また読んでしまったサレ妻さんのブログ。
現在進行形で辛い思いをされている。
感情移入してしまうと自分のことのように苦しくなる。
私だったらどうするだろう。
こんなふうに頑張れるかな?
少しの疑惑でさえも夫に執着してしまった過去の私。
あれから4年が経とうとして、私もスタンスが変わってきたように思いますが、それでも取り戻そうとしてしまうかもしれません。
その立場になってみないと自分がどうなるかはわかりませんが、現時点では私はこうありたいと思うものがあります。
あくまでも私の考えですが…
夫が不貞を働いた場合、相手への怒りよりも夫への失望の方が勝つような気がします。
相手にもよるのかもしれませんが…
結婚していても他の人を好きになることはあり得ます。
ならばきちんと私との関係を精算してから、相手に向かえば良いこと。
順番というものがあります。
よく「家庭を壊すつもりはなかった」という言葉を聞きますが、そんな言い訳が通るはずもありません。
それがどんな事情であろうともです。
どれだけ夫婦関係が破綻していようと、居場所が無かろうと、殺意が湧くほどパートナーを嫌っていようとです。
逃げてしまうこともあると思います。
そんなつもりはなかったのかもしれなくて、少しの心の隙間に入ってしまったものがいつの間にか大きくなってしまうこともあるのかもしれません。
でもそのことに気がついた時点で、やってしまったことに対する精算は必要だと思います。
自分のしていることに気が付きながらも、家庭を失う覚悟を持たずに嘘を重ねていくことを続けられる自己中心的な感覚であるならば、私はそんな夫は要らないのです。
自分の良心さえも裏切っていることを許せる人を尊敬出来ません。
そんな夫とその先の人生を楽しく過ごせるわけがありません。
どんな理由があろうと、私と向き合わずに逃げたまま自己保身に労力を注ぐような人が夫ならば、そんな夫に執着する自分を私は許せません。
私に子供がいないことは大きいのかもしれませんが、自尊心を大切にして頑張るシンママさんやシンパパさんもいらっしゃいます。
お子さんがいらっしゃるからこそ頑張れるのかもしれないですが、私は子供がいない分を自分の為に頑張らなくてはと思うのです。
両親が他界して兄弟もいない私は、夫を失う孤独を恐れてきましたが、それよりも共に歩む人がいるのに孤独を感じる方が辛いような気がします。
それならば心が穏やかでいられる孤独を選びたい。
自分の尊厳だけは失いたくない
それが私のありたい姿です。
なってみないとわからないのに偉そうな自論を書きましたが、私はこうありたいと思えることが私にとって自分を大切にすることに繋がります。
現在苦しんでいる方にとっては、机上の空論で不快に思われるかもしれませんが、私自身に向けた心の備えとご理解ください。
そんな日が訪れないに越したことはないけれど、世の中に溢れる裏切りのニュースを目にする度に、人間の闇はどこに隠れているかわからないと他人事に思えなくなったので書きたくなりました。