『源氏物語』が『白氏文集』の引用を多数していることはよく知られています。

その中でも、玄宗皇帝と楊貴妃の恋を詠んだ「長恨歌」は、「桐壺」の巻においてかなり大きな影響を与えていると言われていますが、紫式部の執筆の発想そのものと言えるのではないでしょうか。


『白氏文集』は、当時の貴族ならみんな読んでいる教養書であったようですので、『源氏物語』を読んだ人は、「ああ、ここはあれね」と楽しんでいたのではないかと思います。

私達が『細雪』やこのたびの「光る君へ」において、『源氏物語』のモチーフを見つけているように、平安時代のお姫様達も同じような楽しみ方をしていたと思うと、親近感を覚えます。


「長恨歌」はとても調べが美しく、物語の完成度も高いものです。

ただ、楊貴妃については言葉を尽くしてその美しさを描写していますが、内面についてはどういう女性であったのか全くわかりません。

玄宗皇帝の執着はわかりますが、楊貴妃の方では「比翼連理」と望むほどの思いがあったのかは疑問です。

「長恨歌」のタイトルどおり、玄宗皇帝の一方的な悔恨がテーマではないかと思っています。


さて、『源氏物語』はどうかというと、光源氏の恋愛遍歴に終わらず、一人一人の女性の内面がよく描かれています。

巻それぞれの主役たる女君へ、当時の女性達は共感したり、同情したり、自分自身を重ねあわせていたのではないでしょうか。

宮中の女房の間で、「どの女君が一番好き?」などと会話していたのではないかと想像しています。

私は「朧月夜」が好きなのですが、当時は好まれなかったか、もし好きでも口に出すことは憚られたのでなないかと思います。

『更級日記』の菅原孝標女が「后の位も何にかはせむ」と書いていますが、当時の読者達に感想を聞いてみたいです。