2回目の面会に行けました。


1度目は挿管、呼吸器付けていて意識もなく、輸液でパンパン、透析、鼻から口からいろんな管に繋がれていて両腕はもちろん、両方の首にもと、インスリンなどたくさんの薬を大量に使っていて目を覚ますのかと心配だったけど数日後に目を開けました。



少し話も出来るくらいになったと聞いて早めに会っておきたかったので目覚めて2日後に妹と面会に。


息子としては起きたらICUで全く動けない、絶食絶飲で手にもグローブで拘束されてまだ全身痛くて辛くて不安定でした。


どうやって病院行ったのか聞いたら死ぬほど痛くて救急車呼んだけど1軒目の病院は適当すぎて即入院、とりあえず点滴していたけど痛みは強くなるばかりでひたすら我慢していて意識は朦朧としてあまり覚えていないまま酸素マスクが外れて意識もほとんどなくグッタリしているのをたまたま看護師さんに発見されて救急車で別の病院に運ばれて次の病院ではもう手遅れかもしれない、酷すぎる、ここではムリだって医者達の声が聞こえてるけど痛過ぎて目を開けたいけど目も開けれず意識が遠のきこのまま死ぬんだなと思ってたそうで、その後東大病院に運ばれたそうです。



最初に救急車呼んでから5時間くらいで3件目の東大病院にたどり着いたけどその間にショック状態になり、救急車より早く病院に着き待っていた家族は東大病院に着いた時はもう顔も体も赤黒いレンガみたいな色で助からないんじゃないかとみんな声も出なかったと聞きました。


輸液で頭までパンパンで看護師の妹でさえ、こんな重症の患者見たことない、かなり厳しいと思うから早めに来てねと泣いて連絡がきました。



今日で2週間です。



まだ内臓のほうの治療には炎症が治らず入っていなくて透析はずっとしています。


多臓器不全で血圧、呼吸、腎臓はまだ改善していない、膵液によって消化された内臓脂肪が貯留している、炎症が膵臓意外にも広がり炎症が長引いている。


血栓症の可能性→ヘパリン


腸の機能低下 蝙動の低下、十二指腸周辺の壊死物質


壊死物質の感染 ドレナージを要する


まだまだ安心は出来ないし3ヶ月は入院の必要があるそうです。