「あなたは過去を消す魔法を使える魔法使いだと聞いたのですが、本当ですね?」
何の前触れもなく帰ってきたあの彼女は、私が錠前をせずに自由にしておいた出入口の扉を開けるなりそう言って、夕食を食べるところだった私に目配せして図々しく家の中へ入ってきた。彼女がいばらの森を戻っていってから3日目の夜だった。
「いけませんねえ。こんな夜更けに私の家に侵入するオオカミさんは誰ですか。」
「あはは、全然変わってない。あたしは迷子の子羊よ。どうしても私の家に帰り着けないから戻ってきちゃった。・・・迷惑ですか?」
「ええ、そうですね。子羊の皮をかぶったオオカミさんは歓迎できません。でもオオカミさんを怒らせると私は食べられますから、自分でお帰りいただくまではご機嫌をとってあげないと。迷子の子羊さん、何をご所望ですか?」
「あはは。じゃあ、過去を消す魔法を。」
「すいません、魔法を忘れてしまいました。それ以外でお願いします。」
「うーん、そっか。まだか。じゃあ、この家に泊めて。おいしい食べ物と温かい毛布と優しい付き人もお願いね。」
「お安い御用です。ただし、申し上げておきますが、付き人が優しいとは限りませんよ?いいですか?」
「知ってる。確かに優しくない。優しくしないと食べちゃう、って伝えて。」
「かしこまりました。子羊なのに、ですか?」
私がにやっとすると、彼女は頬を赤らめて両手で顔を覆い、素早い動きで私のスプーンを奪い取った。
「食べちゃうのはこのスープだよー。相変わらず、上手。あたし、ずっと森を歩き通しだったからお腹ぺこぺこなの。もらうね。」
作りたての熱々を欲張ったために舌を火傷しそうになったと騒ぎながらスープをすすって満足顔の彼女と私は、顔を見合わせてしばし笑いあった。少し翳ってい たランプの明かりがまた息を吹き返して、天真爛漫な彼女の胴を手足を頭を全身をくまなく浮き上がらせた。彼女が消えた時から衣装は何も変わらず、ボロボロ の布の上から私のデニムを着用し、私の妻のものだった織物のショールを肩からかけて、森の冷気に当てられたのだろう、微かに震えていた。
私は、あるったけの優しさで彼女の冷え切った身体を抱きくるんであげた。
「お帰り、小さなお嬢さん。洗濯がまだですよ。」
「ただいま。仕方ないなー。あたしがいないと洗濯もできないのか。」
温かな窓明かりが、この家に久し振りに灯った夜だった。
何の前触れもなく帰ってきたあの彼女は、私が錠前をせずに自由にしておいた出入口の扉を開けるなりそう言って、夕食を食べるところだった私に目配せして図々しく家の中へ入ってきた。彼女がいばらの森を戻っていってから3日目の夜だった。
「いけませんねえ。こんな夜更けに私の家に侵入するオオカミさんは誰ですか。」
「あはは、全然変わってない。あたしは迷子の子羊よ。どうしても私の家に帰り着けないから戻ってきちゃった。・・・迷惑ですか?」
「ええ、そうですね。子羊の皮をかぶったオオカミさんは歓迎できません。でもオオカミさんを怒らせると私は食べられますから、自分でお帰りいただくまではご機嫌をとってあげないと。迷子の子羊さん、何をご所望ですか?」
「あはは。じゃあ、過去を消す魔法を。」
「すいません、魔法を忘れてしまいました。それ以外でお願いします。」
「うーん、そっか。まだか。じゃあ、この家に泊めて。おいしい食べ物と温かい毛布と優しい付き人もお願いね。」
「お安い御用です。ただし、申し上げておきますが、付き人が優しいとは限りませんよ?いいですか?」
「知ってる。確かに優しくない。優しくしないと食べちゃう、って伝えて。」
「かしこまりました。子羊なのに、ですか?」
私がにやっとすると、彼女は頬を赤らめて両手で顔を覆い、素早い動きで私のスプーンを奪い取った。
「食べちゃうのはこのスープだよー。相変わらず、上手。あたし、ずっと森を歩き通しだったからお腹ぺこぺこなの。もらうね。」
作りたての熱々を欲張ったために舌を火傷しそうになったと騒ぎながらスープをすすって満足顔の彼女と私は、顔を見合わせてしばし笑いあった。少し翳ってい たランプの明かりがまた息を吹き返して、天真爛漫な彼女の胴を手足を頭を全身をくまなく浮き上がらせた。彼女が消えた時から衣装は何も変わらず、ボロボロ の布の上から私のデニムを着用し、私の妻のものだった織物のショールを肩からかけて、森の冷気に当てられたのだろう、微かに震えていた。
私は、あるったけの優しさで彼女の冷え切った身体を抱きくるんであげた。
「お帰り、小さなお嬢さん。洗濯がまだですよ。」
「ただいま。仕方ないなー。あたしがいないと洗濯もできないのか。」
温かな窓明かりが、この家に久し振りに灯った夜だった。