最近はじめましての人に会うことが多く、
そのたびに自分を顧みる機会になっています。
コミュニケーション、
自分にとってとても大事なんだな
ということ。
人のことは読めないから、
「察する」のには限界がある。
その人がどう考え、どう思うかは
毎回違う。常に更新されていく。
だから、
聞く、聞き合う、伝え合う
ことが必須!
もちろん、悲しいことがあった時、
悲しいだろうな、と推し量ることも必要だし、
言葉にしたいと思わないことも
あるかもしれないし、それは例外。
けど、基本は、言わないと伝わらない。
というか、
伝えるために言う。
わかってもらうために言う。
わかるために、聞く。
そこのコミュニケーションを
面倒くさがる人とは、
続かないし、しんどくなる。
「どう思ってるの? 予測しろってこと?
むりーー!」と。
だから、ただ黙り込んで不機嫌で、
「私の機嫌が悪いのはなんででしょう?!
」
みたいな態度を取る人は本当に苦手…。
気分によって態度が変わる人は本当に苦手。
幼少期の経験も相まって、
脳内で赤い警告信号が出ます。
「ちょっと今一人でいたいんだ」とか、
「あー、今感情の整理したいから、
話したくないんだ。ちょっと待ってくれる?」とか
言ってくれればいいのに。優しめに…。
こういうこと言うの、
とても勇気が要るということも、
わかっているのですが。
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話がそれましたが。
こちらが思ってもいなかったことを、
相手は考えていた!というのは
意外とよくあります。
あるイベントについて、共同開催者の方が、
「◯月◯日私は主催可能ですが、
人来ますかねえ?」
と言っていた。
→人が来ないならやる意味ない、やりたくない、
の意かと思ったら、
人が来ないのに場所を丸々借りるのは
そこのオーナーに申し訳ない、という意だった!
ということがありまして、びっくりしました。
ほぼ自動思考で起こった自分の解釈と、
相手の意図が、全然違った。
もう一人の主催の方が、
「人が来ないのに開催するのしんどいと
いうことであれば、遠慮せず
相談してくださいね」、と言って、
会話を深めてくれたからこそ。
自分基準による、自動的な解釈・判断って
重々気をつけなければな、と思った出来事でした。
雨上がりの鴨川。
