レバーが嫌いな私が昨日、鶏の肝を食べてみたらやっぱり無理でした
臭い・・・・あれは嫌いな食べ物の一つに加えておこう
本日チョイスした本は、「バケモン」と呼ばれるほど醜かった女の、愛と執念の物語です。
「モンスター」 百田尚樹
女がプラットホームに降り立った時、中年の駅長は思わず手を止めて女を見た。
しげしげと女を見つめた。 女が見慣れない顔だったからではなく、
思わず惹きつけられるほどの美しさをもっていたからだ。
これまで見た女で一番の美人かも知れないと思った。
女は売店でガムを一つ取り出して、これを下さい、と言った。 店員は女の黒目に惹きつけられた。
タクシーに乗ると、運転手は例の女かな、と思った。
潰れたペンションを買い取り、レストランに改築するらしい。 施主はとびきりの美人だと聞いた。
私は町で一番美しい女―――その噂を教えてくれたのはフロアススタッフの梨沙だ。
「オンディーヌのオーナーはすごい美人だそうよって言ってました」
もう一人のフロアスタッフの美香も同調する。
ここは瀬戸内海に面した古い町だ。 オンディーヌは町を少し離れた高台にある。
たかだか田舎のフレンチレストランに六千万もかけた。 誰が見たってどうかしてる。
シェフの村上は六十歳を過ぎているが、かつては一流ホテルのチーフをつとめていた。
開店初日から行列が出来るほど客が来た。 ひと月経っても客足は落なかった。
「ママさんは本当に三十二歳なんですか?」 梨沙が聞いた。 少し、どきっとした。
「もっと老けて見える?」 「いえ、どう見ても二十代後半にしか見えないから」
本当の年齢を教えてやったらどんな顔をするだろうか。 もうすぐ三十八歳だと。
初夏の風が心地よい。
かすかに潮の香りがする。 かつてこの町に住んでいる時は気付かなかった。
ふと散歩にでかけると 「東野青果店」 という店の前で足をとめた。
「りんごが欲しいのですけど・・・・」 「こちらのが美味しいですよ」 「おいくら?」
「サービスしときます」 「いえ、悪いです」
「あら、どこかでお会いしました?」 私は言った。 「いえ、初めてです」
「こんなべっぴんさんに一度でも会ったら、忘れませんよ」
あんたとは何度も会った。 あんたに 「バケモン」 と言われたことは忘れていない。
私は東野に甘い声で近づくと、東野の顔がぱっと赤くなった。
これから数日はつまらない妄想を楽しむことだろう。 リンゴ一つで、安いものだ。
私はブスだった。
いや、ブスという言葉は軽すぎる。―――畸形的とも言える醜さだった。
腫れたような一重瞼、両目が馬鹿みたいに離れていて左右の形も違う。
鼻は低く横に広がり、大きな穴は上に向いていた。 鼻の下は長く、出っ歯だった。
小学校に入学した日に、同じクラスの果物屋の息子に「バケモン」と呼ばれ、
クラスメイトにもそう呼ばれた。 誰も私に近づかなった。
唯一の友達だったクミちゃんも、わたしから離れていった。
高学年になると、孤独にも慣れた。 様々な悪口を浴びせてはからかった。
私は母にも「ブス」と言われ続けた。 母は自分にしか興味がない人だった。
父も娘にはたいして関心がなかった。 私は父に似ていた。
「思春期」 という言葉がある。 私の思春期は遅かった。
思春期時代はいつもファンタジーの世界にこもっていた。
ある日、公園で幼なじみの男の子と遊んでいた。 名前はエイスケだ。
二人で冒険しようと知らない道を歩くと、道に迷った。 二人は焦った。
あたりは暗くなり、私は泣き出した。 彼は私の肩を抱き、大丈夫大丈夫、と何度も励ました。
見知らぬ男性が声をかけてくれ、電話をしてくれた。 しばらくして迎えが来た。
私はあの夜、エイスケに恋したのだ。 大きくなったら結婚するんだと心に決めた。
彼も結婚しようと言った。 年長の男の子にいじめられたとき、
「和ちゃんをいじめるな!」と向かっていった。 私のヒーローで王子様だった。
しかし、彼は「さよなら」と告げて去っていった。 翌日エイスケ一家は引っ越した。
中学三年間を通して友人と呼べる子はできなかった。
必死で女性の美しさは顔で決まるものじゃないと思おうとしたが、それを打ち砕く男がいた。
国語教師の清水谷だ。
「少女漫画にもブスだけど心が美しい女の子が出てくるけどあれは嘘だ」
「綺麗な女の子ほど心が綺麗なんだ。 逆に、ブスほど心も汚い。 外見と性格は一致するんだ」
クラスは静まり返った。 私は恥ずかしさで顔を上げることが出来なかった。
思春期の変化は身体だけではなかった。 異性を強烈に意識し始めた。
しかしブスは恋しても無駄に終わる。 私には恋なんて縁のないものだと思っていた。
ところが恋してしまった。 ひとつ上の先輩だ。
足森修司。 彼は生徒会長でテニス部のキャプテン、女生徒からもモテた。
彼は笑顔が爽やかでいつもテニスの練習の時にはギャラリーがいた。
私はギャラリーに混じる勇気はなかった。
さんざん悩んだ挙句、彼の卒業式に手編みのマフラーを渡すことにした。
色は半分が赤で半分が黒だ。 赤が私、黒が彼のイメージだった。
彼の前に立って、何も言わずにマフラーを突きつけるとその場を去った。
嫌がっている顔ではなかった。
しかしこの恋は滑稽で残酷な結末を迎えた。
翌日、3年生がいなくなった学校に登校した時、私は信じられないものを見た。
学校の近くに人懐こい野良犬がいたのだが、その犬の首に赤と黒のマフラーが巻かれていた。
高校に入る頃には、自分はもう女の子らしい幸せを望んではいけないのだと、諦めた。
おそらく同年代の女の子以上に恋に憧れた。 醜かったからだ。
高校に入って、クラスの自己紹介で彼が 「高木英介」 と名乗るのを聞いたとき、はっとした。
「エイスケ!」 彼があの少年なのかはわからない。 でも私はそんな気がした。
英介と話す機会が訪れた! 遅刻した時に彼も遅刻してきたのだ。 下駄箱で声をかけられた。
「高木君・・・・高木君はずっとN町にいたの?」 「子供の頃に引っ越したんだ。 生まれたのはS町」
私はそれを聞いたとき、驚きと喜びが爆発した。
「じゃあS幼稚園?」 「うん」 「私もS幼稚園なの」
英介はエイスケだったのだ! 感動のあまり足が震えた。
しかし喜びの裏には悲しみがあった。 英介は素敵な男性になっていたが、私は醜い女だ・・・。
ある日、自習の時間だった時があった。
男子たちが調子に乗り、「このクラスの美人コンテストやろうぜ!」と松田という男子が言い出し、
投票用紙を作り、男子に配りだした。 勿論、女子は猛反発した。 非難された松田は
「それじゃあ、ブスコンテストをやろうぜ!」 と言い出したのだ。
お願い、やめて。 誰か止めて! ほっといて!と心で叫んだ。
すると、英介が 「馬鹿馬鹿しい」 と言って、言い合いになると松田の顔面を殴った。
松田は急に弱気になった。
英介に本当に恋したのは、この時だったのかもしれない。
どんどん英介に惹かれていく自分がいた。 ダイエットも始めた。
しかしある日、トイレの個室にいると、私の話をするのが聞こえてきた。
「痩せて気色悪くなったと思わない?」 「なんか余計にマイナスオーラ発散ってかんじね」
私はしばらく個室から出れなかった。
一年生の終わりにクラスで文集が編まれることになった。
テーマは 『初恋』 だ。
私はタレントに恋をしたなどという、当たり障りのないものにした。
文集が出来て、英介のページを見たとき―――胸が高鳴った。
読み終えたとき、茫然自失となった。 息ができなかった。
英介の文集には私と歩いたあの夜の出来事が記されてあったのだ。 名前は思い出せないようだった。
気が付けば涙が流れてきた。 美しい思い出として覚えてくれていたのだ。
文集が配布された翌日、英介の文集が話題になった。
理由は文集に書かれていた女の子が隣のクラスの三橋光代だということになっていたからだ。
光代は以前から親しい友人にそんな話をしていたのだ。
その時、私ははっとした。
光代は幼稚園時代の数少ない友人で、私はあの思い出を光代を何度も話していた。
光代は知らないうちに自分が経験した話だとおもいこんだのかもしれない。 あんまりだ。
・・・・そして光代と英介は交際することになった。
光代が許せなかった。 殺意すら覚えた。 思い出を盗むなんて最低だ。
誰もがお似合いのカップルだと言う二人の姿を見るのは死ぬほど辛かった。
しかし英介と光代の恋の結末はあっけない幕切れを迎えた。
光代に他に好きな男性ができ、英介をふったのだ。 英介の落ち込みはひどかった。
だが、英介の立ち直りは早かった。 恋に代わるものを見つけた。 それは株だった。
英介は高校生にして株式売買に手を出し、成功させた。
「この金を投資で増やしてみろ」 と父に渡された50万円を彼は倍にした。
彼は巨額の金を手にした。 3年生になった時には資産は数千万円を超えるとも言われた。
彼の顔は自信にあふれていた。 英介は綺麗な女子とばかり付き合っていた。
英介の目が見えなくなれば、と思った。 そうすれば私の醜さも見えないのに――――。
ある日、家庭用医学書で 「失明」 の項目を見ていると、
メチルアルコールが入ったお酒で失明することがあるということを知った。
私は家の薬局の倉庫に足を踏み入れた。 ほこりをかぶった白いビニール製の容器を発見した。
「メタノール」とラベルが貼られていて、その文字の下に小さなカッコがあり、その中に
「メチルアルコール」 と書かれていた。
英介の楽しみの一つは、月に一度仲間たちとカラオケボックスで騒ぐことだった。
酒は男子生徒がこっそり持ち込んでいた。
私はある日、英介にカラオケパーティーに連れてって欲しいと頼んだ。
英介は一瞬きょとんとして、いいよと言った。
参加している子達も不思議そうな顔をしていた。
彼の歌はあまり上手いとは言えなかったが、でも私はうっとりとした。
2時間があっという間に過ぎ、何人かがそろそろ帰るというので挨拶している時だ。
私は鞄とグラスを持って、トイレに行き、グラスの中にメチルアルコールを入れた。
そこにコーラを加えてかき混ぜると、「高木君」 英介に声をかけた。
「コーラで割ったの、飲む?」 英介はありがとうと言って、グラスに口をつけた。
「どうしたんだ?」 誰かの声が聞こえると、英介がグラスを覗いている。
「おかしな味だ」 他の男子が少し飲んだ。 「毒だ!」 皆騒然となった。
「これは誰が作った?」 「田淵だ。 俺は見てた」 誰かが答えた。 皆一斉に私を見た。
「何を入れた?」 「何も入れてない」 「嘘つけ」 「ただのアルコールよ。鞄の中に入ってる」
誰かが私の鞄を開けると、メチルアルコールが出てきた。
「メチルアルコールってやばいって聞いたことがある」 誰かが言った。 「どうやばいんだ」
「たしか目が潰れるんじゃなかったかな」 女子は悲鳴をあげた。
「頭おかしいわ、この女」 「警察を呼べ!」
結局、刑事事件にはならず、起訴猶予になった。 学校からは二週間の停学処分だ。
母は半狂乱になり、父からは殴られ、姉は毎晩泣いた。
その事件以後、私は 「モンスター」 と呼ばれるようになった。
その後十年以上たっても語り継がれることとなる。
町を歩くと世にも恐ろしい獣を見るように私を見た。 店には客が来なくなった。
学校では誰も喋りかけてこず、完全に孤独になった。 卒業までの間、抜け殻のように学校に通った。
地元で就職するつもりだったが、東京の短大に進むことになった。
両親が、学費と生活費は出してやる、その代わりもうこの町には戻ってくるな。
学費と生活費は親子の縁切り代というわけだ。
「モンスターが出て行く」 ボストンバッグを抱えた私を見て誰かが言った。
もうこの街にもどってくることもないだろう――――。
続く・・・
臭い・・・・あれは嫌いな食べ物の一つに加えておこう
本日チョイスした本は、「バケモン」と呼ばれるほど醜かった女の、愛と執念の物語です。
「モンスター」 百田尚樹
女がプラットホームに降り立った時、中年の駅長は思わず手を止めて女を見た。
しげしげと女を見つめた。 女が見慣れない顔だったからではなく、
思わず惹きつけられるほどの美しさをもっていたからだ。
これまで見た女で一番の美人かも知れないと思った。
女は売店でガムを一つ取り出して、これを下さい、と言った。 店員は女の黒目に惹きつけられた。
タクシーに乗ると、運転手は例の女かな、と思った。
潰れたペンションを買い取り、レストランに改築するらしい。 施主はとびきりの美人だと聞いた。
私は町で一番美しい女―――その噂を教えてくれたのはフロアススタッフの梨沙だ。
「オンディーヌのオーナーはすごい美人だそうよって言ってました」
もう一人のフロアスタッフの美香も同調する。
ここは瀬戸内海に面した古い町だ。 オンディーヌは町を少し離れた高台にある。
たかだか田舎のフレンチレストランに六千万もかけた。 誰が見たってどうかしてる。
シェフの村上は六十歳を過ぎているが、かつては一流ホテルのチーフをつとめていた。
開店初日から行列が出来るほど客が来た。 ひと月経っても客足は落なかった。
「ママさんは本当に三十二歳なんですか?」 梨沙が聞いた。 少し、どきっとした。
「もっと老けて見える?」 「いえ、どう見ても二十代後半にしか見えないから」
本当の年齢を教えてやったらどんな顔をするだろうか。 もうすぐ三十八歳だと。
初夏の風が心地よい。
かすかに潮の香りがする。 かつてこの町に住んでいる時は気付かなかった。
ふと散歩にでかけると 「東野青果店」 という店の前で足をとめた。
「りんごが欲しいのですけど・・・・」 「こちらのが美味しいですよ」 「おいくら?」
「サービスしときます」 「いえ、悪いです」
「あら、どこかでお会いしました?」 私は言った。 「いえ、初めてです」
「こんなべっぴんさんに一度でも会ったら、忘れませんよ」
あんたとは何度も会った。 あんたに 「バケモン」 と言われたことは忘れていない。
私は東野に甘い声で近づくと、東野の顔がぱっと赤くなった。
これから数日はつまらない妄想を楽しむことだろう。 リンゴ一つで、安いものだ。
私はブスだった。
いや、ブスという言葉は軽すぎる。―――畸形的とも言える醜さだった。
腫れたような一重瞼、両目が馬鹿みたいに離れていて左右の形も違う。
鼻は低く横に広がり、大きな穴は上に向いていた。 鼻の下は長く、出っ歯だった。
小学校に入学した日に、同じクラスの果物屋の息子に「バケモン」と呼ばれ、
クラスメイトにもそう呼ばれた。 誰も私に近づかなった。
唯一の友達だったクミちゃんも、わたしから離れていった。
高学年になると、孤独にも慣れた。 様々な悪口を浴びせてはからかった。
私は母にも「ブス」と言われ続けた。 母は自分にしか興味がない人だった。
父も娘にはたいして関心がなかった。 私は父に似ていた。
「思春期」 という言葉がある。 私の思春期は遅かった。
思春期時代はいつもファンタジーの世界にこもっていた。
ある日、公園で幼なじみの男の子と遊んでいた。 名前はエイスケだ。
二人で冒険しようと知らない道を歩くと、道に迷った。 二人は焦った。
あたりは暗くなり、私は泣き出した。 彼は私の肩を抱き、大丈夫大丈夫、と何度も励ました。
見知らぬ男性が声をかけてくれ、電話をしてくれた。 しばらくして迎えが来た。
私はあの夜、エイスケに恋したのだ。 大きくなったら結婚するんだと心に決めた。
彼も結婚しようと言った。 年長の男の子にいじめられたとき、
「和ちゃんをいじめるな!」と向かっていった。 私のヒーローで王子様だった。
しかし、彼は「さよなら」と告げて去っていった。 翌日エイスケ一家は引っ越した。
中学三年間を通して友人と呼べる子はできなかった。
必死で女性の美しさは顔で決まるものじゃないと思おうとしたが、それを打ち砕く男がいた。
国語教師の清水谷だ。
「少女漫画にもブスだけど心が美しい女の子が出てくるけどあれは嘘だ」
「綺麗な女の子ほど心が綺麗なんだ。 逆に、ブスほど心も汚い。 外見と性格は一致するんだ」
クラスは静まり返った。 私は恥ずかしさで顔を上げることが出来なかった。
思春期の変化は身体だけではなかった。 異性を強烈に意識し始めた。
しかしブスは恋しても無駄に終わる。 私には恋なんて縁のないものだと思っていた。
ところが恋してしまった。 ひとつ上の先輩だ。
足森修司。 彼は生徒会長でテニス部のキャプテン、女生徒からもモテた。
彼は笑顔が爽やかでいつもテニスの練習の時にはギャラリーがいた。
私はギャラリーに混じる勇気はなかった。
さんざん悩んだ挙句、彼の卒業式に手編みのマフラーを渡すことにした。
色は半分が赤で半分が黒だ。 赤が私、黒が彼のイメージだった。
彼の前に立って、何も言わずにマフラーを突きつけるとその場を去った。
嫌がっている顔ではなかった。
しかしこの恋は滑稽で残酷な結末を迎えた。
翌日、3年生がいなくなった学校に登校した時、私は信じられないものを見た。
学校の近くに人懐こい野良犬がいたのだが、その犬の首に赤と黒のマフラーが巻かれていた。
高校に入る頃には、自分はもう女の子らしい幸せを望んではいけないのだと、諦めた。
おそらく同年代の女の子以上に恋に憧れた。 醜かったからだ。
高校に入って、クラスの自己紹介で彼が 「高木英介」 と名乗るのを聞いたとき、はっとした。
「エイスケ!」 彼があの少年なのかはわからない。 でも私はそんな気がした。
英介と話す機会が訪れた! 遅刻した時に彼も遅刻してきたのだ。 下駄箱で声をかけられた。
「高木君・・・・高木君はずっとN町にいたの?」 「子供の頃に引っ越したんだ。 生まれたのはS町」
私はそれを聞いたとき、驚きと喜びが爆発した。
「じゃあS幼稚園?」 「うん」 「私もS幼稚園なの」
英介はエイスケだったのだ! 感動のあまり足が震えた。
しかし喜びの裏には悲しみがあった。 英介は素敵な男性になっていたが、私は醜い女だ・・・。
ある日、自習の時間だった時があった。
男子たちが調子に乗り、「このクラスの美人コンテストやろうぜ!」と松田という男子が言い出し、
投票用紙を作り、男子に配りだした。 勿論、女子は猛反発した。 非難された松田は
「それじゃあ、ブスコンテストをやろうぜ!」 と言い出したのだ。
お願い、やめて。 誰か止めて! ほっといて!と心で叫んだ。
すると、英介が 「馬鹿馬鹿しい」 と言って、言い合いになると松田の顔面を殴った。
松田は急に弱気になった。
英介に本当に恋したのは、この時だったのかもしれない。
どんどん英介に惹かれていく自分がいた。 ダイエットも始めた。
しかしある日、トイレの個室にいると、私の話をするのが聞こえてきた。
「痩せて気色悪くなったと思わない?」 「なんか余計にマイナスオーラ発散ってかんじね」
私はしばらく個室から出れなかった。
一年生の終わりにクラスで文集が編まれることになった。
テーマは 『初恋』 だ。
私はタレントに恋をしたなどという、当たり障りのないものにした。
文集が出来て、英介のページを見たとき―――胸が高鳴った。
読み終えたとき、茫然自失となった。 息ができなかった。
英介の文集には私と歩いたあの夜の出来事が記されてあったのだ。 名前は思い出せないようだった。
気が付けば涙が流れてきた。 美しい思い出として覚えてくれていたのだ。
文集が配布された翌日、英介の文集が話題になった。
理由は文集に書かれていた女の子が隣のクラスの三橋光代だということになっていたからだ。
光代は以前から親しい友人にそんな話をしていたのだ。
その時、私ははっとした。
光代は幼稚園時代の数少ない友人で、私はあの思い出を光代を何度も話していた。
光代は知らないうちに自分が経験した話だとおもいこんだのかもしれない。 あんまりだ。
・・・・そして光代と英介は交際することになった。
光代が許せなかった。 殺意すら覚えた。 思い出を盗むなんて最低だ。
誰もがお似合いのカップルだと言う二人の姿を見るのは死ぬほど辛かった。
しかし英介と光代の恋の結末はあっけない幕切れを迎えた。
光代に他に好きな男性ができ、英介をふったのだ。 英介の落ち込みはひどかった。
だが、英介の立ち直りは早かった。 恋に代わるものを見つけた。 それは株だった。
英介は高校生にして株式売買に手を出し、成功させた。
「この金を投資で増やしてみろ」 と父に渡された50万円を彼は倍にした。
彼は巨額の金を手にした。 3年生になった時には資産は数千万円を超えるとも言われた。
彼の顔は自信にあふれていた。 英介は綺麗な女子とばかり付き合っていた。
英介の目が見えなくなれば、と思った。 そうすれば私の醜さも見えないのに――――。
ある日、家庭用医学書で 「失明」 の項目を見ていると、
メチルアルコールが入ったお酒で失明することがあるということを知った。
私は家の薬局の倉庫に足を踏み入れた。 ほこりをかぶった白いビニール製の容器を発見した。
「メタノール」とラベルが貼られていて、その文字の下に小さなカッコがあり、その中に
「メチルアルコール」 と書かれていた。
英介の楽しみの一つは、月に一度仲間たちとカラオケボックスで騒ぐことだった。
酒は男子生徒がこっそり持ち込んでいた。
私はある日、英介にカラオケパーティーに連れてって欲しいと頼んだ。
英介は一瞬きょとんとして、いいよと言った。
参加している子達も不思議そうな顔をしていた。
彼の歌はあまり上手いとは言えなかったが、でも私はうっとりとした。
2時間があっという間に過ぎ、何人かがそろそろ帰るというので挨拶している時だ。
私は鞄とグラスを持って、トイレに行き、グラスの中にメチルアルコールを入れた。
そこにコーラを加えてかき混ぜると、「高木君」 英介に声をかけた。
「コーラで割ったの、飲む?」 英介はありがとうと言って、グラスに口をつけた。
「どうしたんだ?」 誰かの声が聞こえると、英介がグラスを覗いている。
「おかしな味だ」 他の男子が少し飲んだ。 「毒だ!」 皆騒然となった。
「これは誰が作った?」 「田淵だ。 俺は見てた」 誰かが答えた。 皆一斉に私を見た。
「何を入れた?」 「何も入れてない」 「嘘つけ」 「ただのアルコールよ。鞄の中に入ってる」
誰かが私の鞄を開けると、メチルアルコールが出てきた。
「メチルアルコールってやばいって聞いたことがある」 誰かが言った。 「どうやばいんだ」
「たしか目が潰れるんじゃなかったかな」 女子は悲鳴をあげた。
「頭おかしいわ、この女」 「警察を呼べ!」
結局、刑事事件にはならず、起訴猶予になった。 学校からは二週間の停学処分だ。
母は半狂乱になり、父からは殴られ、姉は毎晩泣いた。
その事件以後、私は 「モンスター」 と呼ばれるようになった。
その後十年以上たっても語り継がれることとなる。
町を歩くと世にも恐ろしい獣を見るように私を見た。 店には客が来なくなった。
学校では誰も喋りかけてこず、完全に孤独になった。 卒業までの間、抜け殻のように学校に通った。
地元で就職するつもりだったが、東京の短大に進むことになった。
両親が、学費と生活費は出してやる、その代わりもうこの町には戻ってくるな。
学費と生活費は親子の縁切り代というわけだ。
「モンスターが出て行く」 ボストンバッグを抱えた私を見て誰かが言った。
もうこの街にもどってくることもないだろう――――。
続く・・・