8月20日



オペ当日。

いよいよやってきた叫び


前夜、眠れるかしらとの心配をよそに、爆睡っべーっだ!

朝6時半、術衣に着替えると、浣腸を持ったNs.現る。

その手には、グリセリン浣腸120mlドクロ

そもそも毎日快便の私は、生まれてこの方、浣腸なんてしたことがなかった得意げ

「えっ、ほんとに120ml?」という私に、「そうですよ~」と明るく答えられ、イメトレ?する間もなく、あっさり挿入ガーン

しかし、思ったほどきつくもなく、なぁんだと安心してのんきに数を数えてる間に、突然の激痛ドンッ

おぉ~叫びとダッシュでトイレに向うも、少し間に合わず・・・ガーン

とりあえず、前日からの下剤攻撃(ピコスルファート10ml&プルゼニド2錠、そしてグリ浣)からは解放された汗




そうこうしてる間に9時前となり、

「じゃあ、そろそろ行きましょっかぁにひひ」と明るいNs.のオペ室へのお迎えがきた。

「んじゃ、行ってきま~すパー」と私は普段どーりに、不安そうな旦那さんと母に別れを告げ、点滴台を持ちつつ、歩いてオペ室へ向かう。


オペ室の前室で麻酔をかけるという。

肩幅ほどのせまいベッドに、おっこいしょとよじ登り、横になる。

まさにまな板の上の鯉うお座だ。

マスクやガウンのたくさんのスタッフが自己紹介をするがよくわからない。

そこでまさかの麻酔方法の選択を迫られたガーン

このタイミングで、さあどうする?と言われても、熟慮して判断できるほどの余裕はない。

というのは、前日の麻酔科のドクターの説明で、硬膜外麻酔をすれば痛みは少ないが、術後に激しい嘔吐に苦しむ方もいますと言う。

つまり、痛みと吐き気、どちらを我慢しますか?という決断である。

結局決めきれず、「お任せします」と伝えた瞬間、「は~い、エビぞりになってねぇ」と言われ、私の運命は決まった叫び

硬膜外麻酔を選択されたのだ。

そして、硬膜外腔にプスリとぶっとい針を入れられ、試しに少量の麻酔薬(アナペイン&フェンタニル&ドロレプタンのmix)を注入し、異常がないことを確認後、酸素マスクを顔に当てられ、「じゃあ、点滴(プロポフォール)始めま~す得意げ」と言われ、血管内が冷たいなぁと思ったのを最後に意識はなくなった・・・

<つづく>

8月20日


オペ終了。

ここからの記憶は正直あまりはっきりしない汗

このあたりの時間がある意味、私にとって恐怖の魔の時間!?である。

「無意識の世界で、突拍子もない珍言を吐くらしいから注意しなさいべーっだ!」と入院前にオペ経験者に聞いていた。

ちなみに私が尊敬してやまないそのお方は、「やったぜ、カトチャンっ!!爆弾」と言ったらしい・・・・クラッカー

オペが終ったらしく、なんとなく名前を呼ばれた気がするが、答えた記憶はないシラー

いったい私はどんなことを言ったのだろう・・・。

あえて聞かないことにした得意げ


それから意識を確認し、おそらく人工呼吸のためにつけていた気管の挿管チューブを抜いたと思われる。

その後、自分のベッドへ移りオペ室を出て、ゴロゴロと結構なスピードを出して、病室へ戻ったのは覚えている。

ああぁ、オペが終ったんだぁと何となく安心するニコニコ


病室へ戻ると、「オペが長引きますと先生に途中で呼び出されたから、心配したよ;お」と母が言った。

「今、何時?」と聞くと14時という。

9時にオペ室に入ったはずだから、ずいぶん長引いたようだ。


このとき、話す元気はあまりなかったが、必死に旦那さんに、

「筋腫どうだったって?」

「癒着はあったって?」

「卵管はきれいだったって?」

「筋腫の写真撮った?」

と、立て続けに質問をした覚えがある。挿管チューブのせいで、のどが痛く、声もかすれる中、

精一杯、大丈夫、私は元気だとアピールしたかったべーっだ!

その質問に対し、旦那さんは、一生懸命しっかりと説明してくれたが、実はほとんど聞いていなかったというか、

あまりにもぼ~っとして、ちゃんと聞いて理解するパワーがまだなかった。ありがとう旦那さん。。。


いつの間にか着けられていた静脈血栓塞栓症の予防のマッサージ機を外す。

その後、その代わりにひざ下まで包帯を巻き、圧を加える。


それから、激しい嘔吐がきたぁ~~~汗ドクロ

昨日の夜から、絶飲食だったはずなのに、ぶほーっと仰向けのまま嘔吐してしまった叫び

両手と胸には心電図や点滴をつなげられたまま背中には硬膜外のチューブ、上手に横を向いて吐いている余裕なんてなかったあせる

その後も嘔気と頭痛が続く。

「ヤバい、気持ち悪っ」と母に訴えると母がナースコールを押し、担当Ns.が飛んできてくれた。

ガーグルベースを持って、素早く私の体を横向きにし、今回は、うまく嘔吐?!できた。

それから、しばらく背中をさすってくれていた。

そのおかげで、ようやく気分が良くなった。←このときのNs.さん、ほんとにありがとうーラブラブ

しかし、頭痛はひどくなった。もう誰とも話したくない・・・。とにかく頭が半端なく重いのだダウン

麻酔科医に言われたように、確かに痛みはほとんどないが・・・ガーン



しばらくして母も旦那さんも、仕事帰りに寄った父も帰って行った。


それからは、口渇とのどの痛み、頭痛に苦しむ。

水が欲しいー・・・でも、明日の朝、ガスDASH!が出るまでは水分も禁止禁止

ツライ、ツライ、ツライガーン

その夜の長いこと長いこと。

こんな苦しみはもう2度とごめんだ。

もし、めでたく赤ちゃんができても、帝王切開のとき、絶対に硬膜外麻酔だけはするものかと心に決めた。(気が早いべーっだ!

しかし、どんなに待っても夜が明ける気配はない叫び

もうずっとこのまま夜は明けないのだろうかと本気で不安になる。。。しょぼん


尿管バルーンカテーテルがなんだか気になる。

同じ姿勢がつらいので、体位変換しようとするが、カテーテルが外れてしまうのではないかと不安で動けない。

しかも、大腿部から先の両足が、完全にマヒしてしびれているショック!


夜中の間も、ひっきりなしにNs.が様子を見に来てくれる。

定期的に、ハルンバックの中の尿をジャーっとバケツに注ぐ音が響いてなんだか恥ずかしい・・・しょぼん


なかなか眠れない中、苦しんでいたが、少しだけ寝た気がするぐぅぐぅ

しばらくして目が覚めると、暑くて暑くて全身ビッショリ汗あせるをかいて目が覚める汗

しかし、Ns.コールも押せないまま、しかも、これだけ頻繁にNs.が来室してるにもかかわらず、言い出せないまま・・・しょぼん (シャイな?私)

相当我慢していたら、体温が上がってきて、ますます苦しい叫び

ツライよぉ、ツライよぉ・・・

そう呟いていると、ようやく外が白んできたビックリマーク


やった朝だぁ晴れ

これだけ待ちに待った朝ドキドキがあっただろうか?

ひどい嵐波の中の航海から、ようやく抜け出した気がしていた虹













いよいよ入院当日。
たった六日間の入院生活にも関わらず、用意した荷物は大変な量に…。我が家にある1番大きなの旅行かばんのチャックが閉まらないほどにっ

11時までに入院手続きを済ませ、病棟へ。
トイレ付き個室希望(6000円)がかなわず、トイレ無しに…。浣腸あとの緊急事態に間に合うか不安。
14時から執刀医の説明。この時、初対面のドクターは、しっかり丁寧に説明してくれた。予想以上に筋腫は大きく、しかもかなりたくさんあるため、全腹腔鏡下での摘出は難しいかもと。その際は開腹になることがあるので覚悟しておくようにと…。

さあどうなる?