記録でブログにも載せておこう。
打ち上げ惨め@アンベリちゃん
のLINEグループでも、惨めの数々の流れ弾
不感症ながら感じられるようになって来ました。
昨日、自分的に大きな発見がありました。
何不自由なく育ててくれて、今も折々助けてくれるけど、
決して褒めてくれはしない母親に、
産んだから世間体の手前、育ててただけで
愛してはないんだよね。とずっと拗ねていました。
何でそんな風に拗ねたかといえば
凡人が受け入れられてなくて、
ここまでの人生何も成し遂げていないことを
受け入れられず、
母のせいにしたいだけ
でした。
褒めてくれないから
わかりやすくは可愛がってはくれないから、
にも関わらず、過干渉、過保護が過ぎたから
それを言い訳に
私は何も出来ないままだと、親のせいにしていました。
私は何を成し遂げていなくたって、当たり前の凡人でした。
(非凡人にあんなにもなりたかったのは、きっと13歳からの推しの影響…、私には推しの呪縛もある…
)
愛し方は私が望んだ形でなかったかもだけど、親はいつでも愛してくれていました。
生きる希望を失っていた時、
私は心や気持ちを助けて欲しかった。
でもそれは、うちの親には出来ない事だった。
だから、親は愛で外堀を埋めた。
レールを敷いた
塾、大学にほぼそのまま進学出来る高校に行かせる、それなりの就職って
その間、生きる希望を失っていた私は
何も決めなくて、
毎日死にたいと思いながら生きていたけど、
そのおかげで今困らないで済んだことがたくさんある
家族に希望を持てないでいた私は、もちろん、いわゆる、婚期を逃しかけていた。
でも、私を知っていた親は、
その時もちゃんと、
レールを敷いた
私を結婚相談所に入れた。
人付き合いの少ない、見る目がないだろう娘が、妙な人と一緒にならないように、
わざわざ、入会金とか月会費とか成婚費用が、少し高めで、軽い気持ちで入れないような相談所に入れてくれたんだ。
(結局、ここで旦那さんと出逢って、すぐ結婚して、今ただ幸せだ)
なんか、ポンコツな娘ですみません。
出来ないとこばっか見つけて文句言う、娘ですみません。
(母と同じだ)
って改めて。![]()
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世界から、自分の本音からも逃げ続けていたのは私でした。
何か特別なことができなくて当たり前、
ソコに存在していい理由を見つけてないで、
日常、今やれることをコツコツやって、しっかり土台の上に立てる、私でありたい。
そう感じました。
役に立たないなら、生きていてはいけない
って窮屈なことを、どこかで思ってたわ
その枠を外すそう。