」と強い言葉で批判しました。
そしてこう語っています。
「人生は、苦しみの中で生きるためのものではない。」
25歳での決断。
早いと言う人もいるでしょう。
でも、彼女はきっと子供の頃から
多くのものを犠牲にしてテニスだけに向き合ってきたはずです。
友人との時間、
普通の学生生活、
別の可能性。
それらを後回しにして、
「プロになる」という一点に人生をかけてきた。
外から見えるのはランキングや勝敗。
でも、その裏にある努力や葛藤は数字では測れません。
ジュニアで輝いた選手ほど、
「期待」という重さも背負うことになる。
だからこそ――
自分の人生を選び直す決断は、
弱さではなく、強さなのだと思います
そんな私も、
やりたいことが
少しずつ定まってきました。
今はその準備でバタバタしています。
でも、思ったよりもいい反応をもらえて、
正直ほっとしています。
今日は朝活もしました。
動き出すと、
不思議と気持ちも整うものですね。
そして久しぶりに、
スタバ風スコーンを焼きました。
甘い香りと、
小さな幸せ。
大きな決断も、
小さな積み重ねから。