翌朝も気の抜けるようないい天気だった。彼女はやはり起きたそばから室内の埃をまき上げる勢いでバタバタと走り回り、私はその音で目を覚ました。私が顔を
洗って食事の準備をしようとふと見ると、彼女はダイニングと部屋続きのリビングの片隅の翳にうずくまって、昨日彼女が薄汚れたズタ袋で街から運んできた中
身を床にぶちまけて、その一つ一つを確かめていた。
「あなたは何をそんなに荷物を持ってきたんですか。」
「見て見て、これあたしの宝物なんだ。ぬいぐるみ。結構、かわいいでしょ。」
「ええ、そうですね。見ようによってはかわいく見えるんでしょうね。お嬢さんとっては、そうなんでしょう。でも、悪いですが私にはぼろ布の塊にしか見えません。違うんですか?」
「失礼ねえ。くまさんよ。そりゃ、鼻がないし、汚れてるし、糸もほつれてるし、ちょっときついけど。あたしにとっては大事な宝物なの。彼と一緒じゃなきゃまともに生きられないの。ほんとよ。」
そう声を落として胸に抱きしめたのは、よく廉価で販売されてすぐに飽きられる、手のひら大の一応、ぬいぐるみだった。他のも、縁が欠けたフライパンとか、 歪んだスプーンとか、擦り切れた毛布とか、ひびの入ったブローチとか、書けそうもない万年筆とか、ごみと見紛うような品々をわざわざ持ち込んで自分への所 属を確かめたがるのだった。私はため息をついた。
「これは全部、あなたが買ったんですか?」
「ううん、拾った。」
「とんでもない答えですね。」
「だって、大事にすればまだ使えるものばかりなのに、もったいないじゃない。それに、あたし、この子たちの声が聞こえるの。拾って拾って、って。私も僕も辛い過去を消して、って。」
「それで持ってきちゃったんですか。過去を消して、ですか。あなたにも困ったものですね。」
「しょうがないじゃない。あたし、あなたに過去を消してもらいたいから来たんだよ?」
「ああ、そうでしたね。忘れるところでした。いっそ忘れてくれてればよかったのに。」
「そんなことはできないよ。大事なことだもん。」
「その、私に消してもらいたい過去という奴は話してもらえないんですか?」
彼女はしばし私の眼を見つめて、顔を背けた。
「意地悪な人は、嫌。」
「そうですか。」
「それにいくらあなたでも話したくない。思い出したくないの。」
「私も特に聞きたいわけじゃありません。聞いたから何か変わるわけではないし、おそらく聞けば損するだけでしょうね。その過去が辛ければ辛いほど。」
私は彼女の持ち込んだものたちを改めて眺め直した。
「・・・何、じろじろ見てるの?恥ずかしいなあ。」
「恥ずかしいんですか?どうしてです?」
「これだけしかないんだもん、私の財産。これだけしか・・・」
「そうですか。私はそうは思いませんね。いくら拾いものでも、これだけあれば少なくはないんじゃないでしょうか。ま、多すぎることはないですけど。」
「また、あなたは。どう見ても少ないよ。あなたはいいよね、こんな家があって。」
「そうですか?そう見えますか?これ、実は私の持ち物じゃないんですけど。」
「え?借りてるの?」
「ははは。違いますよ。とりあえず今は、この家が私のものでないことだけ明かします。」
「なにそれ。変な人。」
「お互い様ですよ。あなたも十分、変な人です。・・・さ、それよりご飯にしますよ。」
「うん、そうだね。今度はあたしが作ってあげるよ。あなたは席で待ってて。」
「賛成しませんね。あなたに任せると何が起こるやら・・・」
「意地悪!」
台詞とは裏腹に軽やかな足取りの彼女がかまどの前で振り向くと全身で「大丈夫」のサインを送ってきた。私は苦笑いしかなかった。
「あなたは何をそんなに荷物を持ってきたんですか。」
「見て見て、これあたしの宝物なんだ。ぬいぐるみ。結構、かわいいでしょ。」
「ええ、そうですね。見ようによってはかわいく見えるんでしょうね。お嬢さんとっては、そうなんでしょう。でも、悪いですが私にはぼろ布の塊にしか見えません。違うんですか?」
「失礼ねえ。くまさんよ。そりゃ、鼻がないし、汚れてるし、糸もほつれてるし、ちょっときついけど。あたしにとっては大事な宝物なの。彼と一緒じゃなきゃまともに生きられないの。ほんとよ。」
そう声を落として胸に抱きしめたのは、よく廉価で販売されてすぐに飽きられる、手のひら大の一応、ぬいぐるみだった。他のも、縁が欠けたフライパンとか、 歪んだスプーンとか、擦り切れた毛布とか、ひびの入ったブローチとか、書けそうもない万年筆とか、ごみと見紛うような品々をわざわざ持ち込んで自分への所 属を確かめたがるのだった。私はため息をついた。
「これは全部、あなたが買ったんですか?」
「ううん、拾った。」
「とんでもない答えですね。」
「だって、大事にすればまだ使えるものばかりなのに、もったいないじゃない。それに、あたし、この子たちの声が聞こえるの。拾って拾って、って。私も僕も辛い過去を消して、って。」
「それで持ってきちゃったんですか。過去を消して、ですか。あなたにも困ったものですね。」
「しょうがないじゃない。あたし、あなたに過去を消してもらいたいから来たんだよ?」
「ああ、そうでしたね。忘れるところでした。いっそ忘れてくれてればよかったのに。」
「そんなことはできないよ。大事なことだもん。」
「その、私に消してもらいたい過去という奴は話してもらえないんですか?」
彼女はしばし私の眼を見つめて、顔を背けた。
「意地悪な人は、嫌。」
「そうですか。」
「それにいくらあなたでも話したくない。思い出したくないの。」
「私も特に聞きたいわけじゃありません。聞いたから何か変わるわけではないし、おそらく聞けば損するだけでしょうね。その過去が辛ければ辛いほど。」
私は彼女の持ち込んだものたちを改めて眺め直した。
「・・・何、じろじろ見てるの?恥ずかしいなあ。」
「恥ずかしいんですか?どうしてです?」
「これだけしかないんだもん、私の財産。これだけしか・・・」
「そうですか。私はそうは思いませんね。いくら拾いものでも、これだけあれば少なくはないんじゃないでしょうか。ま、多すぎることはないですけど。」
「また、あなたは。どう見ても少ないよ。あなたはいいよね、こんな家があって。」
「そうですか?そう見えますか?これ、実は私の持ち物じゃないんですけど。」
「え?借りてるの?」
「ははは。違いますよ。とりあえず今は、この家が私のものでないことだけ明かします。」
「なにそれ。変な人。」
「お互い様ですよ。あなたも十分、変な人です。・・・さ、それよりご飯にしますよ。」
「うん、そうだね。今度はあたしが作ってあげるよ。あなたは席で待ってて。」
「賛成しませんね。あなたに任せると何が起こるやら・・・」
「意地悪!」
台詞とは裏腹に軽やかな足取りの彼女がかまどの前で振り向くと全身で「大丈夫」のサインを送ってきた。私は苦笑いしかなかった。