アンニョンハセヨ晴れ


最近一段と暖かくなってきましたね!

今日は先日書いた急遽帰国の話に続き
帰国して家族拒絶された話を書いて行きたいと思います。





私は日本でもど田舎の熊本県のさらに田舎の方に住んでいました。

田舎なのでバスも電車もない状況
車がなかったら生活できないところに住んでいました


今回帰国する時には2週間の待機が伴うため自宅で隔離をすることになっていました。


帰国が決まった時に親に電話すると


空港まですら迎えに行けない&できれば帰ってきて欲しくない


とのこと
(コロナ感染を恐れて)





私が帰国するときはちょうど緊急事態宣言もだされていて、
熊本県も独自の緊急事態宣言を出していました。


そのため空港がある福岡まで行けない
しかも海外から帰国した家族が家で隔離してることが会社にしられると自分も仕事に行かなくなる



コロナの影響で色々制限が出されていて福岡にいる姉の家に居候することになりました。



色々事情を伝えて居候することを話すと



ふざけるな、卒論終わって最後の友達との約束が、全部お前のせいで潰れるじゃないか



いやいやいや、コロナだからそもそも友達と遊べるわけないやろ真顔


と内心思いながらしばしば了承して空港まで迎えにきてくれたことは感謝しております



そして2週間の待機が終わりビザ申請をして福岡から熊本に帰ろうと思っていたらまたもや事件発生





帰国する前から隔離が○日に終わるからバス停まで迎えきてくれる人いるのか聞いていました。

帰る日が水曜日だったのですが
水曜日は祖母が仕事が休みの日なので大丈夫とのこと


なので安心して隔離生活をしていました。

隔離が終わる2日前に水曜日はお昼頃帰るけど迎えは大丈夫だよね?と確認すると

みんな仕事があるとのこと



は???


水曜日大丈夫いうたやんけ、前々から確認済みやったやないかい今更なに無理とか言ってんだよ

と思っていたら親から電話があり


なんで急に水曜日帰ってくるのか、次の日にずらしたらどうなのかといかにもわたしが今まで連絡してなかった口調


もう話通じないわ思いました


電話越しに1番会いたかった祖母も迎えに行くのが嫌だと言う声が


あー家族に突き放されてる自分はもう必要とされてないのかなと溢れ出す涙




自分だってビザの件がなかったら帰国なんてしたくなかったのに
コロナだからみんな毛嫌いするのはわかってたけど


それでも家族だから一言



おかえり

って

大変だったでしょ

って



そう言う言葉が聞きたかったのに


家族に帰ってきてほしくないと言われた私はもう自分の育った場所には居場所がないことを痛感させられたら出来事でした。





それでもまだ救いだったのは友達がいたことです
離れててもずっと仲のいい友達がいてくれるのはほんとに励みになりました。


1日でも早く韓国で自分を待っていてくれる人たちの所に帰れたらいいなと思います。

今回はちょっとしんみりした話でしたが
最後まで読んでいただいてありがとうございました


それではあんにょーん