2月に入ると、この地方の空気は
いきなりあたたかくなり始めるらしい
東京から来た僕には、ずいぶんと穏やかに感じられた。

ただ、春先に気温が高いということは
とうぜん花粉が飛んでいる。

「クション!・・・クシュ!!」

朝からくしゃみがとまらないし、目も真っ赤だ。
もっとも、目が赤いのは花粉のせいばかりではないのだけど。

僕は、国道沿いに置かれたプラスチックの安っぽいベンチに
腰を下ろして、ライトアップされた城の天守閣を見上げた。
こんなところに城があったとは知らなかった。


これでよかったんだ・・・

僕は、それだけを何度も何度も自分に言い聞かせていた。

一度会えば・・・一度味わってしまったら
忘れられなくなるくらいのことは分かっていた。
彼女が隣にいない、それだけで圧倒的な寂寥感が
おそってくる。

彼女と僕は、いろいろなものに互いを隔てられている。

でも結局のところ、こうする他なかった。
僕たちは遅かれ早かれ、きっと求め合う。
いつまでも、ごまかしていたって仕方がないんだ。
ここがスタート地点なんだから。


花粉症でぼんやりとした頭には
目に入るものすべてが、重さのない
作り物のように感じられた。

プラスチックのベンチ
プラスチックの通行人
プラスチックの車
プラスチックの空気

そしてプラスチックの僕

乾燥していて、とらえどころがない。
つめを立てると、イヤな音と感触が伝わる。

僕は、ベンチに腰掛けたまま、足を伸ばし
コートのポケットに両手を突っ込んだ。
左手に触れた携帯電話は、薄く引き延ばされた可能性
だけをまとって、沈黙していた。


プラスチックの携帯
プラスチックの僕


彼女のことを、強く、深く、想った。


彼女だけは、ホンモノのように感じられる。
うん、この想いはホンモノだ・・・プラスチックじゃない。


「負けるもんか・・・」


クッと顔をあげて、僕は立ち上がった。
たった一つのホンモノをたずさえて。





by tak(inspired by "fake plastic trees" RADIOHEAD