現在の日本の自粛ムードは深刻である。まず、以下の記事を見てほしい。
http://news.livedoor.com/article/detail/5478006/
=========================
(記事抜粋)
自粛と言う言葉がまるで新興宗教の如く広まっている。モハメッドが広めた右手にコーラン左手に剣、宜しく、自粛を強要すると共にこれに従わない人間には不謹慎と言う言葉を、剣に代り浴びせかけるらしい。
昨 日偶然ではあるが、自粛教の布教現場に遭遇した。仕事の合間にタリーズでコーヒーを飲んでいたところ、中年女性二人が隣の席に座り話を始めた。断っておく が、私はこの二人に何の興味もなかったし、盗み聞きをした訳でもない。5メートル先でも聞こえる程の大音量で喋っておられただけの話である。取分け布教に 熱心な女性は。
話は普通に天気の話で始まり、遅ればせながら桜も満開で週末はお花見?みたいな全く普通の展開であった。
違ったのは自粛教の方の女性が激昂と迄は行かないものの興奮し、この非常時、要は東北の被災者がえらく難儀をされてるさ中に、花見等もってのほかとまくしたてた事である。
(中略)
こういう記事を投稿すると、決まってtwitter等に不謹慎であるとか攻撃に向かう若い人達、彼らは決まって偽名と趣味の悪いアイコンで身を隠す卑怯者であるが、と共通する所があると思う。
知的弱者であり、体系的に自分の意見を纏める事等出来ない彼らであっても、不謹慎だから自粛せよはある種短いフレーズのお経であるから言える。
そして、群れて数を頼み、広い視野、深い洞察力、考え切る力を持つ智者を攻撃したりする。
=========================
上記のような状況が日本中に広まってしまっている。
しかし、間違いなく、むやみな自粛は経済的にも、倫理的にもいらない。
そもそも、被災者の気持ちを当事者でもない人が完全に理解するのは不可能である。
ホームレスの人の気持ちが理解できるか。途上国の人の気持ちが理解できるか。今一度、考えてみてほしい。
私も、石巻へのボランティアに参加させてもらったが、被災者の気持ちは完全に理解することができなかった。
しかし、自分が今置かれている環境がいかに恵まれているかってことを実感することができた。
寄付のプラットフォームとなってるcharityplatformのある方曰く、「NGOなど最前線の団体からは、シリアスに物品や義援金の呼びかけを行うことは、仕方がないこと。私たち中立の団体が、‘楽しみ’に変換していきたい」
ものすごく共感できる。
寄付、ボランティアは楽しんでいい!(もちろん被災者の前での気づかいは忘れてはならない)
いつになってもマンパワーは必要であるし、どうせお節介なんだから、楽しんで、ボランティアしに行く人が増えたらいい。
継続的に続けるため、ボランティアに行った人は、みんなに勧めてほしい。
卒業式はやってもいい。花見したければ、すればいい。
是非、都合ができそうな方は、一度ボランティアに行って、被災地を‘実感’してきて欲しいと思う。
http://news.livedoor.com/article/detail/5478006/
=========================
(記事抜粋)
自粛と言う言葉がまるで新興宗教の如く広まっている。モハメッドが広めた右手にコーラン左手に剣、宜しく、自粛を強要すると共にこれに従わない人間には不謹慎と言う言葉を、剣に代り浴びせかけるらしい。
昨 日偶然ではあるが、自粛教の布教現場に遭遇した。仕事の合間にタリーズでコーヒーを飲んでいたところ、中年女性二人が隣の席に座り話を始めた。断っておく が、私はこの二人に何の興味もなかったし、盗み聞きをした訳でもない。5メートル先でも聞こえる程の大音量で喋っておられただけの話である。取分け布教に 熱心な女性は。
話は普通に天気の話で始まり、遅ればせながら桜も満開で週末はお花見?みたいな全く普通の展開であった。
違ったのは自粛教の方の女性が激昂と迄は行かないものの興奮し、この非常時、要は東北の被災者がえらく難儀をされてるさ中に、花見等もってのほかとまくしたてた事である。
(中略)
こういう記事を投稿すると、決まってtwitter等に不謹慎であるとか攻撃に向かう若い人達、彼らは決まって偽名と趣味の悪いアイコンで身を隠す卑怯者であるが、と共通する所があると思う。
知的弱者であり、体系的に自分の意見を纏める事等出来ない彼らであっても、不謹慎だから自粛せよはある種短いフレーズのお経であるから言える。
そして、群れて数を頼み、広い視野、深い洞察力、考え切る力を持つ智者を攻撃したりする。
=========================
上記のような状況が日本中に広まってしまっている。
しかし、間違いなく、むやみな自粛は経済的にも、倫理的にもいらない。
そもそも、被災者の気持ちを当事者でもない人が完全に理解するのは不可能である。
ホームレスの人の気持ちが理解できるか。途上国の人の気持ちが理解できるか。今一度、考えてみてほしい。
私も、石巻へのボランティアに参加させてもらったが、被災者の気持ちは完全に理解することができなかった。
しかし、自分が今置かれている環境がいかに恵まれているかってことを実感することができた。
寄付のプラットフォームとなってるcharityplatformのある方曰く、「NGOなど最前線の団体からは、シリアスに物品や義援金の呼びかけを行うことは、仕方がないこと。私たち中立の団体が、‘楽しみ’に変換していきたい」
ものすごく共感できる。
寄付、ボランティアは楽しんでいい!(もちろん被災者の前での気づかいは忘れてはならない)
いつになってもマンパワーは必要であるし、どうせお節介なんだから、楽しんで、ボランティアしに行く人が増えたらいい。
継続的に続けるため、ボランティアに行った人は、みんなに勧めてほしい。
卒業式はやってもいい。花見したければ、すればいい。
是非、都合ができそうな方は、一度ボランティアに行って、被災地を‘実感’してきて欲しいと思う。