こんばんは、美功です。

 

昨日の記事で書いた

 

 

「この世界は自分の心の状態を反映した世界」
 
であり、同じものを見ても、人それぞれに受け止め方が異なる」
 
この世は自分の心が映したもの、だったり
 
「何度、生を生きても、生命の本質をとらえない限り、あなたの心は暗闇のまま」
 
これは転生を繰り返すってことですかね?
 
 
以前、「この神社にいくといいですよ」と教えてくれた方は
 
私のことを「何度も生まれ変わっています」とおっしゃっていました。
 
「そうなんだ!へ~」と半信半疑です。
 
そういうこともあるかもね。という感じです。
 
 
信じることも、疑うことも。簡単です。
 
「生まれ変わる」ことが本当にできるのかどうか、確かめようがありませんからね。
 
それに、もし自分が「生まれ変わったことを」確かめられたとしても、それを誰かに信じてもらう、確認してもらうことは難しいでしょう。
 
ただ今までいろんな本を読んで、すごく面白いし、為になったと思える
 
佐藤愛子さんの「私の遺言」という本にも「生まれ変わり」に関することが書いてあったので、もしかしたらあるのかも?と思える次第です。

 

 

 

でも、この世に、今生きているのだから、転生したかどうかはあまり関係ないかなとも思えます。

 

よく言われる「この世に生まれ変わったのは、〇〇をするため」だったとしたら、その「〇〇」をせずに違う方向へいっていたら、残念ですけどね。

 

もっともったいないのは、転生を信じることで、今生を大事にしないことでしょうか。

 

転生するかどうか、したかどうかが問題なのではないでしょう。

 

でも、この世が空海さんの教えのとおり「三界の狂人」「四生の盲者」であるのなら、

 

そして「国之常立神のカードのように、何かの役を演じている状態なのだとしたら。

 

Wikipediaからお借りしました。

 

さらにタロットカードでいうと、ソードの9のように、夢を見ているのだとしたら。

 

夢をみているとしたら、思想家の荘子の「胡蝶の夢(こちょうのゆめ)」という考え方もあります。

 

過去の思想家、タロットでも、現実を生きるためにいろんな方が言葉をつくしているのですね。

 

ここまで言われているのだから、やはり夢から覚めて、自分の人生を歩むようにすることが求められているのでしょう。

 

今はラノベやアニメでも「転生モノ」が大流行りです。

 

転生して、人生やりなおしたい。

 

という思いが極まっているのでしょうか。

 

そう思っている時間ももしかしたら、夢を見ているのかもしれませんね。

 

なんだかけむに巻くような記事になってしまいました。

 

以前から、ずっと思っていたことの一端を書いてみました。

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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