dream_train



僕は夢を見ていた。


真っ白な氷原の真ん中を、電車に乗って走る夢だ。

スケートリンクのようにつるつるした氷の大地が

日の光を照り返して、ピカピカと光っていた。

そのくせ空を見上げても、どこにも太陽など見当たらない。

うっすらとしたグレーの雲が空一面に広がっている。


僕は、対面式のシートに座って薄いガラス窓の向こう側

に広がったその景色をぼんやりと眺めていた。


電車は振動なく、氷の上をすべるようにして進んだ。

ガラスが、風でカタカタ、カタ・・・カタカタカタ・・・

と不規則な音を立てている。


ここはどこだろう?

なぜこんな所にいるんだろう?



どのくらい時間が経ったのだろうか。

気がつくと斜向かいのシートに人がいた。

長い髪を後ろで束ねた若い女と

5歳くらいの小さな男の子だ。

母親と子供なのだろう。


男の子は、靴を脱いでシートに上がり、

退屈そうに母親のセーターのひじを引っ張っている。

母親の方は、さっきまでの僕のように、ぼんやりと

電車の外を眺めていた。

なぜだろう、強烈な概視感が押しよせた。


僕は思い切って、その親子にここがどこなのか聞いてみようと思い

立ち上がって、彼らの座っているシートの前に歩いていった。


「すみません、あの・・・」


声をかけても、母親も男の子も反応しなかった。

目の前に立っても、全く見えていないらしい。

声も聞こえていない。どういうことだろう・・・


そのとき、電車が何の前触れもなく減速し始めた。

どこかに停まるらしい。


母親が男の子に靴をはくように促す。

男の子はまだ靴紐の結び方を覚えたばかりらしく

ゆっくりと、もどかしげに靴を履いた。

母親は決して手伝おうとはせずに

じっと見守っている。


男の子が靴を履き終わるのを待っていたように、電車は駅に滑り込んだ。

屋根も、駅舎も、ベンチも、もちろん駅名を示す看板もない、

プラットフォームだけの駅だ。


扉が開くと、親子はすたすたと歩いて

何の迷いもなく降りていってしまった。

駅の周りには何も見当たらない。

真っ白な氷原の真ん中にぽつんと

無機質なプラットフォームが浮島のように浮かんでいるのだ。

開かれた扉からは、鋭く冷え切った空気が流れ込んでくる。

僕は思わず身震いして、白い息を見つめた。

こんなところで降りて、一体どこに行くのだろう。

 

やがて、するすると扉が閉まり

滑らかに電車が動き出した。

そして僕はまた一人になった。

 

僕はあきらめてまたもとの席に座り

ポケットに入っていた煙草をくわえて火をつけた。

鋭い空気といっしょに、煙を肺の奥までゆっくりと

深く吸い込む。

あの親子はなんだったのだろう。

だいたい、ここはどこなんだろう。

さっきから何も解決していないじゃないか。
ここに来る前の最後の記憶を呼び起こそうとしたが

全くうまくいかなかった。いま僕に分かることは、

気がついたらここにいたということだけだ。

それしか分からない。

あの時の既視感・・・僕はあの親子を知っているのだ。

それも深く深く知っている。何度も反芻され

カラダにこびりついた、幼い頃の記憶のように

僕はあの親子を知っているのだ。

 

ずいぶんと長いことそうしていたような気がする。

1時間か、3時間か、はっきりとは分からない。

突然、電車が減速し始めた。

そして、程なく駅に滑り込んで停車した。

煙草はとっくに根元まで燃えて、フィルターだけが

左手の人差し指と中指の間に取り残されていた。

 

さっきと全くおなじ、のっぺりとした無機質な

プラットフォームだけの駅だ。もちろん周囲には何もない。

ただ真っ白な氷原がどこまでもつづいていた。

ひょっとするとぐるっと大きな円を描いて

元の場所に戻ってきたのかもしれないが、

それを確かめる方法はなかった。

 

扉が開いたとき、僕は降りようと思った。

もうここには何もない、誰もいないのだから。

新しい煙草に火をつけて、立ち上がった。

 

電車から降りる一歩前で立ち止まり

冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

僕にはもう分かっていた。何度も繰り返したことなのだ。

何もないのは見せ掛けだ。

必要なものはみんなここにあるし

必要な人はみんなここにいるはずなのだ。

最初からずっとここにいるのだ。

 

僕は、諦めてプラットフォームに足を踏み出した。

新しい一日を刻むために。








by  tak