チョコ好きだなー と思ったならば、
日本語では
「チョコが好き」と言う。
この言い回しを我々は、なんの疑いもなく使っている。
韓国語では?
「チョコを好き」と言う。
ちょっと違うね
なんでだろう。
韓国語を勉強しはじめて早4年ほどが経ち、大体のことはわかってきた。
日本語とすごく似ていて、特に単語なんかは、ほとんどが漢字語なので、初めて見た/聞いた言葉でも予想がつくことが多い。
しかし、言い回しが全然違うせいで、理解できないことがある。
文の定型が違うせいで、何を伝えたいのかわからない。といったところであろうか。
さっきのチョコの例とは少し違うけれど。
그럴 수 있지 なんかはよく使う。そう言う時もあるよ!って励ますようなニュアンス。
直訳したら「そうすることもできるよ」っていう意味になる。
許容の表現を励ましに使うのは、よくよく考えればすごくおもしろい!
それと、同じ状況でも、何を主体として見るかが全然違うような気がする。
例えば、「教室に入ったら『誰もいなかった』」と言うことを韓国語で言うとするならば、
나만 있었어 と言うことができるだろう。直訳したら「私だけいたんだよね」と言う意味になる。
韓国語を勉強しはじめた頃、このような表現に惑わされることが多かった。
しかし、内容を整理して状況を整理すれば、言いたいことは同じなのである。
こういうことを経験していくううちに、
初めて日本語を話した人と 初めて韓国語を話した人
というか
初めてこれらの表現を使った各国の人たちの
感性が少しずつ違ったからこういうことが起きるんだ。と不思議な気持ちになった。
時代が移り変わるにつれて、少しずつ変化してきた言葉や言い回しなんかも、たくさんあるだろうけど。
現代で使われている日本語の表現は、むかーしむかしの日本人に全部かかっていたんだなー なんて。
おもしろい。