ゆっくり食べなさい、そう教えられた。病院で。
自分の知らないところですっかり蝕まれていた苦しみから逃れるために辿り着いたその天国で、僕はするべきことをまず与えられず、甲斐甲斐しく出来た天使た ちが僕ら患者たちの間を縫うように立ち働いて、望めば排泄まで手伝ってもらえるんだって、確かに苦しみも辛さもなくて快適だよ、仕事なんかしなくていい、 煩雑な人間関係に揉まれて擦り減らす必要もない、そればかりか普段会釈しかしない知り合いや上司から思わぬ優しさの花束を投げてもらえたり、全然接点のな い親戚が枕元に訪れて束の間の親交で血の濃さを確かめたり、それはもう天国の上客なんだから、滞在中の安寧は約束されるさ。その心穏やかな時間が有限であ ろうとなかろうと僕らはひたすら、ゆっくりであれと教えられる。ゆっくり過ごしなさい、ゆっくり食べなさい、ゆっくり待ちなさい、ゆっくりやりなさい、温 度計と薬と管理名簿と止血バンドと屎尿瓶と注射器とを同時に抱えた羽根のない天使たちが自らは忙しいのにそう言って、上客の前でだけ見せる取り繕うの愛想 をしまえば感情のない眼にすり替わって、自動監視モードが発動して、その天国が僕らのものでないと思い知る。ゆっくりが色褪せる。
けれども反抗の術を持たない、持ち得ない僕ら患者は自分の不自由を飲み込んでそこのシステムに従うよりなく、実際問題として、決して順を飛び越してまで焦 りたがらない病院での生活はひとつひとつの「やるべきこと」の間隔が遠く感じられて、手持ち無沙汰で、「やるべきこと」は実に貴重な張り合いのある時間 だった。それが例え仕組まれた、僕らから自由の翼を持ちたいという意思を潰すための巧妙な心理的なトリックだったとしても、劇的に苦しみ痛みを軽減してく れる麻薬を恵んでもらうために課せられた事前儀式だったとしても、「やるべきこと」を待ち侘びるのは必然だった。特に膵臓の機能が破壊された僕のような糖 尿患者にとっては、本来なら楽しいはずの食事が「やるべきこと」であり、出された献立をなるべくゆっくりゆっくり食べることが治療なのだと信じるしかでき なかった。
自動監視モードから居直った天使たちは言う。そうすることで食べたものの消化を遅らせられてインスリンの分泌を穏やかにして膵臓の負担が減るのだと。そう することで食べ物の味を噛み締めることができて食事のありがたみが分かるのだと。(そうしてくれないとただでさえオーバーワーク気味のところへ一気に仕事 がなだれこんできていよいよ天使たちが故障してしまうのだと。)だからゆっくりは大事だ、人を壊さないために。システムを維持するために。
僕らは盲目的に信じるしかないけど、そういうものらしい。
ゆっくりといえば仕事も日常の動作も全てがそうで、どうしても健常者のペースにはなれなくて、おそらく僕の仕事は普通の7割とか8割とか、合間に休まないととても一日が持たない。絶望的なことに。
それ故に、一生消えない無痛の痛みを背負った僕の生活はスローにならざるを得ず、それがもどかしい。食べるのもゆっくり、仕事もゆっくり、愛するのもゆっくりか。
伴侶を探すのは急がないかんよ。ごもっともで。
自分の知らないところですっかり蝕まれていた苦しみから逃れるために辿り着いたその天国で、僕はするべきことをまず与えられず、甲斐甲斐しく出来た天使た ちが僕ら患者たちの間を縫うように立ち働いて、望めば排泄まで手伝ってもらえるんだって、確かに苦しみも辛さもなくて快適だよ、仕事なんかしなくていい、 煩雑な人間関係に揉まれて擦り減らす必要もない、そればかりか普段会釈しかしない知り合いや上司から思わぬ優しさの花束を投げてもらえたり、全然接点のな い親戚が枕元に訪れて束の間の親交で血の濃さを確かめたり、それはもう天国の上客なんだから、滞在中の安寧は約束されるさ。その心穏やかな時間が有限であ ろうとなかろうと僕らはひたすら、ゆっくりであれと教えられる。ゆっくり過ごしなさい、ゆっくり食べなさい、ゆっくり待ちなさい、ゆっくりやりなさい、温 度計と薬と管理名簿と止血バンドと屎尿瓶と注射器とを同時に抱えた羽根のない天使たちが自らは忙しいのにそう言って、上客の前でだけ見せる取り繕うの愛想 をしまえば感情のない眼にすり替わって、自動監視モードが発動して、その天国が僕らのものでないと思い知る。ゆっくりが色褪せる。
けれども反抗の術を持たない、持ち得ない僕ら患者は自分の不自由を飲み込んでそこのシステムに従うよりなく、実際問題として、決して順を飛び越してまで焦 りたがらない病院での生活はひとつひとつの「やるべきこと」の間隔が遠く感じられて、手持ち無沙汰で、「やるべきこと」は実に貴重な張り合いのある時間 だった。それが例え仕組まれた、僕らから自由の翼を持ちたいという意思を潰すための巧妙な心理的なトリックだったとしても、劇的に苦しみ痛みを軽減してく れる麻薬を恵んでもらうために課せられた事前儀式だったとしても、「やるべきこと」を待ち侘びるのは必然だった。特に膵臓の機能が破壊された僕のような糖 尿患者にとっては、本来なら楽しいはずの食事が「やるべきこと」であり、出された献立をなるべくゆっくりゆっくり食べることが治療なのだと信じるしかでき なかった。
自動監視モードから居直った天使たちは言う。そうすることで食べたものの消化を遅らせられてインスリンの分泌を穏やかにして膵臓の負担が減るのだと。そう することで食べ物の味を噛み締めることができて食事のありがたみが分かるのだと。(そうしてくれないとただでさえオーバーワーク気味のところへ一気に仕事 がなだれこんできていよいよ天使たちが故障してしまうのだと。)だからゆっくりは大事だ、人を壊さないために。システムを維持するために。
僕らは盲目的に信じるしかないけど、そういうものらしい。
ゆっくりといえば仕事も日常の動作も全てがそうで、どうしても健常者のペースにはなれなくて、おそらく僕の仕事は普通の7割とか8割とか、合間に休まないととても一日が持たない。絶望的なことに。
それ故に、一生消えない無痛の痛みを背負った僕の生活はスローにならざるを得ず、それがもどかしい。食べるのもゆっくり、仕事もゆっくり、愛するのもゆっくりか。
伴侶を探すのは急がないかんよ。ごもっともで。
