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駅のトイレに入ると
いつもきれいにご利用いただきましてありがとうございます。
っていう張り紙がある。
ちょっと検索してみたら、みんな同じことを考えているようで、
「この心理的効果はなんですか?」
なんていう質問もみられる。
まあ、さまざまな解釈ができるだろうが、
やはりこの張り紙には「他者」を考えさせるような工夫があるのではないだろうか。
「トイレをよごさないでください」 という張り紙は、
裏を返せば、
「トイレをよごしている人」
がいるのだ。
一方、
「いつもトイレをきれいにご利用いただきましてありがとうございます」
という張り紙には
「みんなトイレをよごさない」
という隠語が隠されている。
ようは自分以外の「他者」の振る舞いに
我々は規定されているのだ。
よごしている人がいると思った瞬間によごしてもいいという解釈が働き、
よごしている人がいないと思った瞬間によごしてはいけないという解釈が働く。
なんとも日本人的である。
といった結論はありきたりかな。
日頃思うことだが、
いつも俯瞰的にものを考えてしまう癖がついてしまった。
これはいい面もあるし、悪い面もある。
ただ、ポジティブにとらえたい。
俯瞰的にものを見る。
これはとても面白いことでありまして、
たとえば何か嫌なことがあったとする。
なんでもいい。
そうすると、ふっと上から自分を眺めてみるのだ。
上からとはどのくらい?
うーん、30メーターくらい上からかな笑
そうすると人間なんて小さい。
そして、いまあった嫌なことなんて、もっと小さいことなのだ。
とまあ、ポジティブなんだかバカなんだかわからないが、
かっこよくいえば俯瞰的にものごとを見ると、
悩むことなんて一般人には絶対にしない。
悩むということは、すべて自分と関係した悩みである。
人間関係の悩みが90%だろう。
いや、それ以上か。
地球の環境問題について本気で悩んでいる人なんて1人もいない。
すべてつきつめれば、その人本人の悩みに直結していく。
見栄、名声・・・
みんな自分のことが大好きなのだ。
だって、自分の視点でものごとをみているのだから。
人のために流す涙は、身内くらいなものである。
そうするとおすすめなのは、ふっと上からみてみること。
そうすると、自分が相対化され、悩みが自分からみた悩みではなく、
他人から見た悩みになる。
他人なんか手前のことなんかしったこっちゃないから、
はあ?ナニコイツ
で終わりだろう。
となんだか思ったことを書いた。
これも、すべて自分のため。