今度は浦添城跡内へ向かいます🚶♀️
もう一度案内MAP貼りますね
伊波普猷のお墓があります
説明板にはこう書いてあります
伊波普猷は明治九年に那覇で生まれました。
沖縄尋常中学(首里高校の前身)を退学処分された後、本土に渡り三高(後の京都大学)から東京帝国大学に進んで言語学を修めました。
東大在学中から浦添が首里以前の古都であったことを最初に論じた「浦添考」などすぐれた論文を発表しています。
帰郷して県立図書館長となった伊波は、歴史研究のかたわら、琉球処分後の沖縄差別で自信を失った県民に自信と誇りを回復する啓蒙活動を行います。
大正十四年に再び上京しますが戦争で米軍に占領された沖縄の行く末を案じつつ東京で亡くなりました。
その後、伊波の研究にゆかりの深い浦添の地に墓が作られ永遠の深い眠りについています。
説明文より
静かな空間にお墓があります
顕彰碑
「おもろと沖縄学の父 伊波普猷」
彼ほど沖縄を識った人はいない
彼ほど沖縄を愛した人はいない
彼ほど沖縄を憂えた人はいない
彼は識った為に愛し
愛した為に憂えた
彼は学者であり愛郷者であり
預言者でもあった
友人の歴史学者
東恩納寛惇(ひがしおんなかんじゅん)が刻んでいます
伊波普猷が生まれた3年後、琉球国はなくなり日本になりました。その為16歳の頃、カタカシラという琉球のちょんまげを切られてしまいます。
学校では日本人としての教育が進められ、沖縄は劣っていると他府県から来た先生からの差別もありました。
ある時学校の校長が、標準語さえまともに話せないのに、英語も学ぶのは大変であるという事で英語の授業を廃止する事に。
それに反対した国語の田島先生が辞めされられた事に怒った生徒達はストライキを起こしました。
校長は沖縄から出ていきましたが、ストライキを起こした伊波普猷達も退学処分となってしまったのです。
上京して政治家を目指していましたが、田島先生と再会し、沖縄の研究を続けるよう進められ意思を継ぎ
大学で沖縄の言語学から研究を始めたそうです。
当時資料が殆どない中、尋ね歩き老人に話を聞き、
沖縄県立図書館が出来た時、伊波普猷が集めた資料は4000点を超すほどになっていました。
彼が残した300を超える論文や本は今でも沖縄県立図書館で使われています。
彼が書いた論文が多くの沖縄の人の自信と誇りを取り戻すきっかけとなったのです。
一生をかけて沖縄の研究をし続けた凄い人です✨
この沖縄人物伝というウェブページ
子供でもわかりやすく読める
伊波普猷の人生が書かれています!
おすすめです✨✨
復元された城壁です
このように書いてあります
こちらの城壁は、発掘調査の成果に基づいた整備により復元したものです。
浦添城跡は沖縄戦後の採石により城壁の石材が持ち出され、城壁がほとんど残っていないため、復元整備にあたっては事前に発掘調査を行う必要があります。
この場所についても発掘調査を行ったところ、城壁の切石がかろうじて残っている状態を確認することができました。
この城壁は、残っていた切石を生かし、失われた部分に新しい切石を積み上げる事によって復元しました。
進んでいくと左側に
浦添家の屋敷跡?とクエスチョンマーク
この一帯にみられる敷石は、
第二尚氏第三代国王
尚真王の長男である尚維衡を祖とする、浦添家の屋敷跡かもしれません。
敷石は1983年の発掘調査で確認され、明朝系瓦(中国の技術で造られた瓦)がみつかっています。
尚維衡は、父・尚真王の不興をかい、首里から浦添城に移されました。第七代国王の尚寧王は浦添家の出身で、尚維衡のひ孫にあたります。
浦添市教育委員会
と書いてあります
ディーグガマ
拝所でもあり
沖縄戦戦死者の納骨堂になっていて
たくさんの千羽鶴が
浦添王子遺跡と書かれています
13世紀に築かれた浦添城は、14世紀には高麗系瓦葺きの正殿を中心に、石積みで城壁を囲まれた大規模なグスクで、舜天王統、英祖王統、察度王統の居城でした。
周辺には玉陵、寺院、大きな池、屋敷、集落などがあり、のちの王都・首里の原型が出来上がっていたようです。
首里城の整備は浦添城をモデルにした可能性があるのだそうです。
1609年薩摩藩の侵攻により、浦添城は焼き討ちに会いました。
戦跡、前田高知としての浦添城跡は、次回ブログにしますね
もう、かなり草ボーボーですが笑
正殿跡??と
またしてもクエスチョンマークが
この遺構は1998年に行った発掘調査で見つかったものです。
縁石が置かれ石が敷かれている様子を確認しました。その他にも石列や、柱の跡とみられる穴などがみつかっています。これらの遺構は、ここに正殿があったことを示すものと考えられます。
浦添城跡の北側は、沖縄戦後の採石で大きく削り取られたため、ほとんど残っていません。そのなかで残っているこの遺構は貴重です。
浦添市教育委員会
と、書いてあります
戦後の調査で、高麗系瓦や、青磁、白磁などの中国製陶磁器片などがかなり出てきました。豪壮な殿舎を建て、中国、朝鮮とも交易を盛んに行い繁栄していたことがうかがえます。
近年の調査では、四万平方メートルを超え首里城のような最大規模の城郭だったことがわかっています。
こちらは殿(トゥン)
殿はウマチーなどの村の祭りを行う場所で、この浦添城内の殿では仲間集落と前田集落が一つになって祭りを行っていました。
ウマチーの際は、二本の竹を結び合わせたアーチを作り、それに向かってノロをはじめ、参列者が手を合わせてから祭りを行ったそうです。
アーチは神々が通る門を表現したものと考えられています。
ウマチーとは、麦、稲の豊作を祈願、または感謝する祭り
ノロとは、王府から任命され王国や村々の祭祀を取り仕切った神女
浦添市教育委員会
と書いてあります
埋葬人骨
1983年の発掘調査で、当地の城壁裏の地ごしらえからグスク時代の人骨が発見されました。
人骨は20歳前後の女性で、身長は150センチほどでした。人骨の状態は良好で、仰向けで両腕、両足を胴体に密着するまで強く折り曲げられた状態で葬られ、副葬品はありませんでした。
浦添市教育委員会
と、書いてあります。
採石により失われたエリアの森奥に進んで
お墓の側を通り抜けると
ワカリジーがあります
浦添城跡の東端に高く突出した石灰岩で、今なお人々の信仰を集める拝所、御嶽です。
ワカリジーの頂上は浦添市内で最も標高が高く148.1m。
1713年に成立した地誌「琉球国由来記」には浦添城内の御嶽についての記述があり、その中の「小城嶽」はワカリジーにあたると考えられています。
「為朝岩」とも呼ばれますが、これは近代になって付けられた呼称だと言われています。
ワカリジーは、英祖王と神女職のウシキンベーとの間に生まれたイソノシー(伊祖の子)を祀った場所とされ、主に前田集落から信仰され、首里や那覇からも参拝者が訪れたといいます。
沖縄戦中は米軍から「ニードルロック(針のような岩)」と呼ばれ、日米両軍の間で争奪戦が繰り広げられました。
浦添市教育委員会
と、書いてあります。
拝所です
以前、うらおそい歴史ガイドさんの案内で歩いた道を記憶辿りながら草をかき分けかきわけ、麓まで降りて、
浦添大公園南エントランスまできました〜!
クーラー効いてて涼しいです✨
資料も無料で見れます!
お手洗いもあります
うらおそい歴史ガイドさんが常駐してますので質問もできますよ♪
開館時間:午前9時〜午後5時
入館料:無料
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
12月28日〜1月3日
電話:098-876-3555
駐車場:30台
こんなに大公園なの!??!って驚きました💦笑
浦添城跡はこの地図の右側
どれだけ広いか伝わりますかね〜?
古い石と新しい修復した石が混在しているそうです
首里の平良橋(太平橋)が木製の橋であり、雨が降ると道がぬかるみ、人々が往来するのにとても不便であったため、尚寧王の命により整備したことが道の完成を記念して建てられた「浦添城の前の碑」に記されています。
2006年からの発掘調査では尚寧王が整備した当時の石畳を確認し、当時の石を生かしながら復元整備しました。
浦添市教育委員会
と、かいてあります。
読みにくいので、書きます
浦添城の前の碑
この石碑は、1597年に浦添城と首里を結ぶ道路を整備した時の竣工記念碑です。
石碑の表に平仮名の琉球文、裏に漢文で、尚寧王の命により国民が力を合わせて石を積んで橋を架け、岩を刻んで道路を作ったことが記されています。
碑首は、16世紀の琉球王国の象徴文様である日輪双鳳雲文で飾られています。
石碑の前の大きな石は、「馬ヌイ石」と呼ばれ、馬に乗るための踏み台と言われています。もとの石碑が去る沖縄戦で台座もろとも破壊されたため、1999年に復元しました。
浦添市教育委員会
と書いてあります
浦添城跡南斜面の発掘調査を行ったところ、琉球石灰岩の岩盤上に城壁がみつかりました。特に2017年には長さが約8メートル、高さ約2メートルを測る残りの良い城壁が見つかりました。
この城壁は布積みという技法で積まれ、縦方向に連続する継ぎ目がみられます。造られた時期は14世紀〜15世紀初めの頃と考えられます。
また、岩盤には平らに加工した跡も発見され、平らにしたガンバンの上に切石を据えていた事がわかっています。
浦添市教育委員会
浦添城跡行きたくなりましたか?
首里城規模のお城だったといわれる浦添城
綺麗にきちんと
整備されていないからこその
味があって良いですね
趣があり自然のまま残された部分もあり
謎も多く
ロマンを掻き立て
戦争で破壊されたり、戦後の採石で削られた部分もありますが
浦添城跡ならではの
良さがあると思います
沖縄戦の戦跡としての前田高地のお話はまた次回
長い文を
最後までお読み頂きありがとうございました!
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