昨日もまた携帯を握りしめて寝てしまいました。

頑張らないの続きです。今まで頑張らないの私のイメージはダラダラしている怠け癖がついているという像でした。頑張らないとは怠けるということではないのですが、どうしても日本人の気持ちの中には頑張っていないのが悪い事みたいに感じるのが染みついてますね。これは私も例にもれずそうです。頭ではわかっているので他の人に頑張ってとは言いませんが、つい自分には頑張りを課してしまいます。

2年ぐらい前にインド系マレーシア人でシンガポール在住の私の上司が日本に来ていた時に、別のオフィスへ一緒に行く途中に人身事故で電車が止まりました。この人身事故はいわゆる飛び込みだったのですが、人身事故について説明をしたら上司はショックを受けたらしく、なぜだなぜそんなことになる?日本はなんでも揃っているし皆が幸せに見えていたらしいです。次の日の朝もまた上司が昨日の人身事故の件がショックでその夜奥さんに電話したと、奥さんもショックだったということでした。こんな事も引き起こしてしまう背景には頑張りも大きな比重かと思います。

ピヨートルさんの本には、「やることリスト」ではなく「やらない事リスト」を作ってみようとありました。なるほどですね。私の中にはやることだらけのリストが頭や心に散らかっています。それが一体何なんだ?ということばかりです。。。これだから頑張っても頑張っても自分が解放されないし、自分が好きだったこととか得意な事などを見失ってしまいますね。なぜ頑張ってしまうのでしょう?この数年はそんな事も考える事すらできませんでした。それは時間がないとか生活が大変とかではなく、自分の思考が停止していました。

やらない事リストを考えていたら逆に頭がバラバラになり、これはいらない事リストを作るところにさえ辿りつけない感じです。という事はそもそもいらない!

本では本当に必要で学びになりインパクトがある事をやっていけば成果が上がるという内容ですが、テレワークは私にとっては少し仕事を整理する良いきっかけになりました。いらないものだらけというのは今気がついた訳ではありませんがそれをやめることを実行に移す事がなかなかできませんでした。なぜできなかったか?はそれをやると周りからの反撃にあうという事が怖かったからかもしれません。反撃には遭いましたが、実行に移したら仕事はきれいになりました。残念ながら90%はいらないものでした。他の人が絡む仕事はなかなか整理するのは難しいですが、これをきっかけにまだまだ頑張らない活動はしないとだなと思いました。

私の働いている会社には色んな国の人がいますが、様子を見ているといわゆる頑張っている人は日本人以外はあまりいません。そりゃそうですよね。頑張るっていう発想や言葉さえないですから。それが良いか悪いかは別として、少なくとも人身事故に至るような発想へはいかないでしょう。

和を大切にする日本人は本当に素晴らしいと思いますし日本人の自分は居心地が良い、でもそれが誰かの犠牲を元にできているとしたら本当の和ではないですね。

また続きます。