首里 観音堂
以前から首里城の周りを散策したいなぁと思っていましたがなかなかチャンスがなく。
ようやく時間が出来たので
のんびり一人歩きで
首里城周辺を散策してきました。
まず向かったのが
首里の観音堂
正式名は慈眼院という名前で
臨済宗の寺院だそうです。
沖縄の人は観音堂と呼ぶ人が多い気がします。
寺院が建てられたのは琉球王朝時代、
佐敷王子が薩摩に人質として連れて行かれた際、
父・尚久王は息子が無事帰国できたら首里の地に「観音堂」を建てることを誓願されました。
その後、無事帰郷したので、1618年、首里の萬歳嶺高台に観音堂を建て、その南に、慈眼院を建立しました。
と書いてありました。
1645年より毎年、琉球王国国王が国の安全を祈願・参拝するようになり、
また、当時、琉球王国は貿易(航海)が国の中心であり、渡航の安全・国の安全を祈願してたそうです。
その地に、すべての人を守り、すべての人を救い、願いを叶える千手観音菩薩像をお祀りし、国王はすべての祈願をしていました。
上り口説:
琉歌(ぬぶぃくどぅち)に「旅ぬ出立観音堂、千手観音伏し拝でぃ・・・」と謡われています。
私も三線のお稽古で上り口説を習いました。
ヤマト口 つまり標準語なのに、うちなーぐち 沖縄の言葉で歌われていて、
首里から出発して薩摩に向かう道のりと航海安全を歌っています。昔の人達の様子が垣間見えて面白いです。
残念ながら当時の観音堂は沖縄戦で消失してしまいましたが、
今でも、多くの方が家内安全、交通安全、旅行安全、健康祈願で参拝しています。
バスガイドを仕事にしているので旅と関連があるお仕事ですから
ガイドの行程、業務が安全で、毎日がお客様にとって楽しく素晴らしい沖縄の旅になりますようにと手を合わせました。
因みに、入り口には
「万歳嶺記」の碑があります。
万歳嶺 俗称 上ナチジナームイ
首里の西側の丘で、かつては松が生い茂り美しい眺めで「首里八景」の1つだったそうです。
尚真王がこの地を遊覧した際に、王の治世と国家の繁栄を祝う万歳の声がわき起こった事から、1497年丘の頂上に「万歳嶺記」の碑を建てて
この丘を万歳嶺と称したそうです。
高台から眺める那覇の景色はこの500年あまりでだいぶ変わってしまいましたが、
かつてこの丘からの景色を琉球国王は眺めていたんだなぁ〜と想像するとワクワクしました。
こちらも残念ながら沖縄戦で破壊され、残った一部を台座に組み込み復元しているそうです。
観音竹
古くからこの院に植えられ、観音竹と呼ばれるようになり全国へと広まったそうです。
首里周辺散策は続きます。
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