オリジナルを知らないから。それを聞いた時は衝撃的だった。
JA青年の歌「君と」。全国の農協青年部で大事に歌い継がれているらしいけど、これ、お世辞にもいい歌だなんて思えなかった。よく、社歌や校歌をロック調 にしてみました、的なあれ。古すぎて垢まみれで額縁に入れて飾られそうで時代の移り変わりなんてまるで無視した奴よりはましってだけ。
熱唱する意味が分からない。公開の場で歌って優劣を決める神経が理解出来ない。今度は東海大会だ、とか夢見て熱くなる気持ちに入り込めない。
その感覚はおそらく僕だけじゃないはずだけどそんな角の立つことは誰も口にしない。口にしたって何一つ得するものがないから。そういうものなんだ、って割りきって惰性に流れる方が圧倒的に楽だから。
他の人がそうであるように僕もそうだった。
この歌の作者は何を考えてるんだろう、と心の底では思っていた。
 
その作者が目の前に現れた。29日に行われた岐阜県青年部大会のひとコマ、ミニライブなるものの一人だけの出演者が、彼だった。
千葉一弘氏。カズヒロ、の名で活動しているらしい。
プロフを確認する。1965年生まれ、仙台出身。過去にはロックバンドのボーカリストとしてメジャー契約したこともあるらしいがほぼ無名のまま解散。ソロ 活動を始める。「君と」の制作を手掛けたことから青年部と縁ができ、現在は他の仕事もしながら全国の青年部イベントにゲスト出演。
彼は、見た目の細くて軽いイメージとは違ってハスキーボイスで、人当たりが良く、歌のうまさだけでない歌の力を存分に見せつけてくれた。さすが、だ。
実年齢より若い印象があった。僕はJA青年の歌「君と」の作者を勝手にもう少し年配の、貫禄がある人をイメージしていたので意外だった。
 
大会は、田中さんの発表以外は終始ぴりりとせず、全体にまどろみの中にあるような雰囲気で進んでいたので、彼がステージに登場しての挨拶で「これから45 分くらいの時間、お付き合い下さい。」と言われた時には、正直なところ大丈夫かな、と思った。だけどそれは杞憂だった。最初にギターとハーモニカの演奏か ら始まる彼の持ち歌を聞いて、眠くなるどころか逆に目が冴えて、余計な物を排除したシンプルな彼の歌の世界にぐぐっと引き込まれた。
記憶が曖昧だけど、その日の演奏曲数は4つ。最初がJA青年の歌「君と」のカップリング曲、彼が歌うカラオケ演歌(舟歌?)、美輪明宏のヨイトマケの唄、最後が「君と」だ。
一旦はメジャーデビューを果たした彼が厳しい現実に負けて仙台へ帰り、妻子のある生活を守るために工事現場、それもマンホールの中に入るような人が嫌うよ うな仕事をむしろ隠れ家にして生きた、という切ない話の後のヨイトマケの唄が、このミニライブのメインだった。僕にとっては普段好んで聞かない系統の曲 だったけどそこに込めた熱と思いは迫真のものがあった。それは、彼が「君と」の制作を依頼される伏線になるもので、土臭い、と冒頭で自分を表現した理由を 解き明かすものでもあった。
彼のそうした苦労話を聞いた後に初めて耳にした、コピーでない、本物の、それも生の、JA青年の歌「君と」には格別の感慨があった。それは実は彼にとって は人生を一転させるほどの楽曲で、こんな堅苦しいステージで彼の魂に出会えたのもこの曲で、歌詞は公募から選んだものなんだと謙遜して語ってはいたけど間 違いなく旋律も歌詞も全て含めて愛着を持っているのであり、そういう土臭い、たゆまぬ努力によって生み出された結晶のようなこの曲は、汚してはならない、 けなしてもならない、やはり歌い継ぐだけの価値があると納得した。
だから彼が歌い終えた後は満場の拍手だった。その心から感動したという意思の表れは彼が退場するときも同じだった。枯れ果てた心の泉に、自然と清い水が湧き出すかのようだった。
 
その作者の愛情いっぱいのJA青年の歌「君と」。
これは青年部の大会で歌のうまさを競うコンクールに使われていて今までも聞く機会はあったけど、10月からjoysounndに入ってカラオケで歌える、という情報を、ミニライブの途中で彼自身が報告した。
これには思わず会場が沸いたさ。ああ、これは青年部の飲み会とかがあれば必ず誰かは歌いそうやな、という憶測があるから。
喜ばしいことにか悲しいことにかはさておいて、賑やかになりそうやな。本人の歌声も聴いてまったし。
因みに僕は歌わんな。リスペクトはブログ記事で十分やで。