昨年の2月3月のこと。


当時、コロナ禍で病院は面会禁止。

母は2月頭に再入院となり、いよいよ悪化や症状も進み、母は辛く、

それ以上に、家にいる父からの嘆きの長電話に私は頭を抱えていた。

母にできることを最優先で考えたかったが

その少し前に姉の激昂で、両親共に疲弊し、父は私や母に嘆きをぶつけるばかり。


私は一計を講じた。


母は入院先でもラジオを楽しんでいたが、そのラジオが壊れたと聞き

ひらめいた。


CDラジカセを持っていこう。


母は、もともとあまり音楽を楽しむタイプでもなく

(自称オンチ、音楽オンチと言ってたな😁)

CDも扱ったことなかったけれど


それでも敢えて、CDラジカセをプレゼントしてみよう。

電池でも使えるコンパクトなものを旦那さんと探して

母が好きだった裕次郎のCDや、小説音読CD、落語CD、瀬戸内寂聴さんの講和CDも

いくつか見繕って、病院へ届けた。

しれっと部屋から出てきてもらって、こっそり会って、

急いでCDラジカセの使い方を教えた。


私の作戦には、続きがあった。


母がもしCDを使えるようになったら、

おそらく、昔、家や車でよく流れていた(父が好きで揃えていた)

ポールモーリアを聴きたいと言うだろう。

そして、それを父に頼むだろう。

そうすると、今、嘆いてばかりの父も、一生懸命にCDを選び、母に届け、

父の気持ちも明るく前向きになるんではなかろうか…と。


しかし、母はCD自体を75歳の今まで触ったこともなく

その最初の関門を突破できるか、賭けでもあった。


なんと!母は、なんなくハードルを飛び越え

思わず笑ってしまうくらい、私の思い描いたシナリオ通りに事が進んだのだ。


以降の、母や父から私へ届いたメールを抜粋してみる。

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2/23 - 母より(この日に届ける)

 裕次郎の歌を聞いてます!


2/24 - 父より

 お母さんからのメールに、ポールモーリアを聴きたいと言ってきたので、

 取りあえず5枚ほど近々持ってゆくことにした。

 ほかにもリチャードクレイダーマンを2,3枚持って行こう。


 音楽は時間ぎ過ぎるのを忘れさせるほどよいね!

 気分が高揚し、浮かれ出すようなポピュラーなものを選んで、お母さんに持ってゆくよ。


2/25 - 母より(ワイヤレスのイヤホンも渡していたことに対して)

 無線接続できた🙌 有難う♫

 ワイヤレスイヤホンで両耳で聞いたら迫力あって楽しいわ!


2/26 - 母より

 お父さんがポールモーリア他見つくろって持ってきてくれたので

 CDを聴きながらメールしてます(ヤッタネ絵文字)

 運動不足になりそう😁


2/28 - 父より

 軽快なメロディーはどんな場合でも

 気持ちをウキウキさせてくれるよ!


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その後しばらく、母や父からのメールや電話は

気持ちは明るく元気なものとなり

作戦は大成功だったと言えるだろう。


しかし、それは長くは続かなかった。

正確に書くと、長くは続いていなかったのだ。


私は油断してしまった。


3月の終わりに、仕事上で大きな異動の打診があり

晴天の霹靂のような話、相談が来たこともあり、

母と父は、しばらく大丈夫そうかな思っていたので

4月以降はその異動含めた相談に気を取られていた。


4月になって、母の病状の数値が下がり、退院の話が進んでいた。

私が知ったのは退院が決まった後だった。

今回の入院中で酸素ボンベも始まっていたので、家で使える準備をしたそうだが

それだけでなく、何かと準備もあるだろうし、退院日は私も家に帰るよと伝えたが

父は大丈夫と言って断った。

母はコロナに限らず感染が怖いので、なるべく接触を避けたい

という母の気持ちも知っていたので、私も強引に帰るとは言えなかった。


しかし、父は介護準備や、いざというときの手配やツテの準備をしておらず

母の日記には、退院が不安だと記載されており、

父と母のメールでも、父も不安だと書いてあり、


なんだよそれーーーー!!!と、母が亡くなった後に知り、愕然とした。


4月に私が油断していなければ、母と父の微妙な変化、言葉から

退院への不安や病状やそれぞれの状況の変化を察知できていただろう。

退院直後から、母は筋力低下により家での生活が困難で、悪化の一途となり、

父は思考停止状態で、もはや無関心、思いやりのない状態に陥っていた。

断るのを無視して強行帰省してみたら、老老介護の悲惨な状況で

もはや取り返しはつかなかった。


いまさら。たられば。


ただ、1つ確かなことは

この2月の終わり〜1ヶ月くらいの間

母と父は、少し楽しい時間を過ごしていたこと。

母と父と私3人で家族として過ごしていたこと。


大切な一生の家族の最後の楽しい思い出。