2月18日に、
17年間飼っていた愛猫が亡くなりました。



小学生の頃から飼っていた子で、
私の心の支えになってくれて、
安らぎや、癒しをくれました。








亡くなる3〜4日前には、涙が止まらなかった。
ああ、もう逝ってしまうんだなぁって。
言葉にならなくても、
カラダは本当に分かっている。




女性は特に、頭よりも先にカラダで分かってしまう。だから頭が追いつく(言葉にできる)のは後からだっていうのはこういう感覚だったのか、と思った。






亡くなってから、しばらくは本当に悲しくて。
寂しくてたまらなかったし、
心がとっても重く感じた。





だけど、
これは全部全部この子がもたらしてくれたものなんだなぁと思った。


安らぎや癒し、楽しさや愛くるしい気持ち、悲しみや苦しみ、ショック、寂しさ…


全部全部、余す事なく、この子がもたらしてくれたものだった。









生きたこと。
死んだこと。

そのすべてを、与えてくれました。



どちらか、ではなくて…


本当に本当に、まるっとすべて。



「全て」としか言いようがない、他の言葉が当てはめられないくらい。

本当に「全て」。





「全て喜びである」




生きたことだけが全てじゃないし、
死んだことだけが全てじゃない。


全部。全部。





こんなにも愛したい、愛を注ぎたい、たくさんたくさん愛でたいという自分にも気付かせてもらった。




愛は、もらうもの、与えられるものしか、見てなかった。


愛はそういうものでしょ。とすら思ってた。






前に、オンラインサロンでさきこさんが
「愛するということ」という本を紹介してくださって、その時は「へぇ〜〜」という軽い気持ちで思っていた。




自分にそんな愛したい気持ちがあることすら、
気付かなかった。



まだ全部読めてません笑
そういえばもっと前?に紹介されていた「人は死なない」という本も、とっても癒しになりました。





本当にたくさんの恵みをもたらしてくれました。

全てをもたらしてくれました。






「全て喜びである」

これは、本当にそうなんだと、体感する出来事だった。




「全て喜びである」という真理。




さきこさん、ありがとうございます流れ星