さて、ついに最終章となりました。
思いの外長くなってしまいましたが、
それはこの「片想い」、とても良い作品で是非とも読んでほしい気持ちからです。
スマホユーザーのかたはスクロールするのが大変ですみません
移動の合間やちょっとした待ち時間など、もし暇がありましたら読んでみてくださいね
私もおすすめの作品です。
では、最終章をどうぞ・・・・・
「片想い」 東野圭吾
■登場人物■
西脇哲朗/主人公。大学時代はアメフトのクォーターバックのエース。現・スポーツライター。
日浦美月/元女子マネ。10年ぶりの再会で男の心を持ち、人を殺したことを告白。
西脇理沙子/哲朗の嫁。元女子マネ。職業はカメラマン。旧姓・高倉
中尾功輔/アメフト仲間で美月の大学時代の彼氏。以前に比べてひどく痩せている。高城律子とは離婚し、現在行方不明。
早田/同じくアメフト仲間。今は新聞の社会部の記事を書く記者。恐ろしく勘が鋭い。
須貝/アメフト仲間。いい奴なのだが、少々天然なところがある友達。
戸倉明雄/美月に殺されたというストーカー男。
戸倉佳枝/死んだ明雄の母。 明雄と同じ家に住んでいた。
戸倉泰子/死んだ明雄の嫁。 今は息子と別のアパートに住む。
佐伯香里/『猫目』のホステス。死んだ戸倉につきまとわれていた。本当は立石卓という男である。
立石卓/佐伯香里と戸籍交換をした。もとは女。
嵯峨正道/劇団金童の主宰者
高城律子/中尾の嫁。上流階級の家の娘である。
第9章
約束の時間を過ぎても現れない・・・
哲朗は改札口を見通せる柱の陰に立ち、佐伯香里を待った。
もう一度時計を見ようとすると、背後に気配を感じた。
帽子を深くかぶった女が立っていた。 パンツルックで大きなコートを着ている。
帽子を持ち上げ、現れた顔を見て驚いた。
「そんなに驚くなよ、QB」 「日浦、おまえどうして・・・・」
「説明する必要なんてあるのかな。呼び出したのはそっちだろ。オレとしてはあの観覧車での話を最後にしたかったのに」
「どうしてお前が来たんだ。香里は?」
「彼女は来ない。それともオレがきたんじゃまずかったかな」
「いや、そんなことはないけど」
香里から連絡を受けた美月は立石卓が盲腸なんて絶対におかしいと思った。
これはQBの作戦だ、と思ったのだ。
タクシーに乗り、池袋へと向かった。
とある雑居ビルに行った。
入っている店や企業は営業しておらず、廃ビルと化している。
階段を上がっていくと、2階で立ち止まり鍵を開け、中に入った。
部屋にはほとんど何もなかった。
「この部屋は一体なんだ」
「功輔が貸してくれたんだ。彼のお父さんがこのビルの持ち主らしい。今は彼が管理を任されてるんだってさ」
「とにかく中尾に連絡してくれ。大至急会いたいと俺が言ってるって」
「それができればとっくにしてるよ。オレもどこにいるかわからないんだ」
「QB、あいつは死ぬ気だよ」
哲朗は身体を硬直させた。 「どういう意味だ」
「自分の命を捨てようとしている。本気だ。それが最善の策だと思っているからさ。」
「とにかく全部話せ」
「戸倉を殺したのがおまえだというのは事実じゃないんだろ」
「戸倉のストーカーぶりは徹底していた。彼女のことはもちろん彼女の周辺の人物も調べた。
『猫目』のバーテンがウィークリーマンションに住んでること、その正体が女だということを嗅ぎつけた。 多分香里さんが男だということも知ったんじゃないかな」
「それをネタにゆすってきたのか」
「そういうことをするのは正常な人間だよ。 戸倉は異常者だった。
異常者はとびきりの秘密を嗅ぎつけた時でも常人には理解できない行動を起こす」
「何をしたんだ」
美月はソファに腰を下ろすと、頭を両手で抱えた。
「あの夜、香里さんを自宅まで送るとマンションの外で功輔と待ち合わせをしていた。
その前にオレのそばに一台の白いワンボックスバンが止まった。
門松鉄工所の車だった。 気付いた時には遅くてオレは車の中に引っ張りこまれていた。
意外とやつは力が強かった・・・いや、オレの力が弱かったんだな。所詮女の力だ」
「戸倉はおまえのことを・・・・」
「奴にとってオレは邪魔者だった。しかも調べてみたら女だっていうじゃないか。
奴は恨みを晴らす手段としてオレに最大の屈辱を与えることを考えついた。
それは女扱いするってことだよ。 究極の方法で」
レイプということらしい。
服を脱がされかけている時突然がーんという衝撃があった。
中尾だった。戸倉の車に体当たりしたらしい。
そしてバンのドアを開けるなり、戸倉の首を絞めた。
「顔が鬼みたいに歪んでた。あんな顔を見たのは初めてだ。オレのために怒ってくれたんだ」
そして戸倉は死んだ。
美月がボルボを運転してマンションに帰るように言うと、中尾は戸倉のバンを人目につかない場所に隠した。
そして中尾に自首させるわけにはいかないから美月は自首しようとした。
「中尾がうちにやってきたとき、やつは何て言ったんだ?」
「あの時功輔は誰も捕まらなくて済む方法を考えたから自首はしなくていいと言ったんだ。
詳しくは教えてくれなかったけど・・・・」
戸倉の身の回りを捜されたらアウトじゃないかというと、大丈夫だと中尾は言った。
それは戸倉佳枝たちが取引を持ちかけていたからだ。
「最後に中尾と連絡をとったのはいつだ」 「昨日だよ。もうすぐ何もかも終わるからって」
「どういう意味だ」 「だからさっき言ったじゃないか・・・・死ぬ気だって」
「功輔のやつ病気じゃないかな。それもかなり重い病気」
「ひどく痩せてたから体調が悪いのかとは思った。 でもそれは色々苦労があるからだと解釈してた」
「嵯峨さんから聞いたんだけど何年か前にも重い病気にかかって入院してたって。癌じゃないかって言ってた」
だとすると、中尾が死期を悟ってるのだとしたら自殺という道を選ぶおそれは大いにあった。
「日浦、一緒に来てくれるか。 あいつに本当のことをしゃべらせるにはお前がいたほうがいい」
下北沢から5分の距離にある喫茶店。
約束の時間から5分過ぎ、理沙子が入ってきて大股で近づいてきた。
しかし哲朗の横に居る人物の存在に気づいて足を止めた。
「美月・・・・どこにいたの」
美月は理沙子に今まで迷惑と心配をかけたことを謝った。
そしてこれまでの早田との話を哲朗は理沙子に告げた。
「理沙子、教えて欲しいことがある。家を出ていく前日、来客があっただろ。
ロイヤルコペンハーゲンのカップが出てた。」
「友達が遊びにきただけよ」
「もし誰か言い当てたら何もかもしゃべってくれるか」
「考えてもいい」
「考えてる余裕なんてないだろ、中尾を見殺しにするつもりか」 理沙子の表情が変わった。
「客は高城律子だったんだろ」
「君はあのカップをもらったときこう言ったんだ。よほどの上流階級の客が来た時しか使わないってね
それに当たるのは高城律子しかいない」
「律子さんはあなたを訪ねてきたの。でも黙っていたのはそれを聞いても彼女の希望通りにはならないだろうから」
「彼女の希望って?」
「中尾君を探すのをやめてほしいってこと。 中尾君は癌よ。膵臓癌。本人も知ってる。」
哲朗と美月は顔を見合わせた。 美月は悲しげに頷いた。
「助からないのか」 「そうらしいわ」
「そうか」 哲朗は大きく深呼吸した。 胸の奥からこみあげてくるものを抑えるために。
「律子さんは最期まで看取るつもりだったらしい。 でも中尾君から人を殺したことを聞かされた」
子供が殺人犯の子になってしまう。 だから離婚した。 しかし離婚しても殺人犯の子と知るのでは・・・
そう言うと律子の話ではそのへんのことも自分がうまくやると言っていたらしい。
「中尾は、中尾功輔を死なせる気はないんだよ」
「身元不明死体ってやつになるつもりなのか」 美月が訊いた。 声が震えていた。
「功輔を探そうよ」 「ああ、死ぬとわかってる友達をほうっておくことなんかできない」
「それに中尾は自分が死んでも身元は判明しないと踏んでるが実際にはそうじゃない」
「早田君のことね」
早田が掴んだ戸倉佳枝たちの企みを警察に暴露すれば、神崎ミツルの連絡先がバレる。
佳枝たちが知る、神崎ミツルの連絡先は実質、中尾の電話番号だった。
「中尾はどうやって戸倉殺しの犯人だって警察にわからせるのかな・・・遺書?」
「いや・・・・戸倉が乗っていた門松鉄工所のバンだ!」
一体どこに隠したんだ・・・・
「もしかしたら、一つだけある。中尾が自由に使えるシャッター付きの車庫が。高城家の別荘だ、三浦海岸だと言ってた。」
この日はとりあえず、解散した。
哲朗は自分のマンションに、理沙子と美月は理沙子が厄介になっている友達の家に行くことになった。
哲朗はタクシーに乗ると、須貝に電話をかけた。
須貝は確かうちの火災保険の手続きをしてくれた。それと同じで中尾の別荘の保険も手がけたんじゃないかと思った。
聞くと、予想通り中尾の別荘・・・いや、高城家の別荘は須貝が担当していた。
「別荘の住所を教えてくれ。説明は後でする。 大至急その別荘の場所を知りたいんだ」
「そう言われても今すぐには教えられないよ。 会社に行けば調べられるけど」
「すまないが急ぐんだ」
「わかった明日の朝一番に調べたら、すぐ連絡するよ」
「すまん、恩に着る」
寝床についても悶々として眠れず苦しんでいたが、それでも少しは眠ったのだろう・・・・
朝日が昇っていて、遠くで電話の音が鳴るのが聞こえた。
「あたしよ、理沙子」 ただならぬ緊張感が感じ取れた。
「どうかしたのか」
「ごめんなさい。逃げられちゃった」
美月がいなくなった。
理沙子が少しうつらうつらした隙に出ていったそうだ。
「三浦海岸へ行くつもりだ。 彼女は知っていたんだ、その場所を」
哲朗と理沙子は車を飛ばすと須貝の会社へ行った。
会社から出てくる須貝は別荘の住所を教えてくれた。
「なあ西脇、中尾になにかあったのか」 「すまん。いつか、全部話すよ」
じゃあ急ぐから、と車のドアを開けると、須貝がドアに手をかけてきた。
「中尾にあったら、また串カツで一杯やろうって伝えてくれ」
哲朗は彼を見上げた。 これまでに見たことがないような真摯な目をしていた。
車の中で二人は話した
「昨日美月と色んな話をしてたんだけどね、中尾君とのことも色々話してくれた。恋人同士だった時のことも。 あの子はやっぱり女じゃないかと思った。 中尾くんのことを話す表情は男のものではなかった」
「もしそうなら日浦が嘘をついてることになるぜ」 そんなはずない、と思った。
別荘に到着するとチャイムを押したが何の気配もない。
ガレージがあった。 シャッターの下にわずかな隙間があって、哲朗は這いつくばり覗くと車はなかった。
どこかに移動したようだ。
そのときだ。 早田から電話があった。
「いろいろあったけど仁義は守っておこうと思う。だから情報を提供することにした。
犯人は間もなく逮捕されるぞ。門松鉄工所のバンが見つかったそうだ。 犯人は・・・もちろん中尾だ」
哲朗は言った。
「あいつは死ぬ気だ。しかも末期の膵臓癌だ。 自分が死ぬことが一番いいと思ってる。
でも俺はそんなことさせたくない。 お前だって・・・それとも仕事のためには知らんぷりも平気か」
早田からの返答が途切れた。
「間に合うかわからんが、三海屋という店を探せ。その近くにバンは止めてあるそうだ」
車を走らせると、「あった、あれよ」 三海屋という看板が出ていた。
哲朗は車を降りた。三海屋の駐車場には例の白いバンがあった。
さりげなくバンを観察しつつ、海を眺めるふりをした。
車に戻ってどうするか話していると、哲朗の携帯電話が鳴った。
「そこにいるのは危険だ」 その声を聞き、哲朗は鳥肌が立った。
「中尾、お前どこに?」
このバンの周辺は警察が見張っているとのことだった。 そして今、美月も一緒にいるという。
哲朗は中尾の言うままに道案内された。
行き止まりだったが、木で隠れている小さな石段があった。
理沙子は車に残して、哲朗は一人で石段を上った。
急な石段を上り詰めるとそこには懐かしい友の顔があった。
最後に会った時よりもさらに痩せたようで、頬はこけ、顎は三角定規のように尖っていた。
彼はわらいかけてきた。
美月は後ろの小さな祠で寝袋に入り目を閉じていた。
「美月から西脇の推理のことは聞いたよ。大したもんだ。戸籍交換のことを突き止めたのも見事だったけどな」
「見ろよ、西脇。かわいい顔をして眠ってる。三十過ぎにはとても見えないよな。どう見ても女だと思わないか」
「何が言いたいんだ」
「知ってると思うけど俺の母親は男だった、見かけは女だったけど」
「美月がふつうの女じゃないことはわかってた。 だからこそ惚れたんだ」
「だからこそ?」 「そう」
「母親の面影を追ったってことになるかな。 彼女には同じ雰囲気が備わっていた」
「美月は男であり、同時に女でもあるんだ」
「それはわかってるけど」 中尾は首を振った。
「あいつの心は男でもあるし女でもあるんだ。 男を黒い石、女を白い石としたら美月はグレーの石。
その日の体調や周りの環境で変わるものなんだよ、人間の脳というのは」
「美月がここに来るなり俺に言ったよ。 功輔を一人では死なせないってな」
「一緒に死ぬって言ったのか」
「まあな、でもそんなことさせられないしおとなしく帰るわけもない。睡眠薬入りのコーヒーを飲んで今は眠ってる」
この場所は美月と中尾が昔デートした場所なんだと言う。 その時も美月は女だった。
「中尾、自首してくれ」
「おまえは死なせない。今ここでだけじゃなく病院でも死なせない。自首した後はしっかり検査するんだ」
「自首はするが美月まで巻き込みたくない。逃がしてやってくれ」
中尾と哲朗は眠っている美月を理沙子の乗っている車まで運んだ。
理沙子は涙ながらに中尾の身体を気づかった。
「じゃあ、10分経ったら今来た道を戻ってくれ。それまでは絶対に動くな、わかったな」
中尾は真剣な顔で言うと歩き出したが、立ち止まり戻ってきた。
「美月になにか思い出の品を残してやりたいけど何もない。これを着せてやろう。寒そうだったしな」
そういって黒いコートを脱いで眠っている美月の身体にかけた。
じっと彼女の顔を見つめた後、自分の顔を近づけていった。
二人の唇が触れ合うのが哲朗はガラス越しに見えた。
「おまえたちに会えて良かった。来てくれたことに礼を言うよ」
「これからだって会いにいく」
中尾はそのまま振り返ることなく歩き出した。
「10分って言ってたな」 「うん、それまではじっとしてろって」
しばらくして突然、怒声が聞こえた。 一人じゃない、何人かが叫んでいる。
「理沙子、車を出せ」
「でもまだ10分も経ってない」
「いいから出すんだ」
けたたましく数台のパトカーのサイレンが鳴り響いている。
「理沙子、止めてくれ」
哲朗は車を下りると、先ほどの石段を駆け上り、祠のところまで上がってきた。
かすかに轟音のようなものが聞こえたとき、彼は海岸のほうに目をむけた。
岬のところにパトカーが集まっていた。
凝視していると、その下の岩場に白く四角いものが横たわっていた。煙が上がっている。
哲朗はその場に座り込み、両手で頭を抱え、目を閉じた。
下から誰か上がってくる音が聞こえると、美月だった。
「彼が目的を達したみたいだね」 「俺には奴を止められなかった」
彼女の目から涙が一滴こぼれた。
車にもどると理沙子も何が起きたのかわかっているようだった。 彼女の目は真っ赤だった。
車を発進し、三海屋の前を通りかかったときだった。
刑事と思われる男に前を塞ぐように止められた。
「2,3お尋ねしたいことがありまして。つい先程まですぐそこの駐車場にとめておられましたよね」
「それが何か」
「じつは事件がありまして。 こちらにはご旅行かなにかで?」
「まあそんなところです」
「何のためにあの場所に車を止めておられたのですか」
「ただの休憩です」
「一応みなさんの身分をお尋ねしてもよろしいですか」
哲朗は焦った。美月のことをどう説明するか。 本当の名前などもちろん言えない。
その時だった。小走りにこちらにやってくる人物が・・・・「おおい、何してるんだ」
「早田・・・・」
「なんだ、あんたの知り合いか」 刑事は言った。
「こいつはフリーライターの西脇という男で今度の事件の取材で、ちょっと手伝ってもらってるんです
名刺をお見せしろよ」
哲朗は名刺を差し出した。
「そっちの彼女はカメラマンです」 理沙子がタイミングよく名刺を差し出した。
「後ろの人は?」
「彼は僕の友人で中尾功輔といいます。このあたりの地理に詳しいので付き合ってもらいました」
「名刺かなにか見せてもらえますか」
「今日は持ってないんじゃないか」哲朗が言うと、
「いえ、ありますよ」いつもより太めの声で美月が言った。
中尾が先程まで着ていたコートから財布を出すと名刺を出した。
「ここには高城さんとなってますね」
「こいつ、最近離婚したんです。前は婿養子でね。問合わせてもらえればわかります」
刑事は立ち去った。 早田だけが残った。
「早田・・・・」 「さっさと行け」
タイトエンドはパスを受けるだけでなく、クォーターバックを守るためにブロックも行う
・・・・・そんなことを哲朗は思い出していた。
三浦海岸に飛び込んだ男の身元はとうとう判明しなかった。
男は自殺する直前頭から灯油をかぶり火をつけていた。 顔の判別が困難になっていた。
転落した車が戸倉が乗っていたものであること、焼け残った手の指紋が佐伯香里や
神崎ミツルのマンションでも発見されたこと、手や指のサイズが戸倉の首を絞めたものと一致したことなどから戸倉殺しの犯人であろうと推測された。
―――そしてまた11月がやってきた。
乾杯のあと、安西がぼやきだした。
「今年は早田も来ないのか。年々参加者が減っていくとは寂しいねぇ」
あ、そうだいいものを見せてやるよ。と言うと彼はポケットから絵葉書を取り出した。 「誰からだ」
「中尾からだよ。世界中を旅して回ってるってさ。やつも物好きだねぇ」
「見せてくれ」 哲朗は手を伸ばした。
「だけど中尾のやつ字がうまくなったな。昔は読めたもんじゃなかったのに」
「それは日浦が書いたんだ」 「日浦?どうして?」
安西は日浦と中尾が一緒に旅をしている、と説明した。
「中尾のやつも日浦も離婚したらしいしな」
「十数年越しの片想いが実ったんなら幸せなことだ。 今じゃ一心同体って感じらしい。
奴が幸せになってくれたなら、俺たちのボール遊びにも意味があったってことになる」
今まで黙っていた須貝が哲朗のほうをむくと、
「そういえば西脇も手紙を持ってきたとか言ってたな」
「こっちも外国だ。アフリカのサバンナからだ、あいつの仕事も大変だよ」
「サバンナ?誰からだい」 安西が訊いた。
「理沙子、いや・・・・・高倉からだ」
皆がそれを眺めるのを見ながら、彼女を送った時のことを思い出していた。
「じゃ、タッチダウンを奪ってくるから」
「がんばれよ」
「うん、がんばる。任せてよ」 そして続けた。 「QB」
こちらの作品、読み始めは始まって数ページで登場人物がたくさん登場するので、
名前を覚えるのが大変でした。 でも途中からはスラスラと読めます。
あと、アメフト用語が出てくるので知識のない私は全くわからなかったのですが、
アメフト知らなくても読めます(笑) もちろん知ってるほうがより楽しめると思いますが。
長編小説なのに、途中だれてきたり、長いな~と思ったりすることは一度もありませんでした。
そこはさすが東野圭吾さんですね。
常に緊張感のある展開で飽きさせません。 特に最終章の息もつかせぬ展開。
登場人物が魅力的なことも、この小説が気に入った理由のひとつです。
私は美月のファンになってしまいました(笑)
だから中盤、出番がないのでちょっと寂しかったです。
しかし哲朗って行動派ですよね~。 どれだけ人に会いに行ってます?
個人的に思ったのが、美月が理沙子のことを好きだと言い、早田も想いを寄せていた。
これがちょっと疑問。 本を読んでるとそこまで魅力的な女性に見えないんですよね。
ヒステリックで少々思いやりにかけてますし。学生時代は違ったのかな?
この作品のテーマの一つに「戸籍交換」ってのがありますが、
私も中尾君が言っているように、それが本人達にとって本当に良いことなのかわかりません。
いつかはバレる気がしますし。
最後も一応は、ハッピーエンドのような形で終わっていますが、
身元不明死体が中尾君だとはわからなかったけど、
彼の両親は、旅にでると息子は言ったものの、いつかはいなくなったことに気づくんじゃないでしょうか。
その時、どうするんだろう・・・と思ってしまいます。
ちょっとせつない物語の終わりかたでしたね。
あ、そうそう・・・嵯峨さん。 劇団金童の角刈りの太ったおじさんね。
あの人、女の人です(笑)
文字数の関係で省略しちゃいましたが。
東野圭吾さんの作品としては、私は「秘密」がお気に入りです(^.^)
何度も映像化されてると思います。
また、他の作品も読んでみたいと思います♪
思いの外長くなってしまいましたが、
それはこの「片想い」、とても良い作品で是非とも読んでほしい気持ちからです。
スマホユーザーのかたはスクロールするのが大変ですみません
移動の合間やちょっとした待ち時間など、もし暇がありましたら読んでみてくださいね
私もおすすめの作品です。
では、最終章をどうぞ・・・・・
「片想い」 東野圭吾
■登場人物■
西脇哲朗/主人公。大学時代はアメフトのクォーターバックのエース。現・スポーツライター。
日浦美月/元女子マネ。10年ぶりの再会で男の心を持ち、人を殺したことを告白。
西脇理沙子/哲朗の嫁。元女子マネ。職業はカメラマン。旧姓・高倉
中尾功輔/アメフト仲間で美月の大学時代の彼氏。以前に比べてひどく痩せている。高城律子とは離婚し、現在行方不明。
早田/同じくアメフト仲間。今は新聞の社会部の記事を書く記者。恐ろしく勘が鋭い。
須貝/アメフト仲間。いい奴なのだが、少々天然なところがある友達。
戸倉明雄/美月に殺されたというストーカー男。
戸倉佳枝/死んだ明雄の母。 明雄と同じ家に住んでいた。
戸倉泰子/死んだ明雄の嫁。 今は息子と別のアパートに住む。
佐伯香里/『猫目』のホステス。死んだ戸倉につきまとわれていた。本当は立石卓という男である。
立石卓/佐伯香里と戸籍交換をした。もとは女。
嵯峨正道/劇団金童の主宰者
高城律子/中尾の嫁。上流階級の家の娘である。
第9章
約束の時間を過ぎても現れない・・・
哲朗は改札口を見通せる柱の陰に立ち、佐伯香里を待った。
もう一度時計を見ようとすると、背後に気配を感じた。
帽子を深くかぶった女が立っていた。 パンツルックで大きなコートを着ている。
帽子を持ち上げ、現れた顔を見て驚いた。
「そんなに驚くなよ、QB」 「日浦、おまえどうして・・・・」
「説明する必要なんてあるのかな。呼び出したのはそっちだろ。オレとしてはあの観覧車での話を最後にしたかったのに」
「どうしてお前が来たんだ。香里は?」
「彼女は来ない。それともオレがきたんじゃまずかったかな」
「いや、そんなことはないけど」
香里から連絡を受けた美月は立石卓が盲腸なんて絶対におかしいと思った。
これはQBの作戦だ、と思ったのだ。
タクシーに乗り、池袋へと向かった。
とある雑居ビルに行った。
入っている店や企業は営業しておらず、廃ビルと化している。
階段を上がっていくと、2階で立ち止まり鍵を開け、中に入った。
部屋にはほとんど何もなかった。
「この部屋は一体なんだ」
「功輔が貸してくれたんだ。彼のお父さんがこのビルの持ち主らしい。今は彼が管理を任されてるんだってさ」
「とにかく中尾に連絡してくれ。大至急会いたいと俺が言ってるって」
「それができればとっくにしてるよ。オレもどこにいるかわからないんだ」
「QB、あいつは死ぬ気だよ」
哲朗は身体を硬直させた。 「どういう意味だ」
「自分の命を捨てようとしている。本気だ。それが最善の策だと思っているからさ。」
「とにかく全部話せ」
「戸倉を殺したのがおまえだというのは事実じゃないんだろ」
「戸倉のストーカーぶりは徹底していた。彼女のことはもちろん彼女の周辺の人物も調べた。
『猫目』のバーテンがウィークリーマンションに住んでること、その正体が女だということを嗅ぎつけた。 多分香里さんが男だということも知ったんじゃないかな」
「それをネタにゆすってきたのか」
「そういうことをするのは正常な人間だよ。 戸倉は異常者だった。
異常者はとびきりの秘密を嗅ぎつけた時でも常人には理解できない行動を起こす」
「何をしたんだ」
美月はソファに腰を下ろすと、頭を両手で抱えた。
「あの夜、香里さんを自宅まで送るとマンションの外で功輔と待ち合わせをしていた。
その前にオレのそばに一台の白いワンボックスバンが止まった。
門松鉄工所の車だった。 気付いた時には遅くてオレは車の中に引っ張りこまれていた。
意外とやつは力が強かった・・・いや、オレの力が弱かったんだな。所詮女の力だ」
「戸倉はおまえのことを・・・・」
「奴にとってオレは邪魔者だった。しかも調べてみたら女だっていうじゃないか。
奴は恨みを晴らす手段としてオレに最大の屈辱を与えることを考えついた。
それは女扱いするってことだよ。 究極の方法で」
レイプということらしい。
服を脱がされかけている時突然がーんという衝撃があった。
中尾だった。戸倉の車に体当たりしたらしい。
そしてバンのドアを開けるなり、戸倉の首を絞めた。
「顔が鬼みたいに歪んでた。あんな顔を見たのは初めてだ。オレのために怒ってくれたんだ」
そして戸倉は死んだ。
美月がボルボを運転してマンションに帰るように言うと、中尾は戸倉のバンを人目につかない場所に隠した。
そして中尾に自首させるわけにはいかないから美月は自首しようとした。
「中尾がうちにやってきたとき、やつは何て言ったんだ?」
「あの時功輔は誰も捕まらなくて済む方法を考えたから自首はしなくていいと言ったんだ。
詳しくは教えてくれなかったけど・・・・」
戸倉の身の回りを捜されたらアウトじゃないかというと、大丈夫だと中尾は言った。
それは戸倉佳枝たちが取引を持ちかけていたからだ。
「最後に中尾と連絡をとったのはいつだ」 「昨日だよ。もうすぐ何もかも終わるからって」
「どういう意味だ」 「だからさっき言ったじゃないか・・・・死ぬ気だって」
「功輔のやつ病気じゃないかな。それもかなり重い病気」
「ひどく痩せてたから体調が悪いのかとは思った。 でもそれは色々苦労があるからだと解釈してた」
「嵯峨さんから聞いたんだけど何年か前にも重い病気にかかって入院してたって。癌じゃないかって言ってた」
だとすると、中尾が死期を悟ってるのだとしたら自殺という道を選ぶおそれは大いにあった。
「日浦、一緒に来てくれるか。 あいつに本当のことをしゃべらせるにはお前がいたほうがいい」
下北沢から5分の距離にある喫茶店。
約束の時間から5分過ぎ、理沙子が入ってきて大股で近づいてきた。
しかし哲朗の横に居る人物の存在に気づいて足を止めた。
「美月・・・・どこにいたの」
美月は理沙子に今まで迷惑と心配をかけたことを謝った。
そしてこれまでの早田との話を哲朗は理沙子に告げた。
「理沙子、教えて欲しいことがある。家を出ていく前日、来客があっただろ。
ロイヤルコペンハーゲンのカップが出てた。」
「友達が遊びにきただけよ」
「もし誰か言い当てたら何もかもしゃべってくれるか」
「考えてもいい」
「考えてる余裕なんてないだろ、中尾を見殺しにするつもりか」 理沙子の表情が変わった。
「客は高城律子だったんだろ」
「君はあのカップをもらったときこう言ったんだ。よほどの上流階級の客が来た時しか使わないってね
それに当たるのは高城律子しかいない」
「律子さんはあなたを訪ねてきたの。でも黙っていたのはそれを聞いても彼女の希望通りにはならないだろうから」
「彼女の希望って?」
「中尾君を探すのをやめてほしいってこと。 中尾君は癌よ。膵臓癌。本人も知ってる。」
哲朗と美月は顔を見合わせた。 美月は悲しげに頷いた。
「助からないのか」 「そうらしいわ」
「そうか」 哲朗は大きく深呼吸した。 胸の奥からこみあげてくるものを抑えるために。
「律子さんは最期まで看取るつもりだったらしい。 でも中尾君から人を殺したことを聞かされた」
子供が殺人犯の子になってしまう。 だから離婚した。 しかし離婚しても殺人犯の子と知るのでは・・・
そう言うと律子の話ではそのへんのことも自分がうまくやると言っていたらしい。
「中尾は、中尾功輔を死なせる気はないんだよ」
「身元不明死体ってやつになるつもりなのか」 美月が訊いた。 声が震えていた。
「功輔を探そうよ」 「ああ、死ぬとわかってる友達をほうっておくことなんかできない」
「それに中尾は自分が死んでも身元は判明しないと踏んでるが実際にはそうじゃない」
「早田君のことね」
早田が掴んだ戸倉佳枝たちの企みを警察に暴露すれば、神崎ミツルの連絡先がバレる。
佳枝たちが知る、神崎ミツルの連絡先は実質、中尾の電話番号だった。
「中尾はどうやって戸倉殺しの犯人だって警察にわからせるのかな・・・遺書?」
「いや・・・・戸倉が乗っていた門松鉄工所のバンだ!」
一体どこに隠したんだ・・・・
「もしかしたら、一つだけある。中尾が自由に使えるシャッター付きの車庫が。高城家の別荘だ、三浦海岸だと言ってた。」
この日はとりあえず、解散した。
哲朗は自分のマンションに、理沙子と美月は理沙子が厄介になっている友達の家に行くことになった。
哲朗はタクシーに乗ると、須貝に電話をかけた。
須貝は確かうちの火災保険の手続きをしてくれた。それと同じで中尾の別荘の保険も手がけたんじゃないかと思った。
聞くと、予想通り中尾の別荘・・・いや、高城家の別荘は須貝が担当していた。
「別荘の住所を教えてくれ。説明は後でする。 大至急その別荘の場所を知りたいんだ」
「そう言われても今すぐには教えられないよ。 会社に行けば調べられるけど」
「すまないが急ぐんだ」
「わかった明日の朝一番に調べたら、すぐ連絡するよ」
「すまん、恩に着る」
寝床についても悶々として眠れず苦しんでいたが、それでも少しは眠ったのだろう・・・・
朝日が昇っていて、遠くで電話の音が鳴るのが聞こえた。
「あたしよ、理沙子」 ただならぬ緊張感が感じ取れた。
「どうかしたのか」
「ごめんなさい。逃げられちゃった」
美月がいなくなった。
理沙子が少しうつらうつらした隙に出ていったそうだ。
「三浦海岸へ行くつもりだ。 彼女は知っていたんだ、その場所を」
哲朗と理沙子は車を飛ばすと須貝の会社へ行った。
会社から出てくる須貝は別荘の住所を教えてくれた。
「なあ西脇、中尾になにかあったのか」 「すまん。いつか、全部話すよ」
じゃあ急ぐから、と車のドアを開けると、須貝がドアに手をかけてきた。
「中尾にあったら、また串カツで一杯やろうって伝えてくれ」
哲朗は彼を見上げた。 これまでに見たことがないような真摯な目をしていた。
車の中で二人は話した
「昨日美月と色んな話をしてたんだけどね、中尾君とのことも色々話してくれた。恋人同士だった時のことも。 あの子はやっぱり女じゃないかと思った。 中尾くんのことを話す表情は男のものではなかった」
「もしそうなら日浦が嘘をついてることになるぜ」 そんなはずない、と思った。
別荘に到着するとチャイムを押したが何の気配もない。
ガレージがあった。 シャッターの下にわずかな隙間があって、哲朗は這いつくばり覗くと車はなかった。
どこかに移動したようだ。
そのときだ。 早田から電話があった。
「いろいろあったけど仁義は守っておこうと思う。だから情報を提供することにした。
犯人は間もなく逮捕されるぞ。門松鉄工所のバンが見つかったそうだ。 犯人は・・・もちろん中尾だ」
哲朗は言った。
「あいつは死ぬ気だ。しかも末期の膵臓癌だ。 自分が死ぬことが一番いいと思ってる。
でも俺はそんなことさせたくない。 お前だって・・・それとも仕事のためには知らんぷりも平気か」
早田からの返答が途切れた。
「間に合うかわからんが、三海屋という店を探せ。その近くにバンは止めてあるそうだ」
車を走らせると、「あった、あれよ」 三海屋という看板が出ていた。
哲朗は車を降りた。三海屋の駐車場には例の白いバンがあった。
さりげなくバンを観察しつつ、海を眺めるふりをした。
車に戻ってどうするか話していると、哲朗の携帯電話が鳴った。
「そこにいるのは危険だ」 その声を聞き、哲朗は鳥肌が立った。
「中尾、お前どこに?」
このバンの周辺は警察が見張っているとのことだった。 そして今、美月も一緒にいるという。
哲朗は中尾の言うままに道案内された。
行き止まりだったが、木で隠れている小さな石段があった。
理沙子は車に残して、哲朗は一人で石段を上った。
急な石段を上り詰めるとそこには懐かしい友の顔があった。
最後に会った時よりもさらに痩せたようで、頬はこけ、顎は三角定規のように尖っていた。
彼はわらいかけてきた。
美月は後ろの小さな祠で寝袋に入り目を閉じていた。
「美月から西脇の推理のことは聞いたよ。大したもんだ。戸籍交換のことを突き止めたのも見事だったけどな」
「見ろよ、西脇。かわいい顔をして眠ってる。三十過ぎにはとても見えないよな。どう見ても女だと思わないか」
「何が言いたいんだ」
「知ってると思うけど俺の母親は男だった、見かけは女だったけど」
「美月がふつうの女じゃないことはわかってた。 だからこそ惚れたんだ」
「だからこそ?」 「そう」
「母親の面影を追ったってことになるかな。 彼女には同じ雰囲気が備わっていた」
「美月は男であり、同時に女でもあるんだ」
「それはわかってるけど」 中尾は首を振った。
「あいつの心は男でもあるし女でもあるんだ。 男を黒い石、女を白い石としたら美月はグレーの石。
その日の体調や周りの環境で変わるものなんだよ、人間の脳というのは」
「美月がここに来るなり俺に言ったよ。 功輔を一人では死なせないってな」
「一緒に死ぬって言ったのか」
「まあな、でもそんなことさせられないしおとなしく帰るわけもない。睡眠薬入りのコーヒーを飲んで今は眠ってる」
この場所は美月と中尾が昔デートした場所なんだと言う。 その時も美月は女だった。
「中尾、自首してくれ」
「おまえは死なせない。今ここでだけじゃなく病院でも死なせない。自首した後はしっかり検査するんだ」
「自首はするが美月まで巻き込みたくない。逃がしてやってくれ」
中尾と哲朗は眠っている美月を理沙子の乗っている車まで運んだ。
理沙子は涙ながらに中尾の身体を気づかった。
「じゃあ、10分経ったら今来た道を戻ってくれ。それまでは絶対に動くな、わかったな」
中尾は真剣な顔で言うと歩き出したが、立ち止まり戻ってきた。
「美月になにか思い出の品を残してやりたいけど何もない。これを着せてやろう。寒そうだったしな」
そういって黒いコートを脱いで眠っている美月の身体にかけた。
じっと彼女の顔を見つめた後、自分の顔を近づけていった。
二人の唇が触れ合うのが哲朗はガラス越しに見えた。
「おまえたちに会えて良かった。来てくれたことに礼を言うよ」
「これからだって会いにいく」
中尾はそのまま振り返ることなく歩き出した。
「10分って言ってたな」 「うん、それまではじっとしてろって」
しばらくして突然、怒声が聞こえた。 一人じゃない、何人かが叫んでいる。
「理沙子、車を出せ」
「でもまだ10分も経ってない」
「いいから出すんだ」
けたたましく数台のパトカーのサイレンが鳴り響いている。
「理沙子、止めてくれ」
哲朗は車を下りると、先ほどの石段を駆け上り、祠のところまで上がってきた。
かすかに轟音のようなものが聞こえたとき、彼は海岸のほうに目をむけた。
岬のところにパトカーが集まっていた。
凝視していると、その下の岩場に白く四角いものが横たわっていた。煙が上がっている。
哲朗はその場に座り込み、両手で頭を抱え、目を閉じた。
下から誰か上がってくる音が聞こえると、美月だった。
「彼が目的を達したみたいだね」 「俺には奴を止められなかった」
彼女の目から涙が一滴こぼれた。
車にもどると理沙子も何が起きたのかわかっているようだった。 彼女の目は真っ赤だった。
車を発進し、三海屋の前を通りかかったときだった。
刑事と思われる男に前を塞ぐように止められた。
「2,3お尋ねしたいことがありまして。つい先程まですぐそこの駐車場にとめておられましたよね」
「それが何か」
「じつは事件がありまして。 こちらにはご旅行かなにかで?」
「まあそんなところです」
「何のためにあの場所に車を止めておられたのですか」
「ただの休憩です」
「一応みなさんの身分をお尋ねしてもよろしいですか」
哲朗は焦った。美月のことをどう説明するか。 本当の名前などもちろん言えない。
その時だった。小走りにこちらにやってくる人物が・・・・「おおい、何してるんだ」
「早田・・・・」
「なんだ、あんたの知り合いか」 刑事は言った。
「こいつはフリーライターの西脇という男で今度の事件の取材で、ちょっと手伝ってもらってるんです
名刺をお見せしろよ」
哲朗は名刺を差し出した。
「そっちの彼女はカメラマンです」 理沙子がタイミングよく名刺を差し出した。
「後ろの人は?」
「彼は僕の友人で中尾功輔といいます。このあたりの地理に詳しいので付き合ってもらいました」
「名刺かなにか見せてもらえますか」
「今日は持ってないんじゃないか」哲朗が言うと、
「いえ、ありますよ」いつもより太めの声で美月が言った。
中尾が先程まで着ていたコートから財布を出すと名刺を出した。
「ここには高城さんとなってますね」
「こいつ、最近離婚したんです。前は婿養子でね。問合わせてもらえればわかります」
刑事は立ち去った。 早田だけが残った。
「早田・・・・」 「さっさと行け」
タイトエンドはパスを受けるだけでなく、クォーターバックを守るためにブロックも行う
・・・・・そんなことを哲朗は思い出していた。
三浦海岸に飛び込んだ男の身元はとうとう判明しなかった。
男は自殺する直前頭から灯油をかぶり火をつけていた。 顔の判別が困難になっていた。
転落した車が戸倉が乗っていたものであること、焼け残った手の指紋が佐伯香里や
神崎ミツルのマンションでも発見されたこと、手や指のサイズが戸倉の首を絞めたものと一致したことなどから戸倉殺しの犯人であろうと推測された。
―――そしてまた11月がやってきた。
乾杯のあと、安西がぼやきだした。
「今年は早田も来ないのか。年々参加者が減っていくとは寂しいねぇ」
あ、そうだいいものを見せてやるよ。と言うと彼はポケットから絵葉書を取り出した。 「誰からだ」
「中尾からだよ。世界中を旅して回ってるってさ。やつも物好きだねぇ」
「見せてくれ」 哲朗は手を伸ばした。
「だけど中尾のやつ字がうまくなったな。昔は読めたもんじゃなかったのに」
「それは日浦が書いたんだ」 「日浦?どうして?」
安西は日浦と中尾が一緒に旅をしている、と説明した。
「中尾のやつも日浦も離婚したらしいしな」
「十数年越しの片想いが実ったんなら幸せなことだ。 今じゃ一心同体って感じらしい。
奴が幸せになってくれたなら、俺たちのボール遊びにも意味があったってことになる」
今まで黙っていた須貝が哲朗のほうをむくと、
「そういえば西脇も手紙を持ってきたとか言ってたな」
「こっちも外国だ。アフリカのサバンナからだ、あいつの仕事も大変だよ」
「サバンナ?誰からだい」 安西が訊いた。
「理沙子、いや・・・・・高倉からだ」
皆がそれを眺めるのを見ながら、彼女を送った時のことを思い出していた。
「じゃ、タッチダウンを奪ってくるから」
「がんばれよ」
「うん、がんばる。任せてよ」 そして続けた。 「QB」
こちらの作品、読み始めは始まって数ページで登場人物がたくさん登場するので、
名前を覚えるのが大変でした。 でも途中からはスラスラと読めます。
あと、アメフト用語が出てくるので知識のない私は全くわからなかったのですが、
アメフト知らなくても読めます(笑) もちろん知ってるほうがより楽しめると思いますが。
長編小説なのに、途中だれてきたり、長いな~と思ったりすることは一度もありませんでした。
そこはさすが東野圭吾さんですね。
常に緊張感のある展開で飽きさせません。 特に最終章の息もつかせぬ展開。
登場人物が魅力的なことも、この小説が気に入った理由のひとつです。
私は美月のファンになってしまいました(笑)
だから中盤、出番がないのでちょっと寂しかったです。
しかし哲朗って行動派ですよね~。 どれだけ人に会いに行ってます?
個人的に思ったのが、美月が理沙子のことを好きだと言い、早田も想いを寄せていた。
これがちょっと疑問。 本を読んでるとそこまで魅力的な女性に見えないんですよね。
ヒステリックで少々思いやりにかけてますし。学生時代は違ったのかな?
この作品のテーマの一つに「戸籍交換」ってのがありますが、
私も中尾君が言っているように、それが本人達にとって本当に良いことなのかわかりません。
いつかはバレる気がしますし。
最後も一応は、ハッピーエンドのような形で終わっていますが、
身元不明死体が中尾君だとはわからなかったけど、
彼の両親は、旅にでると息子は言ったものの、いつかはいなくなったことに気づくんじゃないでしょうか。
その時、どうするんだろう・・・と思ってしまいます。
ちょっとせつない物語の終わりかたでしたね。
あ、そうそう・・・嵯峨さん。 劇団金童の角刈りの太ったおじさんね。
あの人、女の人です(笑)
文字数の関係で省略しちゃいましたが。
東野圭吾さんの作品としては、私は「秘密」がお気に入りです(^.^)
何度も映像化されてると思います。
また、他の作品も読んでみたいと思います♪