シドニーテニス、子育て&おうちご飯日記

シドニーテニス、子育て&おうちご飯日記

日本よりこちらでの生活のほうが長くなりました。テニス軸のシドニー生活


今日は、娘ちゃんのバースデーです。


24歳。


考えてみたら、
私もこのくらいの年齢で日本を出て、
オーストラリアで生活を始めました。


そして今、娘ちゃんは日本で生活しています。


私がオーストラリア。
娘ちゃんは日本。


なんだか不思議です。


まさか、あのバリバリのオージー娘が、
日本に住む日が来るなんて。


正直、ママはびっくりしています。


小さい頃、あんなに日本語を覚えてほしくて、
一緒に頑張ったのに、
本人には思いっきり拒否された時期もありました。


「日本語なんていらない」


そんな感じだったこともあります。


でも、あの頃に少しでも日本語に触れていたおかげなのか、
今はリスニングにはあまり困っていないようです。


あの時は、
「なんでこんなに嫌がるんだろう」
と思ったけれど、
無駄ではなかったんだなと思います。


そして不思議なのは、
娘ちゃんが今暮らしている土地。


そこは、私がオーストラリアで暮らし始めてから仲良くなった、
大切な友人の出身地でもあります。


その友人とは、
お互いの子どもたちが本気でテニスをしていた共通点も


あの頃は、
まさか自分の娘が、
その友人の出身地に移住するなんて、
想像もしていませんでした。


私にとっては、
もともと縁もゆかりもなかったはずの場所。


それなのに、
オーストラリアで出会った友人を通して、
そして今は娘ちゃんを通して、
またつながっていく。


人生って、本当に不思議です。


その時は、
ただ一緒に過ごしていた時間。


子どもたちがテニスを頑張っていた日々。


何気ない出会い。


そういうものが、
何年も経ってから、
思いがけない形でつながってくることがある。


縁がある人とは、
やっぱり縁があるのだなと思います。


この国で30年暮らして思うことがあります。


人は、自分のルーツを完全には忘れない。


その時は興味がなくても、
その時は拒否していても、
どこかでちゃんと残っている。


言葉も。
文化も。
食べ物も。
家族の記憶も。
小さい頃に聞いていた音も。


私が日本を出て、
娘ちゃんが日本へ行く。


親子で、違う方向から、
同じ二つの国を生きているような気がします。


いろいろあったけれど、
生まれてきてくれたこと。


私を母親にしてくれたこと。


それだけは、
ずっと変わりません。


お誕生日おめでとう。


日本での生活が、
娘ちゃんにとって、
優しくて、実りのある時間になりますように。

これから娘ちゃんに電話します❤️

巨人の監督の件を見て、
昭和生まれの私は、
日本も少しずつオーストラリアのようになってきたのかな、と思いました。


昔なら、
「家庭のこと」
「親子喧嘩」
「しつけ」


そんな言葉で済まされていたことが、
今は社会の問題として見られるようになってきている。


それは、必要な変化だと思います。


家庭の中だから見えにくいこと。
親子だから言いにくいこと。
立場がある人だから指摘しにくいこと。


そういうものが、
少しずつ外に出てくるようになった。


これは大きな変化です。


でも同時に、
今の若い世代の一部には、
注意された理由を考える前に、


「自分は悪くない」
「相手が悪い」
「傷つけられた」


と受け取ってしまう人もいるように感じます。


もちろん、権威で押さえつけるのは違う。
親だから、上司だから、有名人だから、お金があるから、
それを使って相手を黙らせるなら、
それはコントロールになる。


でも、
何でもかんでも「自分は被害者」と受け取ってしまえば、
本当に何が起きているのかが見えなくなる。


私も以前、職場で、
「どうして私が、他人の子育てのツケまで背負わなければいけないのだろう」
と思うほど、精神的に追い詰められたことがありました。


これは日本だけの話ではありません。


オーストラリアの友人からも、
同じような話を聞くことがあります。


注意ができない。
叱れない。
責任を求められない。
でも、現場では誰かがそのしわ寄せを背負っている。


権威で押さえつけるのも違う。
何でも被害者として受け取るのも違う。


大事なのは、
誰が強いかではなく、
何が起きているかを見ること。


親の権威。
上司の権威。
有名性。
お金。
立場。


それを使って相手を黙らせるなら、
それは支配になる。


でも、
自分の責任や振り返りを避けるために、
何でも「相手が悪い」にしてしまうのも、
また違うと思うのです。


昭和の家庭観と、
令和の人権感覚。


今、社会はその間で揺れているのだと思います。


そんなことを考えながら、
今日は雨続きのシドニーで引きこもり。


バルコニーには、
雨宿りなのか、鳥が遊びに来ていました。


こはるは、もちろん大反応。


窓越しにじっと見つめて、
耳も目も全力で鳥に集中していました。


シドニーのいいところは、
都会なのに、自然がすぐそばにあること。


社会の変化について考えて、
少し頭が重くなった日でも、
窓の外に鳥が来て、
こはるが夢中になっている姿を見ると、
少し気持ちがやわらぎます。


人間社会は複雑だけれど、
雨宿りに来た鳥と、
それを見つめる猫の世界は、
とてもシンプルでした。







転職してから、なかなか日曜マーケットに行けなくなってしまって、少し残念に思っていました。

「どうせ間に合わないだろうな」と勝手に思っていたのですが、マーケット終了直前にギリギリ到着。

そうしたら、まさかの叩き売り。

これ全部で12ドル。

オーストラリアでこの量の野菜が12ドルって、ちょっと感動します。





やっぱりマーケットはいいですね。

買ってきた野菜を見ながら、
「さて、これで何を作ろうかな」
と考えるだけで、ちょっとワクワクします。

そして今日は休日だから、

夜はVivid Sydneyのドローンショーでも見に行こうかな、なんて思っていました。
ところが、ニュースを見てびっくり。

ダーリングハーバーで、

ドローンが空から落ちてきたとのこと。

しかも何十機も水の中に落ちて、

ショーの一部が中断されたそうです。

そういえば、昨日

もうひとつ予想外のことがありました。

本当は今日来るはずだった、

煙探知機の年次点検。

ちゃんと予約していたのに、

なぜか前日に突然来ました。
私は仕事に行く直前でバタバタ。

そして、こはるは音にびっくりして、

隠れて出てこなくなってしまいました。

こんなに怖がるこはるを見るのは初めて。

本当はそばにいて、

落ち着かせてあげたかったけれど、

仕事に行かなければいけない時間。
後ろ髪を引かれる思いで家を出ました。
ブルブルしていたから、

ずっと心配でした。
でも、

帰宅したら普通に戻っていてひと安心。
その代わり、甘えモードが爆発。
やっぱり怖かったんだね




10年使っていたダイソンの掃除機が、

ついに壊れました。


本当に長く頑張ってくれたので、

最初は、


「やっぱりまたダイソンかな」


と思っていました。


そのあと急ぎで、

かなり安い掃除機を買ったのですが、

それはすぐに壊れてしまいました。


やっぱり毎日使うものは、

安さだけで選んではだめですね。


特に今は、こはるがいる生活。


猫の毛は本当にすごいです。


床にも、ラグにも、服にも、

気づいたらふわふわ。


今回調べてみたら、

ダイソンのペット向け高性能モデルは

約1,249ドル





一方で、私が選んだ

Shark Stratos Cordless Pet Pro

約479ドル





その差、約770ドル。


もちろん、ダイソンが良いのは分かっています。

10年使えた安心感もあります。


でもシャークは、

ダイソンほど高くないけれど、

ペットの毛にも対応していて、

今の生活にはかなり現実的。


なので今回は、

ダイソンではなくシャークにしました。


そして今日、

さっそく新しい掃除機をかけてみたら……


こはる、びっくり。


前の掃除機の音に、

やっと慣れてきたところだったのに、

新しい掃除機の音に怯えてしまって、

テーブルの上から落ちてしまいました。


そのまま、セーフスペースのボールへ。


ごめんね、こはる。

ちゃんと謝りました。


最近はボールに入ることもあまりなかったので、

久しぶりの姿がちょっと新鮮。


でも……


また大きくなった?














クリアボールが、少し窮屈そうです。


掃除機選びも大事だけど、

こはるの安心も大事。


新しい掃除機、

少しずつ慣れてくれるといいなと思います。

今日はお休み。

テニス友達の

誕生日ランチに行ってきました。






海外で暮らしていると、
こうして長く付き合える友達がいること、
一緒に誕生日を

お祝いできる人がいることが、
本当にありがたいなと思います。

最近の私は、仕事とこはるの比重が高め。

仕事に行って、帰ってきて、
こはるに癒されて、また次の日が始まる。
そんな毎日の中で、

友達と会って笑える時間は、
やっぱり大切ですね。

今日は地中海料理。
オントレーは写真撮ったけど

その後話に夢中で撮り損ねた



美味しいものを食べて、
友達の誕生日をお祝いして、
楽しい時間を過ごしました。

シドニーは、もうすぐ Vivid Sydney。



街のあちこちで準備が進んでいて、
少しずつ冬のイベントの

空気になってきました。

寒くなってきたけれど、
光が増えていく季節。

最近、こはるが毎日少しずつ

大きくなっている気がします。


冬だから毛がふわふわに

膨らんでいるのか、

それとも本当に

少しずつ丸くなっているのか。
なんとなくふっくら。
安心して

よく食べて、よく寝て、

よく甘えているので、
もしかしたら

少しだけ

幸せ太りもあるのかもしれません。


正直、微妙です。


猫って冬になると、

急にシルエットが変わりますよね。

首まわりも、背中も、お腹まわりも、

でも、こはるの場合は、

それはそれで、可愛い。





最近、本当にこはるが大きくなったなあと感じます。

体もしっかりしてきたし、
顔つきもヤングアダルトになってきた。

でも中身は、かなりの甘えん坊です。

今まで猫ちゃんとは暮らしてきたけれど、
ここまで距離が近い子は初めてかもしれません。

朝、目が覚めると、
私の顔のすぐ横にこはるの顔があります。

そして、ゴロゴロ。

「おはよう」
と言っているみたいに、喉を鳴らしています。

不思議なのは、夜中に無理やり起こされることはあまりなくて、
なんとなく私のリズムに合わせてくれているように感じること。

起きたら起きたで、
そこからはずっと一緒です。

私がトイレに向かうと、こはるもついてくる。

ドアを閉めると、
「開けて、開けて」
と大騒ぎ。

ドアを開けて入れてあげると、
中に入ってきて、じーっとこちらを見つめます。

何をするわけでもなく、
ただそこにいたいみたいです。

その後、朝のコーヒーを入れにキッチンへ行くと、
今度は私の足元にぴったり。

体をすりすり寄せてきて、
ずっと密着しています。

ここで、こはるの朝ごはん。

「ニャー、ニャー」
としっかり催促されます。

ご飯を食べ終わると、今度は、

「ニャー、遊びましょう」
という顔で誘ってきます。

今も犬のようにフェッチが好きですね




少し遊ばせて、
こはるが満足したころに、私は仕事のメールや用事を少しずつ片づけます。

すると今度は、こはるの朝寝タイム。
さっきまであんなに甘えて、遊んで、鳴いていたのに、
急に静かになって、すやすや寝ています。
この格好







大きくなったけれど、
まだまだ甘えん坊。

そして、私の生活の中に、
当たり前のように

寄り添ってくれる存在になりました。

こはるが来てから、
朝の時間が少し優しくなった気がします。

何か大きなことがあるわけじゃないけれど、顔の横でゴロゴロ言ってくれるだけで、今日も頑張ろうかなと思える。


可愛くて、たまらない。


猫と暮らしている人は、
みんなこんな感じなのでしょうか。


「うちの子が一番かわいい」
と本気で思ってしまう、あの感じ。


実は、子育てが一段落した私の友達にも、
猫派がとても多いです。


昨日のオーストラリア予算案、誰が得して誰が損するのか

昨日のオーストラリア連邦予算案を見て、私なりに思ったこと。

得する人は、働いている人。
損する人は、資産や仕組みを使って税金を軽くしてきた人。

今回の予算案は、ざっくり言うと
「労働者に少し戻して、投資・資産側から少し取る」
という感じに見えました。

得する人

まず、働いている人。

2026年7月から所得税の一部が下がり、2027–28年度からは働く人向けに最大$250の税額控除も予定されています。これは13 million以上の労働者が対象とされています。

ただし、これはすぐ銀行口座にお金が振り込まれるものではなく、基本的には税金が少し軽くなるという話。

だから、私みたいに毎日働いてる人はラッキー
でも、明日から急に生活が楽になるほどではない。

もう一つ得する人

初めて家を買いたい人。

政府は、ネガティブギアリングやキャピタルゲイン税の変更によって、投資家よりも初めて家を買う人に家が回りやすくなると説明しています。政府は、約75,000件の住宅が投資家から初めての住宅購入者側に移ると見込んでいます。

これは若い世代や、これから家を買いたい人には良い話。

ただし、今すでに家賃を払っている人にとっては、
「で、今月の家賃は楽になるの?」
という話でもある。

そこは正直、すぐには変わらないと思います。

損する人

一番わかりやすく損するのは、投資用不動産を買って節税してきた人たち。

既存住宅を新しく買う投資家については、ネガティブギアリングの扱いが変わる予定です。新築住宅には例外がありますが、既存物件を使った節税メリットは弱くなります。

つまり、今までは
「不動産を持っている人がさらに有利」
だった流れを、少し変えようとしている。

家族信託を使っていた人も損

ファミリートラストを使って税金を低くしていた家庭も、今回の予算案では損する側です。

2028年7月から、一定の裁量信託に最低30%の税率を導入する方針が出ています。

普通に給料で働いている人から見ると、
「そういう節税の仕組みがあったんだ」
という感じですが、政府としてはそこにメスを入れる方向です。

微妙な人

賃貸で暮らしている人。

正直、ここが一番複雑です。

労働者としては少し得。
でも家賃が高い現実は、すぐには変わらない。

Rent Assistanceが大きく増えるとか、家賃が直接下がるとか、そういう即効性のある話ではありません。

だから私の感覚では、賃貸生活者は
「少し得だけど、生活が劇的に楽になるほどではない」
です。

私の結論

今回の予算案で一番得するのは、
まじめに働いている人、これから家を買いたい人、小さなビジネスをしている人。

損するのは、
不動産投資、ファミリートラスト、税制の抜け道を使ってきた人。

でも、私たちの生活目線で言うと、こうです。

税金が少し下がっても、
家賃は高い。
食費も高い。
不安も消えない。

でも、なんだかんだ言っても、
オーストラリアは住みやすい国だと思う。


物価は高い。
家賃も高い。
税金もよくわからない。
働いても働いても、なかなか余裕が出ない時もある。


それでも、少し歩けば空が広い。
公園がある。
海がある。
木がある。
鳥の声がする。
夕方の光がきれいで、ふと立ち止まる瞬間がある。




Threadsを見ていると、
母の日に傷ついているお母さんって、
思っている以上にたくさんいるんだなと思う。

「ありがとう」

たったその一言を言うのに、
お金もかからない。
1分もかからない。

でも、その一言がないだけで、
母親の心は思った以上に傷つく。

もちろん、親子関係はいろいろある。
母親だって完璧じゃない。
子ども側に言い分があることも分かる。

だけど、

「勝手に産んだんでしょ」
「親なんだから当たり前でしょ」
「産んだのは自分の都合でしょ」

そんな言葉を、平気で母親に向ける人がいることに、
私は正直びっくりする。

母親は、
感謝されたくて子育てしてきたわけじゃない。

でも、人間だから。
傷つくものは傷つく。

「ありがとう」

その一言で、
過去の全部が報われることだってある。

あの時眠れなかった夜も、
自分のことを後回しにした日々も、
誰にも分かってもらえなかった苦しさも、
たった一言で少し救われることがある。

母親だから強いわけじゃない。
母親だから傷つかないわけじゃない。
母親だから、何を言われても平気なわけじゃない。

母の日は、
花やプレゼントが欲しい日というより、
「あなたがしてきたことを、私は見ているよ」
そう言ってもらえるだけで救われる日なのかもしれない。

でも一方で、
言葉じゃない母の日もある。

超絶反抗期だった娘が、
今は日本にいる。

その娘から、
1日に2回電話があった。

別に、
「ありがとう」でもない。
「母の日だから」でもない。
特別な言葉があったわけでもない。

ただの世間話。

でも、それが嬉しかった。

母親って、そういうものなのかもしれない。

立派な言葉じゃなくてもいい。
プレゼントじゃなくてもいい。
感謝の文章じゃなくてもいい。

ただ、
普通に電話してきてくれる。
普通に話してくれる。
自分の生活の中に、まだ私が少し入っている。

それだけで、
心が少しあたたかくなる。

一度壊れたように見えた親子関係でも、
こうやって小さな会話から戻ってくることがあるのかもしれない。

「ありがとう」はなかった。

でも、
電話が2回あった。

それはきっと、
娘なりの距離の縮め方だったのかもしれない。

母の日に笑えなかったお母さんへ。

あなたが寂しいと思ったことは、
わがままじゃない。

あなたが「ありがとうくらい欲しかった」と思ったことは、
おかしくない。

人は、たった一言で頑張れる。

そして、
たった一言がないことで、
深く傷つくこともある。

でも時々、
言葉ではなく、
何気ない電話や世間話の中に、
小さな回復が混ざっていることもある。

母親だって、
ただの一人の人間だから。

傷つくし、
寂しいし、
期待してしまう。

そして、
ほんの少しつながれただけで、
また明日も頑張ろうと思えてしまう。

今日はそんな母の日だった。

娘ちゃんは今、海外生活満喫中。


母も分かる。
新しい場所で暮らすのは楽しい。


自由で、刺激があって、
自分の世界が広がっていく感じがする。


でも同時に、
海外で暮らすって、楽しいだけじゃない。


言葉、仕事、人間関係、孤独、生活のリズム。
見えないところで、きっと大変なこともあると思う。


だから母は、
あれこれ言いたくなる気持ちを少し飲み込んで、


「頑張れ」


とだけ思う。


電話をくれたことが嬉しかった。
普通に話してくれたことが嬉しかった。
娘の人生の中に、まだ少し母がいることが嬉しかった。


楽しんで。
でも無理しすぎないで。


母はここで、
あなたのことを思っているよ。こはるも一緒にね


足の間で爆睡



無防備



テレビ壊れないか不安だけど

まあいいか


ここ数年、朝起きて
「よく寝た。気持ちいい」
と思えた日が、どれくらいあっただろう。

寝ても疲れていた。
起きた瞬間から不安だった。
今日をどう乗り切るかで精一杯だった。

そんな朝が、長く続いていた気がします。

でも最近、少しずつ変わってきました。

今朝は、起きた時に
「ああ、よく寝たな」
という満足感がありました。

それだけのことなのに、
私にとってはとても大きい。

今日のこはるは、

いつものようなキスの嵐ではなく、
朝からとにかく遊びモード。

走って、遊んで、こちらを見て、
「まだ遊ぶよね?」という顔をしていました。

もうすぐ1歳。
猫の1歳は、人間でいうと15歳くらいだそうです。

子猫のような甘えん坊の部分と、
少しずつ自分の世界を持ち始める少年のような部分。

毎日同じではないところも、
とてもこはるらしい。

キスをたくさんしてくる日もあれば、
ただ遊びたい日もある。

でも、そこにいてくれる。

それだけで、家の空気が変わります。

これだけ聞くと、
ただの普通の朝かもしれません。

でも、

人生が一度大きく壊れた後の私にとって、
「普通の朝を普通に始められること」は、
決して当たり前ではありません。

回復って、ある日突然起きるものではないのだと思います。

朝起きたら、急に強くなっているわけではない。
過去の痛みが、一晩で消えるわけでもない。
失ったものを、急に受け入れられるわけでもない。

でも、

少し眠れる日が増える。
朝の空気を少し気持ちいいと思える。
猫と遊んで笑える。
文章を書ける。
仕事に行く準備ができる。
今日を始めようと思える。

そういう小さな変化が、
あとから振り返ると、
ちゃんと回復だったと分かるのかもしれません。

私はまだ完全に元気になったわけではありません。


それでも最近、
「よく寝たな」
と思える朝が少しずつ増えてきた。
それは、身体が少しずつ
「もう大丈夫かもしれない」
と感じ始めているサインなのかもしれません。

回復は、奇跡みたいな出来事ではなく、
小さな安心が戻ってくること。

今日の私には、こはるがいて、
それだけで、少し前の私より、

ちゃんと前に進んでいる。
ある日突然、

全部が良くなるわけではない。


そして今日は、友達が
「うちのワンコが人間だったら」
という画像を見せてくれたので、

私もこはるでやってみました。
こはるが人間だったら。
結果、まさかのイケメン。



目の色一緒

この見つめ方も



あのまっすぐ見つめる目。
少し不思議で、甘えん坊で、
でもどこか自分の世界を持っている感じ。

こはるは猫だけど、
今の私にとっては、

ただのペットではありません。

朝を始める理由。
家に帰る理由。
少しずつ安心を取り戻す理由。


トラウマセラピーが終わりました。

もちろん、まだアップダウンはかなりあります。

急に落ちる日もあるし、

昔のことがよみがえって

苦しくなる日もあります。

でも、大きく変わったことがあります。

それは、

「なぜ自分があんなに苦しかったのか」

その構造が見えるようになったこと。

ひとつひとつの出来事が、

ただの偶然でも、

私の弱さでも、

私の性格の問題でもなかった。

そう分かったことで、

自分を責める時間が少しずつ減ってきました。


縁があって診てもらうことになったカウンセラーさん。

カウンセリングって、やっぱり相性があると思います。

彼女と、そしてこはるに、

この数ヶ月かなり救ってもらいました。あとは信頼できる友人たちに


正直、あの頃の私はかなりのサバイバルモードで、

当時の記憶があまりありません。


どうやって毎日を回していたのか。

どうやって仕事に行っていたのか。

どうやってここまで来たのか。


今振り返っても、よく覚えていない部分があります。


でも今年に入ってから、

やっとそのサバイバルモードを抜け始めた気がします。


そして最近、

日常に平和が戻り始めています。


休日にフィッシュマーケットで刺身を買って、

家でゆっくり飲む。


自分で作った柚子胡椒で

ホタテが食べたかったので、

それを楽しみに買い物をする。






完全に元通りではないけれど、

私はちゃんと戻ってきている。


壊された日常を、

少しずつ、自分の手で取り戻している途中です。


私、相当強い。


そりゃそうだ。

海外生活を送っていたら、

強くないと生きていけない。


でも、ここまで来て思う。

強かったから、

傷つかなかったんじゃない。

傷ついても、

壊れきらずに、

何度も何度も立て直してきた。

それが、

私の強さだったんだと思います。


そして、こはるはその目撃者。


こんなに小さかったのに、

今ではすっかり大きくなって、

毎日のように私にぴったりくっついて寝ています。


添い寝してくれるのは本当に幸せ。


……なのですが、

正直、足はしびれます。


しかも、かなりしびれます。


でも動かせない。


だって、こはるが気持ちよさそうに寝ているから。


こういう小さな幸せを、

また感じられるようになったこと。


これもきっと、

私が日常を取り戻している証拠なんだと思います。