以前、朝日放送系の番組「マチャアキJAPAN」を見た。



日本から派遣したスタッフが発展途上国に井戸を掘り、泥水を飲んでいた住民が綺麗な水を飲めるようになるといったような番組。




このような番組は過去いろいろあったと思う。




他の番組を批判するわけではない。どの番組でも井戸を掘り、綺麗な水を出したことは重要である。




今回の番組で素晴らしいと思ったのは、現地のものでシンプルな構造の機会で井戸を掘っていたこと。




これはかなり重要である。



つまり、いくら日本から高度な機会を持ち込み短時間で井戸を掘っても、井戸は一基しか残らないし、例えば井戸がでなくなったら、その井戸は使えなくなる。確かに修理すれば、また使えるかもしれないが、番組がそこまで面倒を見てくれることは決してないだろう。




しかし、その番組では「上総掘り」という実にシンプルな手法を使っていた。唯一入手が難しいかもしれないのが長い鉄パイプ。テレビを見る限りでは他の物は全て現地の物。鉄パイプも1つの発掘作業が終わればまた使える。




つまり、この方法だと「上総掘り」の技術さえ現地の人が習得すれば番組企画が終わっても、井戸が何基も掘れることになる。




果たしてどちらがより効果的で持続的なものであろうか?




発展途上国に必要なのは持続可能な支援だけでなく、持続可能な技術の支援である。