十一月の竜は満身創痍の肉体を一処に捨て置いて惰眠を貪ることをせず、天険と言われる神の頂に果敢に挑んでいた。
脆い岩肌は身体を載せれば剥離し崩落し、長い蛇の如き尻尾で支えなければ進むも戻るもままならぬ様相だった。ずっと動きっぱなしの竜の体躯は瓦が連鎖する ように鱗が剥げ、地肌は新古の傷と血で黒ずんで汚れ、息は切れ切れで、竜のどこに天を目指して這い進む気力があるのかと訝しむ向きだった。
日の神の大いなる慈愛を背に受けられる昼間は見るからに前進をなせるものの、気紛れな月の神が力を増す夜間にはさすがに動きが鈍り、神の頂までの距離もほ とんど縮まらなかった。特に月の神が舞台から引くことを渋る朝方は、月の神の指図でその眷属どもが剥がれた神力の失せた鱗を削って霜で覆ってしまう悪戯を 仕向けることがあり、さすがの竜も太陽の出番を待つことがしばしばだった。
そんな歩みでも竜は確実に頂に近づいていて、最も勾配のきつい難所中の難所を切り抜けたときは竜も気が抜けたらしく、珍しく歌を歌い出した。里に暮らしながら、ふと手を止めて耳を澄ますくらいに清々しく、美しい歌声だった。
我は悠久を生きて神羅万象を見詰める者なり
愚かなる人よ人間よ、汝は何故に生き急ぐ、死に急ぐ
幾つもの戦場を通り過ぎた、革命を目撃した
成功の影で血が流れた、失敗は死体の山を築いた
累々たる屍の上に街があって
安寧たる暮らしの足元に髑髏が転がって
我は通過した夥しい人の死の個々を拾い上げはしない
而れども人は個々の死に泣き崩れ、念仏を唱えて墓を作り
愚かな営みを繰り返してきた、愚かな歴史を残してきた
我は悠久を生きて神羅万象を見詰める者なり
人にとっての死が値千金の宝物だというのなら
敬って捧げ、共に歌え、魂鎮めの歌を、曲を
共に歌え、愛すべき人の子よ・・・
小百姓の娘は、父の墓へ月参りに来て、思いがけず竜の歌に遭遇した。娘の恥じらう手は、色黒な里長の息子の手としっかり結ばれていた。
しっかり結ばれていた。
 
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