おはようございます^^

 

 

今日は、実際に

私が保育士の新人時代に

思ってたことや感じたことを

分かち合いたいと思います。

 

 

保育現場で、

”あの子はできるのに、この子はできないなぁ・・”と、

周りの子と比較して、

子どもをみていたことがありました。

 

それに留まらず、

 

子どものできない姿を見た時に、

”どうしてできないの?”

”こうやってやるんだよ、頑張って!”

”自分でやってみて!”

 

と、焦りや、時には怒りを感じて、

強い言葉を言い放ってしまったこともあります。

(本当にごめんなさい。)

 

 

概念や信念を、これから培ってゆく

真っ白な子どもたちを見て、

 

自分のなかに怒りや焦り、

戸惑いが湧いてきたならば、

 

その原因は、

子どもたちにはなくて。

 

私自身にありました。

 

 

当時の私は、

仕事ができることで、

周りの人に褒めて貰えて、

自分が存在している価値があると思っていました。

 

仕事ができないことは、

ここにいる意味がない、

存在する価値がない。

 

できるか、できないかが

自分の存在価値につながっていたのです。

 

 

”周りの評価こそ、自分の価値”

 

そう信じていた私は、

出来ないことがあると、

一生懸命練習をして、

できるようになることや克服することに

エネルギーを注いでいたので、

いつも息切れ寸前の必死状態。

 

 

並ならぬ努力で克服し、

八方美人のいい子という鎧を纏って、

必死にできる自分を繕っていました。

 

 

そう、

 

出来ない自分を認めずに、

許せていなかったのは、

紛れもなく、私自身だったのです。

 

 

だからこそ、

子どもという相手の姿を見て、

疼いていました。

 

 

周りの子と比較して

 

できなていなくても、

のんびりしている子どもの姿や

 

できなていなくても、

問題ないというような子どもの姿に触れると・・

 

 

”そのままではいけない。

そのままでは愛されない、”という思いが湧いて

子どもたちに言い聞かせるの、

 

自分でできるようになることが大事だって。

 

 

しかし、

 

目の前の子どもたちは、私に

そのままの姿をただただ

見せてくれていただけなのでした。

 

 

そして、同時に

 

こう、教えてくれていたんだなぁと思ったのです。

 

 

”できない自分のことも

価値があると認めよう”

 

 

”できないことがあったとしても

こんなにも愛されているし、

存在を認められている。

 

そんな素晴らしい存在が、

私たちなんだよ”

 

 

”周りと自分を比較して、

自分を卑下する必要はないんだよ”

 

と。

 

 

保育を通して、

”子どもを育む”という営みに

15年携わらせてもらう中で

 

 

子育ては、

 

お母さんや先生たちが、

大人になる中で必死に付け足してきた、

 

生き辛さを生み出す観念や思い込み、

信念から自分自身を自由にして、

本来の自分へと戻ってゆくこと。

 

わたしたちが、

本来のわたしたちになっていくこと。

 

 

それが

子育てだったんだと思いました。

 

 

私たち大人は、もちろん子どもたちに、

少し長く生きた大人として、

知らせることや分かち合うことはありますが・・

 

 

子どもたちは、わたしにとって素晴らしい先生で、

たくさんのことを気づかせてもらいました。

 

 

もちろんその後も、

”ちゃんと育てなくちゃ”と

子育てに躍起になるときもありました。

 

 

こんなふうに、

子どもたちとの関わりを通して、

怒りや焦り、戸惑い、困惑等の感情を感じたときには、

 

”私は何に怒りを感じているんだろう?”

 

”私は何を思って、焦りや戸惑いを感じているんだろう?”

 

と、自分と対話することを重ねるようにしました。

 

 

すると、

 

大人になる過程で、

付け加えてきた信念や

固定観念に気づくことができて、

 

生き辛い観念を手放していくことが

できるようになりました。

 

 

また、今回のように、周りと比較して、

できる・できないという二元性で自分をジャッジして

”できる自分には価値がある”、

”できない自分には価値がない”と、

自分に対して評価を下してしまったときには、

 

 

子どもたちから教えてもらったように

 

”出来ても出来なくてもどちらでも良い。”

 

”ジャッジしてもしなくてもどちらでも良い”

 

”私たちは、

できるか、できないかという

二元性を超えた存在で、

素晴らしい存在。”

 

だと、信念を選び直すようにしました。

 

 

 

「子どものことを怒らないようにしたい。

それなのに、怒ることを止められない・・」と

子どもたちを前に、悩んでしまうのは、

 

お母さんや先生たちのなかに、

疼いてしまう”心の傷”があるから。

 

こうでなければならないと

自分を縛り付けている

観念や信念だったんだと思いました。

 

 

自分が、認められていない自分を許したり、

受け容れたりすることができたなら

 

”子どものことを怒らないようにしないと!”と

意気込まなくても、

 

目の前の子どもたちを、自然と

優しいまなざしで見られるようになっていきます。

 

 

子育ては、

 

お母さんと先生たちが

まずは自分に、

優しく寄り添うこと。

 

 

まずは

自分に優しく寄り添う優しい意識を

自分の中に育んでいくこと。

 

 

そんなふうに

私は子どもたちとの関わりを通して

教えてもらいました。

 

 

子どもはいつだって優しい。

 

子育てはお母さんをはじめ、

大人にとっても優しくて

とっても尊い営みですね。

 

 

また更新します。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。