何故、ライオン🦁が好きなのかと問われると、
私は思いを巡らし、答える。
赤ちゃんライオン🦁を抱いたことがあるのだが、
ライオン🦁の赤ちゃんはこの世で一番可愛い…と。
元々、猫🐱が好きで、
某サファリパークに行って、赤ちゃんライオン🦁を抱く機会を得た。
しかし、それは一過性のものだった。
時を経て、私はネット上で、ライオン🦁の興味深いライフスタイルを知った。
ブログで、動画で、写真で、
各地の動物園のライオン🦁の日々の行動、アフリカでの生態などを知った。
先ずは、近場のライオン🦁を見に行こう🎵
そして、東山動植物園のソラ🦁に会った。
ソラ🦁は特別な仔だった。
ソラ🦁は、じっと人を見る。
そして、ソラ🦁と見つめ合った人間はソラ🦁の感情を受け取ったように思う。
そういう仔だった。
その日から、ソラ🦁を見るため、東山に通い詰めた。
当時、ソラ🦁は動くことができなかった。
病気だったのだ。
ソラ🦁を何とか助けたい、その思いでブログを綴った。
皆にソラ🦁という仔がいることを知ってもらいたかった。
それと同時に、各地のライオン🦁がいる動物園を回った。
各地のライオン🦁たちは、それぞれが人間臭いエピソードを持っていた。
例えば、いしかわ動物園のアンニン🐈とクリス🦁の恋物語。
アンニン🐈はクリス🦁(日本でも屈指のイケメン🦁)のことが好き💖で、
二頭は交代で展示されていたのだけれど、
(つまり、同居ではなく、単独で時間差で展示されていた。
雌雄同居展示している園もあるが、その場合、大抵、雄🦁は去勢されている)
アンニン🐈は部屋から展示場への通路(時間差でクリス🦁も通る)に、
クリス🦁へのプレゼント🎁として丸太の切れ端を置いていた(´;ω;`)ウゥゥ💕。
また、東山のステラ🐈は、母ルナ🐈からかなり厳しい教育的指導を受けていたが、
父サン🦁に対しては全く物おじせずに甘えまくっていた。
娘と言うのは無条件に父親に甘えていいのだとステラ🐈は私に教えてくれた。
そんな話を書こうと思って、
私はブログのタイトルを「ライオンが教えてくれたこと」とした。
その後、ソラ🦁は、毎日、薬が投与されることになり、
動けるようになり、食べるようになり、成長し、
4歳の頃のソラ🦁はむちむちとしたいわば紅顔の美少年となった。
しかし、喜んだのもつかの間…。
それ以降のソラ🦁には数々の試練が襲い掛かった。
ゴハンノリョウガヘラサレテガリガリニヤセタリ、
リョウシンノスガタヲマッタクミルコトガデキナイヨウニ
マドヲシメキリニサレタリ、
タイフウデライオンシャノヤネガトバサレテアマモリガヒドクナリ
アメガフルトライオンノヘヤハアメデベタベタニナッタリ…。
クチカラチヲナガシテイタノダガ
ソノテアテモナカナカシテモラエナカッタ。
サイゴハ、アタエラレタオニクヲトリアゲラレテモイタ。
私は、他園のライオン🦁を見に行く余裕はなく、
ただただ、ソラ🦁を心配する日々が続いた。
そんな状況でもソラ🦁は
何とか乗り切っていてくれた。
冬、寒くなると四肢が痺れ動けず、岩の上で失禁していた。
夏、酷暑の東山でぐったりとしていた。
(幸い、2021年、ライオン🦁舎の隣にレッサーパンダ舎ができた折、
ライオン舎にもエアコンが設置された)
あまりにもソラ🦁が乗り切ってしまってくれるので、
私は慢心していた。
2023年7月20日、私は東山を通りがかった。
その頃、ソラ🦁の様子が良くないと言う話を聞いていた。
園に寄って、ソラの様子を見る時間はあった。
だが、私は「大丈夫、いつものようにソラ🦁は乗り越えてくれる」
と思ってしまった。
立ち寄ることなく、仕事場に向かってしまった。
4日後の7月24日、ソラ🦁の訃報が出た。
何故、20日、ソラ🦁を見に行かなかったのかという激しい後悔。
大きな大きな喪失感。。
そして、
もう、ソラ🦁のことを心配しなくてもいいのだ…という一抹の安堵感。
改めて、
あの時、ソラ🦁は、
もう、絶えること、乗り切ること、生きることを、
精神的に、身体的に、やめたのだろうと思う。
ソラ🦁は、もう辛い思いをしなくてもよくなった。
11歳になったばかりだったソラ🦁。
思いは消え失せない。
愛しさも、悲しみも、後悔も、そして、憤りも…。
助けてあげられなかった。
これで、「ライオンが教えてくれたこと」は終わりです。
lilla720 2026年 弥生