西加奈子さんの「地下の鳩」の他にこんな本も借りてきてましたかお


ベタに「人間失格」とかひらめき電球  やっぱり1回は読んどかないと、ですよね。


では、前回の続き。 本日はサイドストーリーである「タイムカプセル」です。


「地下の鳩」 西加奈子



■タイムカプセル(ミミィ編)


ミミィは171cmの身長に85キロの体重。 歳は44歳だ。 
十数年前に性転換手術を受け、胸にこそメスが入っていないが、顔は目も鼻も唇も昔とは変わった。

決して美しくはなかったが、その話術から今までのどの店でも人気があった。
相手を見て何を望んでいるのか、何を言って欲しいかを読み、客の心を開くのが上手かった。

ミミィは「トークバー あだん」というオカマバーのママをしている。
狭い店には4人のオカマのホステスが働いていた。


ユリアは最近入店した新入り。 手術も注射も何もしていないのに女っぽい容姿、
しかし話は下手だった。 少々天然である。

ことりは見た目は一番男っぽかったが、気が利き、礼儀もきっちりとしていることりを
ミミィは一番評価していた。

いっきゅうは濃い化粧に坊主頭というインパクトがある容姿でこの店の3枚目なキャラクターであった。

琴乃はミミィとは歳が近く一番気を許していた。 おっとり系だ。



店の開店時間になると2時間ほど、ミミィ自ら外に立ち客引きする。
不景気で常連客だけではやっていけなくなったからだ。
街に立つミミィはとにかく目立った。 この界隈で有名人になっていた。


最近、吉田という男がよく話しかけてくる。 暗い目をした男だ。
話をしてみると意外と人懐こいのだが、話をしてやっているというような上から目線。
若い頃、いきがっていたタイプだ。 このタイプは驚いて昔話を聞いてあげると喜ぶ。
ミミィはつい初対面の人間を仕事目線で見てしまう癖がついていた。



ミミィは奄美の島育ちである。
太っていて、どこか女っぽいミミィは子供の頃、同級生から苛められた。

苛めは過酷なものだった。 殴る蹴るは当たり前。
便器に顔を突っ込まれたり、個室に閉じ込められ上から小便をかけられたりした。

彼のことを率先して苛めた望月という生徒がいた。
望月のことを殺したいほど憎いのに・・・・・しかし、彼を性的対象で見てしまう。
彼の幼い性器を見て興奮している自分にとまどった。
その時、自分は男が好きなのだと確信した。

そんなある日、ミミィが書いた作文がクラスメイトたちにウケ、その日から苛められなくなった。 
というか、身体的暴力を受けなくなった。
ミミィは苛められないように必死におどけてみせ、彼らを笑わせた。

生きていくために、どうやって笑わせられるか、相手を喜ばせるかを考えた。
その考えが今につながっているのである。


ミミィには姉と兄が二人いた。
兄は二人共気性が荒く、よく姉とミミィを殴った。 特にミミィはよく殴られた。
姉は亡くなった。 自殺だった。
兄は自分が殴ったことを忘れたように、大声で泣いた。
ミミィは故郷を離れ、二度とここには帰らないと誓った。


ミミィの携帯に店のホステスからメールがきた。
店に行くと、カウンターにはことりの客、常連の菱野がきていた。

「いや、菱野やん!また来たんかいな」
菱野のようなタイプはこうやって身内扱いしてやると喜ぶ。


ボックス席には新規の客で、3人組の女に、男女混じった4人の客が居た。

気の強そうな3人組の女たちは一人の女の誕生日祝いに来店した。
いっきゅうが席に座り、ミミィもつくと下ネタ混じりのトークで存分に盛り上がった。

キリのいいところで、4人客のほうについた。
男2人に女性2人だ。
男は二人共30代半ばで一人は仕事が出来そうな男前。
もう一人は下唇の出た少々ぼんやりとした男だった。
天然のユリアにおっとりした琴乃がついたこの席がだれてきてるのを見計らうと、
ミミィが席に着き、「あんたら、どっちの男が好みなん?」などと茶化し、場を盛り上げた。



数日後・・・・再び来店したのは4人組の中の男前なほうの男だった。


意外だった。 また来るとしたら3人組の女の客のほうかと予想していたからだ。

今度はこの間とは違う男を伴っていた。 
似たような雰囲気の仕事が出来そうな男だった。

この間の男前は菊池と言った。 もうひとりは立埜という男だった。

「野原の野やなくて、難しい方の字なんです。」
「こんな字、他どこに使うん?」
「ほんまやわぁ、難しい!」

「ふたりはどういう関係なん?」
「あ、大学の同級で。」

ボックス席で男前2人を囲み、盛り上がっていると・・・・
カウンターでことりがグラスを倒した音で、やっとミミィは常連客の菱野がいないのに気付いた。
珍しく、調子が悪いと言って帰っていた。
その日は次々と客が来店し、久しぶりに満席になった。
ミミィも琴乃も気合をいれ、盛り上げた。



その日から、菱野がぱったりと来なくなった。



あれだけ毎日顔を出していたのに、調子が悪いと言っていたしさすがに心配になってきた。
連絡先はことりしか知らない。

「ことりちゃん、菱野から連絡あった?」
「忙しいみたいです。」
「連絡はあるんや。」
「はい。」

ことりは普段からミミィに多くを語らなかった。
しかし仕事は丁寧できちんとするし礼儀正しい。
無難に周りのみんなとも仲良くやっているが、特別誰かと親しいわけではない。
ミミィはことりと出逢って結構経つのに、距離が縮まらないと感じる時があった。


一方、菊池と立埜は店が気に入ったのが、たびたびやってきては毎回違う女を連れてきた。 
二人共左手の薬指に指輪をしているが、女たちをそれぞれどこかに連れ込んでいるようだった。

金払いのいい二人に結局、ミミィ達は二人の悪巧みを助長するようなことをしてしまうのだった。
女たちに飲ませ、男女の仲が盛り上がるようなネタで良い雰囲気にする。

ミミィはそろそろ常連客の相手をしようとカウンターで氷を割っていることりに話しかけると
体調が悪そうなことりの顔は薄暗い店内でもわかるくらい、青ざめていた。
この日はことりを先に帰らせた。



ミミィはその晩夢を見た。小学校の卒業式、卒業生の言葉はミミィが読んだ。
未来への自分に書いた手紙は式のあと、タイムカプセルに入れて埋めることになっていた。
この頃にになると、学級の人気者になってきた。
道化に徹し、女らしさは捨て、わざと男らしく振舞ったからだ。

現実では未来への自分の手紙を読んだはずだが、夢の中では真っ白だった。
冷や汗をかいてガタガタと震えた。 そしてこう言っていた
「将来は立派な会社に勤めて幸せな結婚をして、子供を産みたい。」
その瞬間、ミミィは海の中にいた。
苦しくて顔を上げると望月が顔を押さえ、学校中の人間が頭をおさえた。暴言を吐きながら。

下半身の濡れた感覚で目が覚めると、ミミィは小便を漏らしていた。

あれから何年も経っているのに・・・もう昔の自分とは違うのに・・・
店もうまくいってるし、貯金もある。

でもいまだに心のどこかで怖いのだ。




ことりが無断で店を休んだ。



今まで一度もそんなことはなかった。
思えば菱野が店に来なくなってから、ことりはおかしくなったように思う。

ことりにメールするものの、返信はなかった。

店が休みの日に思い切ってミミィはことりの自宅を訪ねてみることにした。
オートロックの綺麗なマンションである。
インターホンを押すと、あっさりと出た。
この日、ミミィは男の格好をしていた。 この格好は店の誰にも見せたことはなかった。
少々驚いたことりがエントランスまで降りてくると、

「すいません、ママ」 深々と頭を下げた。

二人は場所を変えて、近くの公園で話をすることにした。


「ことりちゃん、なんで店来へんの? やめたいん?」

「いえ、違います。ママにはお世話になってますし、姉さんたちもええ方ばっかりですし。」

「ほんだら、なんで?」

「・・・・・・・・」



「立埜さんって、まだ来てはりますか?」

全く予想だにしない名前が出たので驚いた。 ことりはあの客の担当にしたことはない。
ことりは彼の知り合いだったのか、と聞いても違うようだ。



ことりは言いにくそうに話しだした。

「菱野さん、あの日帰りはったでしょう急に」

菱野の名前が出たことにもびっくりした。
そういえば菱野が来なくなったのは菊池が立埜を初めて店に連れてきた日からだ。



「実は菱野さん、小学校と中学校の時、立埜さんと一緒やったらしいんです。」

「それで立埜さんが店に入って来はった瞬間、様子おかしなってママたちと
珍しい字や言うて話してるの聞いて確信したらしいんです。  それで、逃げるように帰って・・・。
それから急に店には行かん言いだしたんです。」

「それはメールかなにかで?」

「いえ・・・・・・・。あの、ママ、私と菱野さん、一緒に住んでるんです。」

は、と思わず声に出た。 持っていた缶コーヒーを落としそうになった。

「すみません。」

「いや、何も謝ることなんて、何もないわよ。 うん、ちょっと、驚いたけども」

話を聞くと、菱野は調子悪くて会社も休んでいるのだそうだ。

「そうなんや、なんで。」

「苛められてたらしいんです。」


小学校5年生から中学校3年生まで、5年間菱野は立埜にいじめられていた。
その時のことを思い出したようで話すときも震えるくらい、相当ひどい苛めだったようだ。
そして今も苛められてるかのごとく、おびえて毎日を過ごしているというのだ。

まだ会社勤めをしていた頃、自分の女の部分を同じ会社の人たちにさとられた時、
耳鳴りがしたり急に胃が痙攣したり・・・そんな経験のある、ことりもまた立埜を見ていると、
笑っていても目の奥は笑っていないんではないかと思い、怖くて怖くて仕方なくなったのだった。


ミミィは家に帰り、今まで自分の知っている菱野を思い出していた。
身内扱いされて喜ぶ菱野。 他の客に酒をふるまう菱野。
どうしても大昔に苛められて、怯える菱野は思い浮かばなかった。
わかりやすい男だと思っていたけど、自分は菱野の何を知ってたというのだろう・・・・。
化粧をすると数時間鏡の前で自分の姿を見続けた。



本格的な夏がやってきた。


そして事件は起きた。 この日菊池と立埜は素人臭いホステス達と一緒にやってきた。
ことりの話を聞いて以来、ミミィは菊池と立埜の席にはつかないようにしていた。
ことりは立埜が来る限り店には行けない。と言った。 この子を失うのは惜しい。 
しかし菊池と立埜はあまりにも金払いがよく、自己嫌悪に陥りながら、何も行動に起こせずにいた。

ミミィはカウンター客の隣に座り、背後にいる立埜たちの会話を聞いていた。


ちょうど話題が学生時代の水泳の時間の話になった時である・・・・


「俺んとこの学校にひとり異様に成長早い男がおって、元々体毛も濃い奴やってんけど、
下半身もすごくて、必死で隠して着替えるんやけど面白くて。皆でバスタオルはいだりしてたなぁ。」

「そんでプール。女子と一緒やからそいつの海パン脱がしたってん。
めっちゃおもしろかったで。 そいつ泣き出して、もらしやがってん」

「えー!ひどーい!」

「小便ちゃうで。」

「えええ!」

「そいつ絶対トラウマになってるよな。」

「はははは。」



気がつくとミミィは立埜の隣に立っていた。 拳を握り締めて。



「あんたら、いっつもこの店来て、女酔わせて、どこ連れて行ってんの。」


ただならぬ雰囲気に菊池達も店のホステスも唖然とした。


「なんで苛めとった人間が、家族作って、それでもあきたらんと女酔わせて遊んで、
金使って、堂々と生きてるん。」


「どうしたん、ママ?」 心配する店のホステスたちを前に

「もう来てもろたらかなん、出て行け。」  ミミィは3回 ”出て行け” と言った。


立埜は煙草にゆっくりと火をつけて一息吸うと、「汚いオカマが調子乗んなよ。」と言い、ぷっと笑った。


その立埜の顔をミミィは思いっきり殴った。


ミミィはカウンターから包丁を取り出すと、
店の外に出た立埜を追いかけて衝動のままに包丁を振り下ろした。
立埜の白いシャツはみるみると赤く染まった。

「望月ぃ!!」 暴れ、叫んだミミィは気づくと涙が出て、小便を漏らしていた。

「ミミィさん!俺や!」 誰かの声が聞こえて振り上げた拳が何かに当たった。
ミミィはパトカーの中でもひたすら泣き続けた。




空港から5時間ほどバスに乗り、船に乗り換えようやく着いた場所。
そこはミミィの生まれ育った奄美の島だった。
二度と帰らないと誓った場所だった。

店は営業停止になり勾留され、懲役も覚悟していたが何故か立埜はミミィを訴えなかった。 
おかげで数日勾留されるだけで出てきた。
他の従業員たちは生活のために他の店で働いているが、
皆口を揃えて営業再開したら戻ってくると言ってくれた。


「小さい時に傷ついた人って、一生傷つかなあかんのでしょうか。」

面会に来たことりのこの言葉でミミィは故郷に戻ろうと思った。


帽子を深くかぶって男の格好をして行った。
島に住んでいた頃は男だったんだから女の格好して行ったほうが変装になるか、
ということに気づくと、ミミィはフッと笑った。
フェリーに乗っていると時々チラチラと見てくる者がいたが関係ない。
島には「戻る」が大阪には「帰る」のである。

宿に泊まった。
後から気付いたが、この宿は子供の頃、自分を苛めていた泰原の家が経営している宿だった。



その日の夜、ミミィは決行する。



パーカーを首までしめて帽子をかぶりなおす。 そして足音のしないスニーカーに履き替え、
右のポケットにはアイスピックを潜ませた。


そこはミミィが6年間通った学校だった。


校庭や校舎を眺めていると、殴られ蹴られ、便器に顔を突っ込まれ
授業に遅れていけば先生に頬をぶたれた記憶がよみがえった。


卒業式のあの日・・・・ミミィは嘘をついた。
あの手紙はタイプカプセルに入れて、この校庭の花壇の脇にあるはずだ。
大きな拍手をもらったあの卒業式の手紙・・・・こんな毎日があと3年も続くというのに何が泣けるのか。 
その時ハッキリと絶望していた。

ザクザクザク・・・・・ミミィはアイスピックを土に突き立てた。
滝のような汗がでてくる。
アイスピックを手放すと、今度は自分の手で掘り始めた。


自分は将来の自分になんと「嘘」をついたのか。

ミミィは涙を流していた。

泣きながら自分の土で汚れた手を見てはっとする。
私は嘘つきではない。

あの頃の自分は死んでいたと思った、だが死んでいたのではない。
生きてはいなかったかもしれないが、死んではいなかった。
何故なら自分はここまで生きてきたのだ、 全力で、正直に嘘をつき、ここまで生き延びてきたのだ。


手をもう一度動かそうと思っても動かなかった。



ミミィは、いつまでも、いつまでも、自分の手を見続けた。





「タイムカプセル」ではオカマバーのママ、ミミィが主人公。

今は昔とは心も体も別人で、人気者のミミィ。
そんなミミィでさえ、子供の頃同級生から苛められた経験・・・
心の傷が消えることなく、現在も苦しめられている。
その消えぬ記憶が常連客の菱野と立埜の話と自分を重ねてしまいます。

作中で私が一番印象に残った言葉。 上の文章でも抽出しました、
「小さい時に傷ついた人って、一生傷つかなあかんのでしょうか。」

そう、苛められた人は一生苦しまないといけないかもしれない。
でもいじめたほうは”からかった”程度にしか思っていないのです。
いじめられた人は何十年経ってもそのことを忘れられないし、
何を言われたのか、相手はどんな子だったのか覚えているのに、皮肉なものですね。


吉田とみさをの「地下の鳩」を全部読んだ段階では、随分呆気なく終わったな、と思い
少々物足りなく感じたんですが、この「タイムカプセル」も読んで両方合わせると
深いなぁ~~・・・・と思える一冊でした。

なんと言いますか、即効性はないけど後からじわじわと味の出てくる作品でした。
私は特にミミィ編の「タイムカプセル」のほうが気に入りました。



西加奈子さんといえば私最近テレビに出てるのをよく見かけるんですが、まだお若いんですよね。 
30歳くらいかな? 帰国子女で日本では大阪に住んでいたそうです。 
だからこの物語の舞台も大阪ですが、自然に大阪の地名が出てくるんですね。
みさをがどこに住んでるか聞かれて「谷六よ。」と答えてますが、
これは大阪に住む人間じゃないとわからないんじゃないでしょうか。
ちなみに、谷六とは谷町六丁目のことです。

西加奈子さんの本は今、人気で図書館でも借りられてて一冊もないことが多いんですよ。
それでやっと見つけたのがこの「地下の鳩」だったんですね。
一番人気の本は市内の図書館合わせて130人ほどが予約してるそうです(^^;
図書館オープンの日に見たのでなんで借りとかなかったんだろう、と後悔・・・。
まぁ、地道に待とうと思います(笑)