パパが毎晩、帰ってくるような気がして

家の中の色んな音に耳を澄ます。


玄関を開ける音、スリッパを履く音、廊下を歩く音・・・。

私の知っているいつもの音が

あの日を境に、もう聞こえてこない。


階段を上ってくるときの、ちょっとつらそうな

でもようやくお布団に入れる安心したような、あの足音。

「パタッ、パタッ」

時々、階段の途中でつまづくらしい。

「パタッ、パタッ、カッ・・・・・・・・、パタッ」


私はパパのあらゆる癖をよく知っている。

だって、私とパパはそっくりだから。

私は、パパの娘だから・・・。



似た者同士だから、たくさん喧嘩もしたね。

「パパみたいに絶対ならないんだから!」

なんて言っていたはずが、いつのまにか私もパパみたいになってた。


頑固者で、意地っ張りで、見栄っ張りで、わがままで・・・。

でも人一倍サービス精神の旺盛なパパ。


毎朝、私の自転車を玄関の外へ出しておいてくれたよね。

そして、朝は機嫌が悪い私は「行ってきます」も言わないけれども

それでも、必ず決まって私が階段を下りてくると

玄関の外まで見送りに来てくれた。

そして、毎朝変わらない大きくて元気な声で

「はい、行ってらっしゃい!!」

と言って、送り出してくれる。




パパ、どうしてあの日私は

「行ってきます!」と言えなかったんだろう・・・。

どうしてそのたった一言が言えなかったんだろう・・・。




夜、家族全員が寝静まると

決まって私は玄関から聞こえてくる音に耳を澄ます。


きっと今日こそ、パパが帰ってくる。

半分以上が溶けている駅で買ったアイスや

コンビニや自動販売機で買った炭酸系のジュース・・・。

いつものように、そんなたくさんのお土産を持って

きっとパパは帰ってくる。


そして、帰ってきたら私は大きな元気な声で

「お帰りっ!!」

と言うだろう・・・。


家の中が、菊の花だらけの理由が

未だに掴めなくて

何故だか切なくて、胸が苦しくて

涙が急に止まらなくなる。



いくら泣いても、どれだけ叫んでも

もう、パパは帰ってこない・・・。








家の中が、やたらと静かだ。

「ただいま~~~~。あちあちあち~。」

と言いながら、居間へ入ってくるパパの姿はもうない。


懐かしい。

暑がりなパパは、いつも汗をかいていた。

いつも似たような黄色いタオルを持ち歩いていて

一生懸命、汗をぬぐっていたっけ・・・。


パパが帰ってきてクーラーがきいていないと

よく怒られたっけ・・・。


写真の中のパパは、どれもこれも笑っている。

いい笑顔だ。

優しくて柔らかい、いい笑顔。


私が3歳の誕生日の時の写真がある。

撮影したのはママ。

パパはジュースを飲む私にくっつこうとしているが

私が「パパこないで!」という表情をしている。

私達の前にはろうそくが3本たっている大きなホールケーキ。


パパは甘いものが大好きで

お誕生日の私よりも沢山の量のケーキを食べたんだろうな~、と思う。


パパ。

やっぱり、どうしても淋しいよ・・・・・・。

パパが立っていない夜の台所はいつもよりも広く見える。

いつもお皿を洗ってくれていたね。

お皿を洗った後には

必ず家族全員にお茶やコーヒーをいれてくれたよね。


パパのいれてくれるお茶は

いつもちょっとだけ蒸らしすぎで、苦いけれども

でも私にとって、それがお茶だったんだよ。


パパ・・・・・・。

パパの大好きな甲子園がもうはじまっています。

パパのラジオをつけてみると

毎年変わらない甲子園の音。

私にとって、甲子園の歓声は夏のBGMのようなもの。

「お!今年はこの学校強いね~」

なんて言いながら、汗を拭きながら、笑顔をふりまきながら

またパパが居間に入ってくるような気がして

私は今日も寝付けない。

居間でパパを待っています。









今日のお昼前に、警察が家にやってきた。

パパが最後に着ていた服や、つけていたネクタイ。

それから、見るのがとてもつらかったけれども

ぐちゃぐちゃになった自転車が、ようやく我が家へ帰ってきた。


おかえり、パパ。

やっと帰って来れたね。

骨だけ帰ってきても、服がないとねぇ・・・。

今まで寒かったかな、もしかして?


パパの着ていた半そでのYシャツ

それから、夏によくはいていたグレーがかった水色のスラックス

それから、太っていた時に穴をたくさんあけてもらった黒い皮のベルト・・・。


どれもこれも懐かしい。

まだパパがいなくなってから、たったの2週間しか経っていないのに

全てのものが懐かしい。

パパの服や持ち物からは、いつものにおい。

マイルドセブンのタバコの香り。

あんなに臭い臭いといって騒いだのに

今となっては切なくて懐かしい香り・・・。



誰もはいていない青いスリッパや歯ブラシ。

食卓には、夫婦茶碗が片方だけが伏せられていて淋しそうにしている。

台所へいけば、お客様用のお箸が入っている引き出しに

いつもパパが使っていたお箸が入れられている。

洗面所へいけば、パパがいつも使っていたヘアブラシや髭剃りがある。

いつも私は

「髪の毛ないからヘアブラシなんて必要ないでしょ!」

なんていって、からかったっけ・・・。



パパ・・・。

一体どこへ行ってしまったの?

まだ間に合うよ?

隠れているのなら、早くでておいでよ。

大丈夫。

いつもみたいに「遅いよ!」なんて怒ったりしないから。

パパの大好きなブルーマウンテンのコーヒー、淹れてあげるよ。

あとね、イチゴ大福買ってあるよ。



でも、もう私のお土産を食べてくれるパパはいない・・・。

いつもの大きな声が響かなくなった我が家は

まるで他人の家のよう。

いつもコーヒーの香りがしなくなった我が家は

まるで他人の家の台所のよう。





パパ・・・・・・・。

夢枕でもいい。

もう一度だけ会って、一緒にお酒を飲みたいよ。

約束だったから、お酒を一緒に飲むって。

上野のお店に連れて行ってくれる約束だったから。



そうやって、今日もパパの遺影の前で

私は濃いコーヒーを飲みながら

パパを思い出す。