このブログは、写真がないし読みにくいし意味不明だし、作者が毒に冒されてるし、人よりも動物の方が多いし、読者にとっては「なんじゃこりゃ」に違いな く、それを証すようにいつもアクセス数は低調だ。リアルとフィクションのバランスを考えながら1日に2つ記事を上げて、やっと80へ行くか行かないか。こ れでもまだ増えた方で、以前なんかは20、30くらいの低空飛行だった。よくもまあ心が折れなかったものだ。
これまで最高だったのは、岐阜の未来会館で開催された千葉一弘さんのライブで本物の「君と」を聞いて感動し、本人にメールして僕のブログへのリンクが貼ら れた時で、365。この時は有名人のパワーを実感したし感謝もした。ただこの時のは単発で終わり、訪問者の増加はほんの僅か。密かに平均100超えを期待 していたから、ちょっと肩透かしをくらった気分だった。
 
そんな人気のないこのブログ、今日もどうせ低調なスタートなのだと思っていた。「捨てられた命」を上げて眠りに就いた時は既に日付が今日になっていて、その時はアクセスが10くらい、まあ普通だ。
ところが。今朝起きて携帯で確認したらアクセスが200ちょっと。眼を丸くした。
これは「捨てられた命」にアクセスが集中したのでなく、ひとりないし数人が過去記事に遡って閲覧してこの数字を弾き出したと分かってさらにびっくりだ。今までもなかったわけじゃないけど、このブログを把握するにはそこまで見なくても十分なはず。まさになんじゃこりゃ、だ。
 
しかも。異常事態はそれだけではなかった。現在の読者数に、「1」が。・・・ええ!?
いつも「0」。それが僕のブログのある意味、常識だった。「0」が定番だった。安心だった。いつも「0」なら掛けても割っても「0」に帰結するから、気が 楽だった。わざわざ転落のリスクを伴う「1」を生成する意味がわからなかった。人生においても「0」ばかりならどんなにか楽かしれないのに。
生まれてしまった。とうとう「1」が。生まれてしまった以上は何でもそうだ、赤ちゃんでも借金でも無駄でも浪費でも卵でも恋愛感情でも、面倒を見なくちゃ いけない、責任と義務だ、それがたったひとりのオーディエンスに対する適切な対応というもので、それを怠ればたちまち「1」が消滅する可能性がある。
まあ強いて言えばそれは嬉しい誤算、という奴か。
 
ひだっちは案外よく出来たブログサービスなんだけど、この登録した誰かひとりが誰なのか全く分からない仕様は困るな。非常に困る。
それを知ってどうとかいうことはない。ましてやブログの中身が変化するなんて、ありえない。
でも、何か興味あるじゃない?僕に思い当たる節がないあるから余計、その誰かを確認したいんだと思う。
もし本当にその人がひとりで200近くもアクセス数を稼いだのだとしたら、褒めてやりたい。もし違っていたら・・・?その時はその時で。
 
僕の知ってる〇〇さんなら連絡ください。

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