マンションで行き倒れていた犬・・・もとい人間、イツキとさやかの不思議な同居生活が始まった。


「植物図鑑」 有川浩


4.春の野花―――タンポポ、イヌガラシ、スカシタゴボウ

河原に色が溢れ始めた。 花の季節だ。
「すごいね、お花の絨毯みたいだね」 「お、それいいね」 言いつつイツキはシャッターを切った。

「タンポポ、シロツメクサ、アカツメクサ、この黄色いのは・・・・キイロツメクサ?」
「残念、外れ。 コメツブツメクサ」 あっさり回答したイツキが笑う。
「でも花の名前は割と知ってるんだね」 「えへへ、まあね。 女の子だし」

―――と答えたのはハッタリだ。 話は数日前にさかのぼる。


「河野さん、最近お弁当なんだね」 昼休み声をかけてきたのは同僚の男性社員である。
「自分で作ってるの?」 「ええ、まあ。 一人暮らしだし」 
「自分でお弁当作ってくる女の子ってポイント高いよ。 そのおにぎりなに?」
「あ、これはフキの混ぜごはんで」 「へえー、すごいなそんなの作れちゃうんだ、マメだね」

うう・・・自分ではこれほどきれいに俵型に握れません。 作ったのは同居してる男性です。

「その茶色いのは?」 「あ、これはきゃらぶきで・・・・フキの佃煮なんですけど」
「一口もーらいっ」 「ああっ!」 相手は指できゃらぶきをつまみ、自分の口に放り込んだ。
「あ、旨い。 酒のつまみによさそう」  旨いに決まってんでしょー!? 
私のために作ったくれたお弁当なのにイツキが作ったんだから! 何アンタ横からつまんでるのよ!

彼は営業担当で女子からの印象も悪くないが、さやかの評価は格段に下がった。

怒りを押し隠してオフィスを抜け出すと本屋へ足を運んだ。 

向かった先は図鑑コーナーである。
何冊かパラパラと見て『日本の草花・春』と『身近な山菜・摘み菜』を選んだ。
2冊で3600円。 痛いけど、自分もすこしは詳しくなりたくて、思い切って購入した。

イツキがバイトに行ってる隙に、買ってきた図鑑をめくった。
フキノトウの解説で「天ぷらにするとほろ苦くて美味」などと書いてあるところに、
「嘘つき、苦すぎて素人にはキツイよ」 と内心突っ込んだり。 図鑑を見てるのは楽しい。

「やば、早く寝ないと」 図鑑をどこにしまうか悩んだ。 イツキにはばれたくない。
ええいここだ!
さやかはベッドのマットレスと敷き布団の間に挟んだ。


イツキが群生している青い花にカメラを向けた。

「この花知ってるよ、オオイヌフグリでしょ」 「お、よく知ってるね」
「でもあんまり人前で言わない方がいいかも」 「え、何で?」 「んー、意味がね」
首を傾げるさやかに、イツキは困ったように答えた。

「直訳すると『犬の陰嚢』」  
「い!?」 顔が熱くなった。 「なっ、何でそんな名前なのよ!」
「似てるのは実なんだよ。 細かい毛が密に生えててその、犬の陰嚢に似てるから・・・」
「何度も言わなくていい、その単語っ!」
「言ったのが俺の前でよかったじゃん。 さやかみたいにかわいい子がつるっと口に出したら大喜びでからかうやつもいると思うよ」

だから何であんたはそこであたしにかわいいとか口に出せちゃうのかな。 
しかし見事にそれが鎮静剤になり、今度は別の意味で顔が火照った。


「あたし、子供の頃シロツメクサとかレンゲで花かんむり編むの夢だったんだ」
「今日作れば? これだけ咲いてたら豪華なの作れるよ。 大人が作っちゃ駄目って法律ないよ」

思ってもみなかった提案に、さやかは目をしばたたいた。
イツキに編み方を教えてもらい、彼が写真を撮っている間に他の花も混ぜて編み込んだ。


イツキはさやかが編んだ花を見て盛大に笑う。

「すげえ力作だなぁ! こんな豪華なの見たことない」 「だ、だって・・・いっぱい咲いてるから」
「うん、キレイキレイ」 花の端と端を重ねて括り、その花かんむりをさやかの頭に乗せる。
かんむりを両手で支えると、カシャッとシャッター音が聞こえた。
「やだ、何でいきなり撮るのよー!」 「ん、今いい顔だったから。 無邪気でさ」
「いくつだと思ってるのよ」 「いくつ?」 「8月15日で26」 誕生日はもろお盆の真っ只中だ。

少し花かんむりがくたびれてきた。
家に帰るとイツキはパーティーで使うような大皿を食器棚から取り出した。
そこに浅く水を張って花かんむりを生けた・・・・というより、水に入れた。
数時間後には水を吸ってすっかり元気になっていた。

そしてイツキは私が花かんむりを作っている間に密かに食材を採っていた。
タンポポ。 そしてイヌガラシとスカシタゴボウ。
イヌガラシとスカシタゴボウは素人が見ると同じ植物にしか見えない。 よく見ると色が違うのだ。


タンポポの花と葉は天ぷらになって出てきた。 茎は―――「佃煮?」
「バターで炒めてみました。 洋風に処理できる貴重な野菜なんだよな」
タンポポの天ぷらは優しくてほんのり甘い。 茎のバター炒めも新鮮だ。
イヌガラシのおひたしは、ぴりっと辛い。
スカシタゴボウのごま和えもクセもなく、食べやすかった。

「・・・・そういえば、シロツメクサとかも食べられるんじゃなかったっけ?」
「うーん。 『食べられる』ってのと『食べて旨い』ってのはまた別の話なんだよな」
どれもおんなじように美味しいとは限らない、とイツキは言った。
「そうなんだぁ・・・」

「だから勉強熱心なのはいいけど、ほんの知識だけで夢見たらがっかりするよ」
うなずきかけて―――ん!?  イツキを窺うと、屈託のない笑顔が向けられた。
図鑑を隠したのがバレていた!

「いや―――――ッ!」 恥ずかしい! 付け焼刃の知識を嬉々として喋っていたことも!
「覚えたこと喋りたくてたまらないんだろうなぁって、もうかわいくてさ。 にやつくの抑えるの大変だった」
「やめてぇぇっ!」  顔から火が出る。
「でも隠し場所はもうちょっと考えないと。 敷布団の下なんてエロ本の隠し場所並みじゃん」
「仕方ないでしょ、エロ本なんか隠したことないんだから――――――ッ!」

顔から火が出るほど恥ずかしいのに、イツキの料理はやっぱりおいしくて箸が進んでしまう。


5.ワラビ/イタドリ

中学生のエロ本の隠し場所並み、と言われてからは図鑑はイツキの前で堂々と眺めるようになった。

「何か面白いものあった?」 「『山菜』ってあんまりこの近所にはないんだね」
「うーん、ちょっと離れたらワラビなんかは結構あるんだけどね」 「えっ!? どこ!?」
「うーん・・・徒歩だと3時間くらいのところ」 「えー、無理!」

「イツキは植物学とか勉強してたの?」 これはNG? 相変わらず同居人は謎の経歴のままだ。
「まあそっち系の勉強しなかったわけじゃないしね。 でも好きこそものの上手なれって感じで。 写真覚えたのも草花に興味があって記録取りたかったからだし」
へえ、と頷いたさやかはワラビのページをめくった。 でもさすがに3時間は歩けない。

「もう一台自転車があれば行けるんだけどな。 サイクリングがてらちょうどの距離だし」

・・・・・そっか、自転車がもう一台あったら行けるんだ。 そんなことを考えて―――

何であたしこんなところに。
会社帰り、郊外型スーパーに寄っていた。 そしてイツキとは色違いのママチャリを購入する。
どうしよう。 自転車買ってきたよ、と嬉しげに報告するのも気恥ずかしい。

玄関の自転車のカギがかけてあるキーラックにとりあえず新しい自転車のカギをかけた。
夕食後、イツキがバイトに出ようとすると「あれっ」と手を止めた。 「鍵増えてる」
何気なく・・・・「あたしも自転車買っちゃった」 でもそのあとがいけない。
「だから、あの・・・い、今までより遠くにも行ける、よ?」 何でさらっと言えない、あたし!
イツキは微笑ましげにさやかを見つめていた。 「じゃあ週末晴れたら」


そして週末、早い時間に起こされた。

「すごいねー、いい天気」 「ここまですかっと晴れると気持ちいいよな」

30分も自転車を漕ぐと、周囲の景色が変わってきた。 畑や田んぼもある。
イツキは自転車を止めた。 迷わず空き地の奥に盛られた赤土のほうへ歩き出した。
その足元に図鑑で見た写真とそっくりのワラビが膝ほどの高さにまですっと伸びていた。
「わー本物!」 「待って、採り方にコツがあってさ。 こう・・・・」
イツキは何度か手振りでやってみせたが、さやかにはよく飲み込めなかった。

「えーっとごめん、ちょっと」
言いつつイツキがさやかの手を取った。 急に手を取られて一瞬肩が跳ねる。
「こう・・・・それが折りどころ」 途中で茎が自然にポキリと折れた。
ワラビ探しは面白くて、まるで宝探しのようだ。

イツキは他にも採ってきた。 緑と赤紫がまだらになったような色合いで、茎がまっすぐ太い。
「オニノゲシ。 味はワラビよりも上等だと思うよ。 イタドリっていうんだけど」
「高知の人はよく食べるんだ。 それで面白いのが徳島や愛媛じゃ食べる習慣なかったみたいで、でも高知じゃ価値の高い山菜でさ、高知から遠征してごっそり収穫してたら、徳島や愛媛の人も単なる雑草だと思ってたけど、あれ旨いんじゃないかって気がついて、食べてみたら旨かった。それから業者間の競争が始まったって」
へえー、とさやかは感心してうなずいた。


帰路につくと、まずワラビのあく抜きから始まった。 「イタドリは?」
「うん、こっちは生でも食べられるくらいなんだけど・・・」 「え、生で!?」
一本皮を剥いてかじってみる。 すると―――

「えー、何これ!」 「意外だろ」 「意外どころの話じゃないよ!」

かじった茎は甘酸っぱく果物に近い味がした。 こんな味のする草があるなんて。
しかしシュウ酸が多いイタドリはやはりあく抜きが必要なようで湯掻いて一晩水につける。

翌日の昼が山菜御膳になった。
ワラビは味噌汁と炊き込みご飯の具、それから煮付け、おひたし、和え物。 ワラビ尽くしだ。
イタドリはメインのようで、ごま油と醤油で炒めたものが大皿に乗っている。
いただきます、と手を合わせて真っ先にさやかは箸を伸ばした。

「ワラビ美味しいけどやっぱり副菜の位置づけだね。 イタドリのほうが主役な感じ」
「だろ? 採るのは圧倒的にワラビのほうが楽しいんだけどさ、味で選ぶならイタドリって感じなんだよな。 高知に行ってたときもワラビは完全に雑魚扱いでね」

「そういえば昨日いっぱい咲いてた白い花って何なの?」
「ああ、あれ? クサイチゴの花だよ。 ノイチゴって言ったほうがわかりやすいかな」
「え!? わー、採りたい採りたい!」 「『絵本で憧れた』パターンだったよね、ツクシも」
と、イツキがからかう。
「時期になったら採りに行こうね! 約束!」  

勢いのまま小指を出してしまい、驚いたようなイツキの顔を見て正気に戻った。
バカあたし。 今年いくつよ。 恐る恐る手を引こうとすると―――イツキの手が先に動いた。
さやかの指に、小指をひっかける。 いたずらっぽく笑っている。 そして小指を振り始めた。


ふと・・・・指切りしたってことは、少なくともそれまではここにいるってことだよね。

このまま季節が冬まで巻き戻って、ノイチゴが生える季節なんかずっと来なければいいのに。


月曜日、お弁当に入っていたのはイタドリの炒め物。 いざ食べようとした時にドアが開いた。
入ってきたのは先日きゃぶきを直指でつまみ食いした男。 名前は竹沢。

「あ、河野さんまたお弁当? 見せて見せて」 「見せるだけですよ」
「うわー、今日も手が混んでるねー」 しげしげと弁当を眺めていた竹沢が不意に「隙ありっ!」
指を伸ばしてきた。 さやかはすばやく弁当の蓋を閉めた。 「あー、クソ!」
イライラしてこの日は女子更衣室で弁当を食べることにした。 席を立つ。
「えっ、ひょっとしてマジ怒り? ちょっと待ってよごめんって! 冗談のつもりでさぁ・・・」
「冗談でもあたしはイヤだったんです、それじゃあゆっくり」

オフィスに戻ると午後の営業に出たのか竹沢の姿はなかった。
自分のデスクに戻ると、パソコンに社内メッセが届いていた。

『ゴメンナサイ、もうしません。 竹沢』  変に愛嬌があるので怒りきれなくて困ってしまう。

『もう絶対にしないでくださいよ。 河野』  最低限の一文で謝罪の受け入れを発信した。


6.ユキノシタ/クレソン

さやかが自転車を手に入れて行動範囲が広くなった。 

「今日は川を遡ってみようか」 土曜日のブランチの途中でイツキが言い出した。
小一時間時点を漕いだだろうか。 川幅は狭くなり、代わりに山が近くなった。

「おっ、いいもの見っけ」 イツキが土手に歩み寄った。 「さやか、葉っぱ摘んで」
丸い葉の切れ込みがモコモコと丸く、緑色の地にえんじで模様が入っている。 
そして特徴は全体に生えた毛だ。 「何か毛がすごいよ」 「大丈夫、どんどん摘んで」
「何て言うの、これ?」 「ユキノシタ。 田舎のほうじゃ煎じて薬草にも使われたりするね」

ユキノシタを採り終え、更に上流へと歩いた。 歩きにくい道を行くと、いつの間にかイツキが手を繋いでくれていた。 そしてイツキがまた「お」と嬉しそうな声を出した。
「今度はさやかも絶対わかるよ」 イツキは水際まで行って一本摘んで岸に戻る。
「ほら」 緑色の葉には見覚えがあった。 

「あー!・・・クレソン!?」 「正解」

水際には絨毯のようにたくさんのクレソンが生えている。
「クレソンってスーパーで売ってるの結構高いよ!? こんなハイカラな野菜が無造作に生えてるの!」
「クレソンって実は図太い植物でさ、意外とそこらの川にしれっと生えてるんだよな」


川に落ちるなよ、と注意されてたものの何しろ足場が少ない。 ついにやってしまった。
足を載せ替えた石がぐらりと動いて、ばしゃんと水音が響いた。 片足が完全に水に落ちた。

「さやか!?」 「あー・・・やっちゃった」 「ほら、早く上がって」
「冷たい~~~~~~」 「当たり前だろ、こんな上流でしかも山陰なのに」
イツキは手近な石にさやかを座らせ、靴を脱がせた。 靴下を脱いで水気を絞った。
その間にイツキはハンカチでさやかの濡れた足を拭いた。

「・・・・・ハンカチ、買ったの?」 「あ、うん、まあ」

そこそこ名前の通ったブランド物のハンカチ。 締まり屋のイツキが自分で買うとは思えない。
そう思っていたら、イツキは困ったように笑って言った。
「実は自分で買ったんじゃないんだ。 バイト先で貧乏自慢みたいになってさ。 恵まれた」

その恵んでくれたのって男の子? 女の子? それは結局訊けなかった。

「冷たくない?」 「やっぱり爪先が冷たい」 そう言うとイツキはさやかの靴を脱がせ、
例のブランドハンカチを中敷き代わりに靴の中へ押し込んだ。 「履いてみて」
「・・・・うん、ちょっときついけど冷たいのはマシ」
誰からもらったかわからないブランド物のハンカチを躊躇なく中敷きに使ったことが気持ちよかった。

家に帰るとすぐに熱い風呂に浸かった。 ハンカチのことが気になっていた。 面白くない。


ユキノシタは天ぷらになって、クレソンはツナのサラダで出てきた。
それにワラビのベーコン巻き、ワラビ入りスープが加えられた。

毛の生えたユキノシタの天ぷらには箸が遠のいていたが、かじった途端、固まった。 意外で。
歯ごたえはふわっとして、さくっとして、強い毛が嘘のようだ。 ごく上品な味である。
「え~~!なんで~!? あんなにザラザラだったのに! 美味しいけど納得行かない!」
イツキはにやにやとさやかの動転ぶりを眺めている。
「ギャップが楽しいだろ。 個人的には天ぷらにして美味しい山菜ベスト3に入ると思うよ」


こんなに楽しく暮らしているのに・・・・・・イツキのブランドハンカチの柄が焼きついて頭に離れなかった。


12時近くなって灯りを消した。 だが寝れない。
駄目だ。 このままじゃどうせ眠れない。 さやかは起き上がって手早く着替えた。
イツキのバイト先のコンビニまで自転車で10分弱。 イツキのいるコンビニまで歩いた。

入る前に店の中を少し窺う。 レジにイツキの姿はない。
女子大生か、派手な感じの若い女の子が立っている。 深夜でも女の子のバイト入るんだな。
イツキはどこだろう。 思い切ってドアを開け、店内に踏み入る。
「いらっしゃいませぇー」 レジの女子店員が微妙におざなりな声をかけた。

商品棚の間に向かって彼女は声をかける。 「クサカベくんさー」
「ハンカチちゃんと使ってくれてるー?」 うわぁ、なんてバッドでナイスなタイミング!
「あー、使ってるよー。 でもそういう話は休憩のときに・・・・」

品出しをしていたイツキが「すいません」、と顔を上げた。 そしてさやかと顔を合わせて固まった。
制服の胸に「日下部」と名札がついている。
さやかが今まで知らなくて、レジの女の子は当たり前のように読んでいた苗字。
帰る。 口の形だけでそう言って、さやかは踵を返した。


「さやか!」 呼ぶ声には振り向かなかった。
自転車で追いかけてきたらしい。 乱暴にスタンドを立てる音がして肩を掴まれた。
「待てよ!」 「戻れば!? 仕事中でしょ!?」 「10分もらって抜けてきた」

「何でこんな時間に俺のバイト先なんて来てんだよ! しかも歩きでなんて!」
「あたしの勝手でしょ!? 日下部さんには関係ないでしょ!?」
イツキが苛立ったようにため息をつく。 さやかと同居して初めて聞くような。
「・・・・何が言いたいわけ」 「あたしが知らなかった苗字、彼女は知ってた」
「当たり前だろ。 バイト先には苗字言わないと雇ってくれないだろ」
「ハンカチも彼女からのプレゼントだったんだ? 一枚千円もするようなハンカチ、ただのバイト仲間に贈ったりしないよ。 積極的に迫られてるね、よかったね」
イツキが鬱陶しそうに頭を掻いた。 否定はしない。  「・・・・・だから何なの」
「女の子にもらったって言わなかったよね」 

「もういい、この自転車で帰れ」 「いい!歩いて帰る!」 「ワガママ言うな!」 びくっと肩が竦んだ。
「いいか、鍵つけたままで自転車置いていくからな。 もし盗られたら俺は買わない。 さやかが買っても使わない。 自転車で出かけるのももうおしまいだからな」
初めて聞く恐い声を残してイツキは走り去った。

「何よぅ・・・・」  涙がぼろぼろ頬を転げ落ちる。 何も言う資格なんかないけど。
どうせ好きなのはあたしのほうだけだ。 それを自覚させられるのは苦しい。
「イツキのバカ―――」 せめてもの抵抗のように自転車を乗らずに押して帰った。

翌朝いつもより早く起きて、イツキが帰ってくる前に忙しく家を出た。



続く・・・・