コンピューターシティのこと(その2)
(このエッセイの前段部分は→こちら)
ちょっと寄り道(ピッチの話)
コンピューターシティという曲の持つ魅力について、もう少し書き継いでみたい。今回は、コード進行や小節割りなどについても、細かくなり過ぎない程度に触れたいと思う。
ところで、コード進行の話しをするためには、少し寄り道して、この曲のキーというかピッチ(音程)について書かなくてはならない。実は、この曲の音源は、普通のチューニング対比で、1/4音(50cent相当)ほど音程がずらされている(=基準ピッチがA=440Hzではない)。この曲を耳コピしようとしたことがある人なら、普通に(A=440Hzに)チューニングされた楽器だと原音を再現できないことに気づいたことと思う。以下では便宜上、この曲のキーはE(ホ長調)として書くことにするが、実際には「仮に1/4音チューニングを上げたとすれば…」ということになる(因みに、市販の楽譜類の多くも同じ扱いになっている)。
この話、もう少しだけ続けると、中田ヤスタカの作った曲ではごく普通の音程の曲もある(リニアモーターガールは普通)一方、例えばエレクトロ・ワールドもこの曲と同じくチューニングが1/4音ほどずれている。まぁ、クラシックじゃないので、調性の選択(例えば「へ長調」「ハ短調」)自体に「その楽曲で表現したい情感」を伝える機能がある訳じゃないし、50cent相当のズレだと洋楽よりはむしろ雅楽のピッチ(430Hz)に近いけど「雅楽のチューニングを意識した」というサプライズもさすがに考えにくいので、実際には「声の響き」とか、そういった技術的な理由で選ばれたものなのであろう。
シンプルさと表情の豊かさ
この曲のコード進行の骨格をみると、転調は一度もなく、基本的にトニック(主和音)であるE(と代理和音のC#m7)、サブドミナント(下属和音)であるA(とその代理和音のF#m7)の間を行き来する、比較的シンプルな構造になっている。勿論、あいまいな性格を持つIIIm7(G#m7)をはさんだり、さらっとドミナント(属和音=B)を通ったりといった変化はつけてあるんだけれど、大きな作りとしては2種類のコードの間の反復移動構造になっている。Aメロ、Bメロといった曲の一部が、こうした和音の反復移動でできている例は結構みるけれど、J-Popsの楽曲で、曲の大半がここまで割り切った構造になっているのは、やはりユニークと言えるだろう。
ここで「曲の大半が」という表現を使ったのは、1つ大きな例外があるためで、それは「絶対故障だ~」というメロディのところ。ここのコード進行だけは、サブドミナントで始まってドミナントで締めており、この曲の中で「絶対故障だ~」の節が終わった時に雰囲気の違いを感じる理由の一つである。この部分は、曲の最後を締めるメロディでもあるので、ある意味エンディングの雰囲気作りにも一役買っているコード進行と言える。
ところで、中田ヤスタカの各所におけるインタビューをみると、(ある種のJ-Popsの楽曲にありがちな)「コード進行が先にありき」の曲作りはしていないことがしばしば強調されている。例えば、YAMAHA Digital World 2007のトークセッションでは、
そうした表情付け、キャラクター作りの一環として、ボーカルの音色を使い分けていることは前回書いたが、それに加えて、メロディそのものにおいても、リズムの刻み方(いわゆる符割)などに工夫がこらされている。
例えば、この曲の大きな魅力の一つは、「雲と雲の間をつきぬけて~」というメロディに入った時の爽快感だと思うけれど、これはこの部分における8分音符のリズミカルな符割(譜例1)と、それ以外のメロディにおける「音を伸ばす」符割(譜例2。「か~んぺきな」と前を伸ばしたり、「どうして~」「もうすぐ~」と後ろを伸ばしたりしている)との間のコントラストが大きな理由の一つとなっている。
譜例1 8分音符のリズミカルなメロディ

譜例2 音を伸ばすメロディの例(×2)

勿論、この部分の魅力は、符割だけに止まるものではなくて、「ありふれたスピードを超えて」という歌詞自体の持つ力や、前述したボーカルの使い方などが「合わせ技」で利いている訳だし、さらには2度目にこのメロディに帰ってくるとき(おそらくこの曲のハイライト)には、バスドラムとベースが休みに入り、「引き算をすることで、スピード感やインパクトが強まる」という絶妙なアレンジが見られる。ただ、元々のメロディの明確な性格付けが、曲としての奥行きや彫りの深さに繋がっていることは間違いないと思う。
この曲は、曲の組み立てというか小節割りにもちょっとした「崩し」がある。普通、4つ打ちのダンス・ミュージックは、1小節にバスドラムを4回キックし、その1小節を4つx2回組み合わせた「8小節」で一つの流れができている。だから、ループなどに入った時に聴き手は8小節単位で曲が展開していくことを自然と予期したりするし、間奏部分では無意識のうちに8小節単位の区切りの部分で「そろそろ歌に戻るかな? それとももう8小節分の間奏が続くかな?」と感じたりする。DJが、ダンス・ミュージックを繋いでいく時に、8小節単位の流れの「途中」で繋がないよう、(リリースのタイミングに)気を配ったりすることがあるのも、そのためである。
ところが、この曲では、「カンペキな計算で~」というメロディは7小節分のコンテンツしかなく、続く「どうして~、ねぇコンピューター」の冒頭の「ど・お・しっ」は1小節早めに入ってくる形になっている。同様に、「もうすぐ~、変わるよ~、世界が~」というメロディも6小節しかない。つまり、どちらの箇所も、無意識のうちに8小節単位の「区切り」を予想している聴き手にとっては、ちょっとした不意打ちが待っていることになり、しかも、それを破綻のない形で曲に織り込むことによって、全体として新鮮な印象を生み出している。
これだけ書いてきても、なおこの曲の魅力が表現しきれてるとは言えないけれど、それでもボーカルの音色、アレンジ、メロディの符割、小節割などなど、様々な工夫をこらすことで、「全編歌いっぱなしで、イントロも間奏もアウトロもなく、転調もなく、コード進行もシンプルな曲」に、「そんなことを微塵も感じさせないような豊かな表情付け」を軽々とやってのけていることがみてとれる。数か月後にcapsuleの名盤「FRUITS CLiPPER」のリリースを控えた、この時期における中田ヤスタカの充実振りの一端がうかがわれる作品と言えるのではないだろうか。
なお、今回も、セットリストでの位置付けやパフォーマンス面での特筆すべき点などに触れることができなかったので、それらについてはまた筆を改めて書いてみることとしたい。
ちょっと寄り道(ピッチの話)
コンピューターシティという曲の持つ魅力について、もう少し書き継いでみたい。今回は、コード進行や小節割りなどについても、細かくなり過ぎない程度に触れたいと思う。
ところで、コード進行の話しをするためには、少し寄り道して、この曲のキーというかピッチ(音程)について書かなくてはならない。実は、この曲の音源は、普通のチューニング対比で、1/4音(50cent相当)ほど音程がずらされている(=基準ピッチがA=440Hzではない)。この曲を耳コピしようとしたことがある人なら、普通に(A=440Hzに)チューニングされた楽器だと原音を再現できないことに気づいたことと思う。以下では便宜上、この曲のキーはE(ホ長調)として書くことにするが、実際には「仮に1/4音チューニングを上げたとすれば…」ということになる(因みに、市販の楽譜類の多くも同じ扱いになっている)。
この話、もう少しだけ続けると、中田ヤスタカの作った曲ではごく普通の音程の曲もある(リニアモーターガールは普通)一方、例えばエレクトロ・ワールドもこの曲と同じくチューニングが1/4音ほどずれている。まぁ、クラシックじゃないので、調性の選択(例えば「へ長調」「ハ短調」)自体に「その楽曲で表現したい情感」を伝える機能がある訳じゃないし、50cent相当のズレだと洋楽よりはむしろ雅楽のピッチ(430Hz)に近いけど「雅楽のチューニングを意識した」というサプライズもさすがに考えにくいので、実際には「声の響き」とか、そういった技術的な理由で選ばれたものなのであろう。
シンプルさと表情の豊かさ
この曲のコード進行の骨格をみると、転調は一度もなく、基本的にトニック(主和音)であるE(と代理和音のC#m7)、サブドミナント(下属和音)であるA(とその代理和音のF#m7)の間を行き来する、比較的シンプルな構造になっている。勿論、あいまいな性格を持つIIIm7(G#m7)をはさんだり、さらっとドミナント(属和音=B)を通ったりといった変化はつけてあるんだけれど、大きな作りとしては2種類のコードの間の反復移動構造になっている。Aメロ、Bメロといった曲の一部が、こうした和音の反復移動でできている例は結構みるけれど、J-Popsの楽曲で、曲の大半がここまで割り切った構造になっているのは、やはりユニークと言えるだろう。
ここで「曲の大半が」という表現を使ったのは、1つ大きな例外があるためで、それは「絶対故障だ~」というメロディのところ。ここのコード進行だけは、サブドミナントで始まってドミナントで締めており、この曲の中で「絶対故障だ~」の節が終わった時に雰囲気の違いを感じる理由の一つである。この部分は、曲の最後を締めるメロディでもあるので、ある意味エンディングの雰囲気作りにも一役買っているコード進行と言える。
ところで、中田ヤスタカの各所におけるインタビューをみると、(ある種のJ-Popsの楽曲にありがちな)「コード進行が先にありき」の曲作りはしていないことがしばしば強調されている。例えば、YAMAHA Digital World 2007のトークセッションでは、
レコーディング用のコード進行は適当に作るので、実際に歌を録ってみて、歌の様子を見ながらコードを考え直して変えていく、という作業をよくします。と発言している。となると、この曲もコード進行が予め「制約」としてあった訳ではないとみられるが、出来上がった作品が機能的にはシンプルな構造を採っているにもかかわらず、曲調がドライというか単調なものにならないのは、メロディや音作りにおける「表情付け」がうまくいっているからであろう。
声自体がどういうふうに録れるかは、予想していたのとは微妙に違うこともあるので、やっぱり、声の様子にコードを合わせたくなるんですよね。
そうした表情付け、キャラクター作りの一環として、ボーカルの音色を使い分けていることは前回書いたが、それに加えて、メロディそのものにおいても、リズムの刻み方(いわゆる符割)などに工夫がこらされている。
例えば、この曲の大きな魅力の一つは、「雲と雲の間をつきぬけて~」というメロディに入った時の爽快感だと思うけれど、これはこの部分における8分音符のリズミカルな符割(譜例1)と、それ以外のメロディにおける「音を伸ばす」符割(譜例2。「か~んぺきな」と前を伸ばしたり、「どうして~」「もうすぐ~」と後ろを伸ばしたりしている)との間のコントラストが大きな理由の一つとなっている。
譜例1 8分音符のリズミカルなメロディ

譜例2 音を伸ばすメロディの例(×2)

勿論、この部分の魅力は、符割だけに止まるものではなくて、「ありふれたスピードを超えて」という歌詞自体の持つ力や、前述したボーカルの使い方などが「合わせ技」で利いている訳だし、さらには2度目にこのメロディに帰ってくるとき(おそらくこの曲のハイライト)には、バスドラムとベースが休みに入り、「引き算をすることで、スピード感やインパクトが強まる」という絶妙なアレンジが見られる。ただ、元々のメロディの明確な性格付けが、曲としての奥行きや彫りの深さに繋がっていることは間違いないと思う。
この曲は、曲の組み立てというか小節割りにもちょっとした「崩し」がある。普通、4つ打ちのダンス・ミュージックは、1小節にバスドラムを4回キックし、その1小節を4つx2回組み合わせた「8小節」で一つの流れができている。だから、ループなどに入った時に聴き手は8小節単位で曲が展開していくことを自然と予期したりするし、間奏部分では無意識のうちに8小節単位の区切りの部分で「そろそろ歌に戻るかな? それとももう8小節分の間奏が続くかな?」と感じたりする。DJが、ダンス・ミュージックを繋いでいく時に、8小節単位の流れの「途中」で繋がないよう、(リリースのタイミングに)気を配ったりすることがあるのも、そのためである。
ところが、この曲では、「カンペキな計算で~」というメロディは7小節分のコンテンツしかなく、続く「どうして~、ねぇコンピューター」の冒頭の「ど・お・しっ」は1小節早めに入ってくる形になっている。同様に、「もうすぐ~、変わるよ~、世界が~」というメロディも6小節しかない。つまり、どちらの箇所も、無意識のうちに8小節単位の「区切り」を予想している聴き手にとっては、ちょっとした不意打ちが待っていることになり、しかも、それを破綻のない形で曲に織り込むことによって、全体として新鮮な印象を生み出している。
これだけ書いてきても、なおこの曲の魅力が表現しきれてるとは言えないけれど、それでもボーカルの音色、アレンジ、メロディの符割、小節割などなど、様々な工夫をこらすことで、「全編歌いっぱなしで、イントロも間奏もアウトロもなく、転調もなく、コード進行もシンプルな曲」に、「そんなことを微塵も感じさせないような豊かな表情付け」を軽々とやってのけていることがみてとれる。数か月後にcapsuleの名盤「FRUITS CLiPPER」のリリースを控えた、この時期における中田ヤスタカの充実振りの一端がうかがわれる作品と言えるのではないだろうか。
なお、今回も、セットリストでの位置付けやパフォーマンス面での特筆すべき点などに触れることができなかったので、それらについてはまた筆を改めて書いてみることとしたい。