ゆりんの超高齢不妊ブログ

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4年間頑張って、まだやめられない、貯金も若さもないけど、どうしよう!え?タイ…?

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ついに最後のカテゴリーに辿り着いた。憧れだった、テーマ、出産。死んでも悔いはないくらいの気持ちだったが、さすがにいざとなると、絶対に死にたくない。当たり前か…。
かわいいわが子、未熟児ぎりぎりセーフだったおちびちゃんを大人にするまでは、絶対生きていたい。

半月近く前、私は予定帝王切開で、念願の赤ちゃんを出産した。最初の腰椎麻酔の前の2本の注射が痛かった以外は、全く痛みなく、無事終了した。あんなに怖かった手術がうそのように、帝王切開で本当に楽だったと思った。

病室に帰って来たのが午後3時。観察に来たナースたちがどんどん騒然、別室に移される。悪露が多いと。私は尋常ではない寒さに震えていると言うのに、言わなければ布団もかけてもらえず、夫を呼んでほしいと言っているのに誰も聞いてくれない。自力でふるえる手でメールを打った。熱ががーっと上がり、そのうち息苦しさが出てきて、顎で呼吸し始めたというのに酸素吸入もしてくれなかった。後で思い返すと本当に気の効かない人たちだった…。

ただ、私は危険な状態だったので、医師もナースも浮足立っていたのだと思う。
産後の弛緩出血という恐ろしい展開で、止血できなければ命が危なかった…。点滴では子宮はなかなか収縮しなかったようで、放射線科の医師が呼ばれ、子宮動脈塞栓術が行われた。
出血が止まったのはもう夜中だった。悪露込みだけど、2リットルの出血だった。

この程度の量なら、鉄剤は出たが輸血もせず、予定通りの退院ということだった。
ただし、次にまた妊娠したら、うちでは受けられない、周産期母子センターには救命医がいないので、大学病院に行ってもらう。しかし、命と引き換えになるので、妊娠はお勧めできないということだった。

色々と恐ろしい目に会ったが、命拾いして本当によかった。

肝心の赤ちゃんは小さくても元気で、お乳の飲みっぷりも良く、どんどん大きくなれそう。
すごくかわいい。最近甘えるようになってきて、更に大変だけど、更にかわいい。
生まれて来てくれて、本当によかった!
お世話は大変で、まだ体調も良くなくフラフラで自分の事が何一つできない毎日だけど、日々が充実している。
今が人生でピークの時かもしれないが、この幸せが続きますように…!
最後の二人家族の日、色々用事があって忙しかった。
エコー写真のメモリーブックを作ったが、コメントを清書して並べるだけで、結構な時間がかかってしまった。
ちょっと買物に出ただけで2時間もかかったし、もっと色々なことをしたかったが、掃除すらできず…。土壇場まで色々計画する方がいけないのだが…。
夜はキャンドルつけて、買ってきたケーキで赤ちゃんのプレバースデー、と言ってお祝いした。
プレゼントは…。一応、タオルでウサギの握るおもちゃを作ってみたが、手芸どころかまともに玉結びもできない不器用さの為、とんでもないものが出来上がった…。
でも、しびれてびりびりの手で4時間かかって作ったので、赤ちゃんにあげると決めた。

いよいよ入院だ!怖さに負けず…怖いというか、不安だ…。無事生まれるのかな…。
でも不安は親なら死ぬまで子供の事が心配なように、当たり前の事だと思える。
頑張ろう…!
内科の血糖はOKで最後まで異常なし、貧血は…基準値近くまで戻っていたので、産科の医師から何かコメントがあるかと思ったが…なかった…。手術を控えているのにいいのだろうか…。

毎回あったナースの面談もなかった。代わりに入院の説明があった。

肝心の赤ちゃんの体重、お願いして量ってもらった。2400gに届かない…。未熟児(低体重出生児)のままだったが…推定体重は本当の体重ではないし、この週数までくればまず何もないはず…と思い直した。

助成券は一番高いのが余ったので、今日の産科のお勘定はなし、と思ったら、NSTは保険が効くので、と3割払わされそうになった…。(千円くらい…)ダメもとで保険を使いません、と言ったら、再計算してタダにしてくれた…。ちょっとびっくりした…。そんな事が出来るなら、もっと早くから言ってみれば良かった…。今まで知らないで払った分がもったいない…。
必ずしも病院は患者の支払いを少しでも安く、とは考えない、ということが分かった…。
その日一番のショックだ…。