僕は、全ての意識回線を切り替えて
「ブルー」の中に沈み込んだ


なんともいない、心地よい感覚だ
意識が、トロッとしたゲル状の生暖かい液体に
沈み込んで行く感じがする。
目の前に真っ青な世界が広がる。
初めはほとんど透明に近かったその柔らかい青は
徐々に濃くなり、やがて闇にちかづく。

転送サーバーへの負荷がみるみるうちに
減っていった。


“ ああ、気持ちがいい ”


まったく便利なものだ。
この時代、大半の人間は、脳を体の外においている。
地域ごとの管理センターに保管された脳から出る神経パルスは
大型コンピュータでプロセッシングを受けたのちに
超高速衛星回線を経由してボディーに転送され
ここにリアルタイムの完全なリモートコントロールが
実現する。ボディーに装備された感覚器官からのデータは
全く逆の経路をたどって、脳側にフィードバックされる。

ボディーにもとの自分の生身を利用する変わり者もいるが、
普通は人工義体だ。その方が安上がりだし、頑丈なのだ。
要らなくなった生身の体を売却すればいい金にもなる。

しかし、転送サーバーの処理能力や
高速回線の太さには限界がある。
そして当然、このシステムは
絶対にダウンさせるわけにはいかないので
セーフモードが用意されている。

各個人の、感情レベルが一定の範囲を超えると
システムへの負荷を減らすために、
管理コンピュータが緊急措置権限を発動する。
感情レベルが既定の値に修正され、場合によっては、
感情過多の原因となった記憶の一部も削除される。

これは法律できちんと定められたことだ。

そして僕達は、このセーフモードのことを
視覚にもたらされる青にちなんで
「ブルー」とよんでいる。

「ブルー」に潜るのは決して不愉快ではない。
意識が戻ったときには、実にすっきりとした
いい気分になっているからだ。
いまどき記憶の一部を消されるくらいで
文句をいう者などいない。これは必要なことなのだ。


 転送サーバlfkoo49-takの最適化作業が終了しました。
 セーフモードを解除します。意識の回復に備えてください。



「ブルー」が終了するというアナウンスが流れた。
深海から浮上するように、闇が少しづつ明るくなり
鮮やかな青となり、やがて透明に近づき、光に包まれた。

目を空けると、自室の天井が見えた。
ベッドに寝ているのだ。
すっかり気分が良くなっている。
ついさっきまで何かひどく気分を害していたような
気がするが、もう思い出せない。

起きあがって、着替えを済ませると
彼女から通話が入った。サーバー経由の
意識通話ではなく、昔ながらの音声通話。
彼女は生身の人間なのだ。脳もちゃんと
体内にある。


「ん、やあ!」

僕は通話を開き、にこやかにそういった。
その瞬間に、なぜか彼女の顔が曇った。

「あれ、どうかしたの?」

と僕は聞いた。

「・・・・いや、さっきのこと・・謝ろうと思ったんだけど・・」

泣きそうな声で彼女は言う
もちろん僕は、思い出せない。


「また・・・忘れちゃったんだね・・・」


彼女の涙声を残して、通話は一方的に閉じられた。
僕はしばらく立ち尽くしていたが、やがて通話機を
テーブルに置いた。

そしてキッチンへ行き、夕飯にスパゲッティを茹でて
泣きながら一人で食べた。






by tak