赤瓦ちょーびんと行く!
沖縄ツーリスト
宝城探訪・首里城再発見
首里城物語 ①
散歩ツアーに参加しました!
このツアーは
首里城応援特別企画で
沖縄ツーリストさんの企画
参加費の2500円の内
500円は首里城に寄付するとの事
昨年の首里城正殿の全焼はショックでした
が、
幸いな事に元々の無料区域は
そのまま残っています
その無料区域をおよそ2時間半かけて散歩しながら
それぞれの門や建物に隠された建築方法などの先人達の知恵を深く楽しく学ぶ事により
焼失した建物の再建を支援するというツアーです
首里城を案内してくださったのは、
ラジオパーソナリティや、歴史、文化の講師などをされている
赤瓦ちょーびんさん♪
写真ぼやけてすみません
会社のバスガイドの研修でも歴史の勉強などでお話しを聞いたり
個人的にラジオのアシスタントとしてお世話になっています
沖縄の歴史、文化、風習、言葉、雑学何でも教えてくださる、優しい物知り博士です
さて、2020年3月
雨が心配でしたが首里城集合場所には30名近くの参加者が集まっていました
一人一人に、無線機とイヤホンが配られました
すごくいいですよね
ツアーって、人数多いとガイドの方の声がちゃんと聞き取れない
でも無線機で周波数合わせてイヤホンで聴けるから
あまり耳の良くない方でも楽しく参加できますよね
まずはちょーびんさんが挨拶してからツアースタート
早速 「守礼門」へ
守礼門は首里城第二の坊門です
造られたのは16世紀頃
「首里」の額を掲げ
「待賢門」と呼んでいました
「守禮之邦」の額は尚永王の頃に作られ冊封使が琉球に来た時だけ掛けていたのですが
その後、尚質王の時代になると
常に掛けるようになりました
礼儀を重んじる邦という意味です
戦前は国宝でしたが、去る第二次世界大戦で破壊され現在の門は復元されたものです
守礼門は
中国、日本、琉球の建築技法をミックスした造りになっています
扉が無い牌楼門は、良く中華街などで見かける伝統的な中国式の門の造りです
そして、日本式の両部鳥居の柱
柱の前後にそれぞれ低い控え柱を設け連結したものです
土台は石で固定され地面下まで埋められている為、台風の多い沖縄でも びくともしません
日本の神仏習合の神社に多く、有名なものに広島県の厳島神社の大鳥居があります
そこに、日本の神社仏閣に見られる升組。屋根は日本の入母屋造り
そして、琉球瓦。
中国、日本、琉球とまさに、ちゃんぷるー文化の象徴のような門です
真ん中はお客様が通る道です
上下の綾門
(かみしむぬあいじょー)
関の戸もたたん
(せきぬとぅんたたん)
治まとる御代の
(うさまとるみゆぬ)
しるしさらめ
(しるしさらみ)
意味:
上下の綾門(守礼門と中山門)は扉が無い
これは世の中が平和に治っているしるしである
中山門という門は残念ながら老朽化の為、明治時代に取り壊され風呂屋の薪として使われたそうで現存していません。
首里高校裏手の紅型工房の側にありました。守礼門そっくりの門でした
ちょーびんさんのお話しには良く琉歌が登場します
琉歌は日本の和歌のようなもので、八.八.八.六で謳われます
元々、バスガイドの研修で琉歌をいくつか学んでいましたが
ちょーびんさんと出会い歴史や琉歌をより深く学んでいるタイミングで古典三線を始めました
琉歌のおかげで古典三線も理解しやすく、また、古典三線のお稽古のおかげで、琉歌により関心を持つようになれました
守礼門をくぐると右側には
真珠道があります
首里城から那覇港までの軍用道路として作られた道で
首里城を起点に→金城町石畳→識名坂→国場→真玉橋→豊見城城→宇栄原→垣花→屋良座森城を結んで、外国からの敵に備えていました
さて、その真珠道の石碑の向かい側には、園比屋武御嶽石門(スヌヒャンウタキイシモン)があります
門の形をしていますが、出入り口として人が通る門ではなく
琉球国王が各地で巡礼に行く際に安全祈願をしたり、五穀豊穣を願ったり、最高の神女である聞得大君が即位の儀式を行う際に最初にお参りする拝所です
また、第二尚氏王統 尚円王ゆかりの地である伊是名島への遥拝所でもあったそうです
門の奥には琉球の信仰における聖域である「御嶽」と呼ばれる森が広がっています
特徴は、石を使い木造のように造ってあること
竹富島の西塘により1519年に造られたといわれています
唐破風の板葺屋根で、軒は垂木形に彫り、懸魚(けぎょ)
唐草模様が彫られ中央に火焔宝珠
額には「首里の王おきやかもいかなしの御代にたて申候」
両端に鬼瓦をのせ、しゃちほこのような鴟尾(しび)
日本と中国の両様式を取り入れた琉球独特の石造建築になっています
長いので
この後の続きはまた、今度
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