若い=青い。

 

私もそうだったな。

傷ついた。

劣等感の塊だったよ。

 

そうやって64年生きて来た。

いろいろ有ったな。

楽しかった。

 

人はみな個性的である。

私もそうだ。

癖がある。

 

嫌われる面が多かろう。

でも好かれる面だってある。

そのどちらに注目するかがポイント。

 

きっと

良い面に注目して見てる方が

もちろん関係性は良くなるし

楽しく過ごせると思う。

 

そのあたりが

少しずつ私にも分かって来た。

実に遅ればせながらなんだが。

 

ふてくされ娘には

一生懸命に説明はするのだが

まあ分かっても貰えまい。

 

とは言え

若いと言うことは

素晴らしいことだ。

 

幸福になりなさい。

大腸ポリープ取りがあって

つごう4日間の完全レストだった。

こんなに仕事を休んだのは久しぶりだな。

 

出勤はするが

今日もデューティフリーの筈。

のんびり過ごそう。

 

実は

これで良いんだ。

こんな感じで行って良いんだと実感した。

 

今まで

余りにも働き過ぎた。

真面目過ぎた。

手を抜いたり楽しんだりするのが不足していた。

 

残りの人生は

大いに手を抜いて行こう。

 

そんなところが

家庭不和に繋がって居たのかと

改めて気づいたりする。

内視鏡治療は上手く行った。

ちゃんと取れたよ。

ラッキー。

 

全部で8つ。

うち2つは大きかったので粘膜切除。

あとは普通に取れたとのこと。

先だっての4つと合わせて12個のポリープを取った。

 

こんな感じで

年に一回くらいずつ検査を受けて置けば

まあ大腸がんで死ぬことはなかろう。

有難いことだなあ。

 

空は綺麗な秋晴れで

お月様も美しかったよ。

 

大丈夫。

上手く行くさ。

全ての問題が最後には解決する。

良かった。

態度が軟化して来ても

「なんか」なあ。

 

私と一緒に住むのは嫌だ、

帰って来ないで欲しいと

あの時は思ったけど

「言い過ぎだった、すみませんでした」と

突然、女房が謝って来た。

 

私は悩みに悩んだ末に

今の仕事も辞めて

田舎に帰る一大決心をした。

一緒に住めないと言うから

近場に住まいも準備する方向で話を進めていたんだ。

 

精神的な

大ダメージから

気持ちを漸く切り替えたところ。

何日も眠れぬ夜を過ごした。辛かった。

 

新しい仕事も

来週には目途が付いて来る予定だった。

おそらくウエルカムで迎えられる。

 

あの家は

私の家なのだから

そもそも私に住む権利はあるし

こっちが引く必要なんかないのに

それでも向こうの思いに配慮して話を進めていたんだ。

 

近場に戻れば

徐々に女房の態度も変わって行くだろう

そもそもこちらには何の落ち度もないからな

とは思ったんだけど

気持ちの変わり方がひどすぎ、いきなりすぎ、

ちょっと手のひら返し過ぎじゃないか?

 

次男、三男には

「お父さんとお母さん

いいかげんにしろよ」

と説教される始末。

恥ずかしいったらありゃしない。

 

そもそも

私はずっと一緒に住みたいと言っていた訳で

いきなり怒り出したのは向こうだ。

私は一言も、何にも文句なんか言ってない。

 

はるか昔、何年も前のこと、

子供の部活動への関りが薄かったとか

腹に据えかねていたとのことだが

後だしじゃんけんに過ぎる。

 

その程度の不満なんかお互い様。

だいたい私だってその間遊んでいた訳じゃない、

懸命に仕事して家族を養っていたんだ。

それでも全く行かなかった訳dもないし。

 

もう、

仕方ない。

此処まで来ちゃったからには

私は仕事を換えます。

変更の変更は今さら無理です。

 

これも神さまの采配なのだろう。

あと何年働けるか分からないが

最後の仕事、楽しくやれる様にするしかない。

 

きっと上手く行くよ。

私は何処に行っても頼られるんだ。

今の職場でも惜しまれることだろう。

迷惑をかけてしまう。

 

この件で女房の責任は重大なんだが、

彼女は仕事なんかしたことないから

このあたりの実感を理解して貰うのは無理だな。

 

如何に

自分がお気楽で

どんだけ楽に生きて来たのか

仕事って何なのか

理解することなんか出来まい。

 

此処まで来たからには

引き続き一人暮らしもしながら楽しくやるよ。

もちろん家も近くなるから

何を言われようと好きな時に堂々と帰る。

 

また車も買おう。

東京では自粛していた運転も再開だ。

あまり好きじゃなかった田舎暮らしだけど

都会人にはなるなってことだな。

 

まあ結果はオーライだった。

人生の終盤も

楽しそうなことが沢山あるよね。

神さま有難うございます。

 

なせばなる

なさねばならぬなにごとも

ならぬはおのれが

なさぬなりけり

ってのが有ったな確か。

 

娘の掃除下手

かなり大変だった。

ゴミ部屋の片づけで

こっちは大変な思いをした。

 

学校も

仕事も

ぜんぶ中途半端で投げ出して

金は盗むわ

反抗するわで

それはそれはひどかったこと。

 

せっかく見つけた仕事も

数カ月で駄目にしてしまった。

お陰で私も仕事をしくじった。

 

で、

なんと今日は

自分で片付けできていた。

久しぶりに部屋を見に来てよいとのことで

もう感激。

 

こんなことで喜んでいる

馬鹿親の典型なんだが

嬉しいことは嬉しい。

 

ともかく自信をもつこと、

自分は大丈夫だと信じること

それからすべてが始まる。

 

そのあたりを教えたいが、

なかなか伝えられないもどかしさよ。

情けない思いで

何日の眠れぬ夜と過ごしたか。

 

今日は

私は独りで祝杯を挙げている。

良かった。

神様にありがとうを伝えたい。

昨日のブログを読み返して

愚痴にしかなっていないことに気づいた。

 

全てのことは

自分に原因がある。

 

そう思って

あとは神さまの思いに沿って

自分の道を進むしかないよね。

 

楽しいなあと思うことを

どんどんやって行こうと思う。

 

仮に

その時は楽しくないと感じても

きっと何かの役に立つんだと信じれば

楽しく感じられるようになるかもしれない。

 

24日に

大腸ポリープを取る。

おそらく癌にはなっていないだろうから

取れば終わりなんだけどね。

 

こうやって

神様に救われている訳だ。

生きているだけでまるもうけ。

 

どんどん

人生を楽しもう。

来年から年金か。

まだまだこれからだな。

妻には

帰って来るなと言われている。

単身赴任3年の結果がこれだ。

そばに居られると困る、居ない方が楽だとのこと。

みな楽しく過ごせると。

 

私が留守の所に

三男が帰って屋内の改装をしている。

私の部屋も片付けられ

もはや居場所はない。

 

私には

このまま単身生活を続け

稼ぎ続けては欲しいとのこと。

 

次女の受験が近づいているが

志望校などの情報も入れてくれない。

父親は居なくても大丈夫と。

なんか孤独だな。寂しく感じる。

 

住民票も本籍もある家なので

私はいつでも帰れる訳だが

先だっても冷たい態度で居場所が無いのが実情。

 

妻も三男も

私の稼ぎで暮らしている訳だから

多少の敬意は払って欲しいとは思うが

それは昭和の感覚

金を稼いで来るから偉いと言うのは

パワハラだとのこと。

 

私の子育てや

生き方には共感できないとのことだが

今さら、昔のことを言われてもなあ。

 

たしかに声を荒げたことはあるけど

妻を叩いたことなど一度もない。

でも怖いと感じた時点で暴力なのだそうで。

 

でも逆に

話しかけても無視したり

子供の情報も全く入れてくれないのは

暴力じゃないのか、

少なくとも親権の侵害じゃなかろうか。

 

居場所がない。

まあ上等ではある。

人間は裸で生まれ、裸で死んでいくのだから。

 

30年間以上

家族のために働いて来た。

自分の楽しみなんて無かったに等しい。

 

酒もタバコもギャンブルもやらぬ。

旅行は行ったことがない。

着た切り雀で外食だって殆どしない。

 

家族を何処にも連れて行かなかったと

今さら糾弾されるわけだが

事実上休みなく働いていたんだ。

土日だって休んだことがないのは分かっているだろうに。

徹夜続きの時だって妻子は高いびきだったじゃないか。

 

もう止めよう。

愚痴をこぼしても仕方ない。

これからは

私は私のために生きる。

 

お金だけは稼いでやらざるを得ないだろうが。

これも運命だ。

正直いって私一人だけなら

十分に食って行けるだけの年金はある。

懸命に働いたからな。

 

考えてみると

いま月に4~5万の生活費以外は

自分のために使ってない訳で

あとの100万近くは全部妻や子供に回っているんだ。

 

それで食って飲んで遊んで過ごしているのは

まるで王侯貴族の暮らしだな。

私は奴隷みたいなものかも。

 

これからは

少しは自分にも使おう。

有給休暇をとって一人旅でもしてみようか。

 

自分の人生を楽しむために

私は生まれて来たんだ、と

最近になって気付き始めた。

 

多くの苦悩も

楽しみだと捉えて

笑って過ごせるだけの度量を

神様、私に与えてください。

 

 

 

 

 

家を離れて

とても清々しい気持ちになり

嬉しかった。

希望が沢山あった。

しっかり楽しめた。

 

でも

やはり

それで失われたものも大きかった。

 

神様が

私に何かを教えてくれている。

 

一生懸命に学び取りたい。

未来に向けて必要な何かが

いま示されている。

 

人のつながりってのも

なかなか難しい。

距離感を如何に保って行くか。

 

近すぎても息が詰まる。

遠すぎるのは寂しい。

その感覚が皆違うから混乱する。

 

仕事を切り上げて

帰ることになるかも知れない。

そのあたりはどうにでもなる。

 

大事なのは

神様の教えてくれていることだ。

何を求められているのか。

 

この世に生を受け、

いま生きていると言う奇跡を

どうやって満喫して行くか。

 

時間はある。

じっくり考えてみよう。

 

 

 

 

良かった。

百合子おばさんのお葬式。

 

久しぶりだったいとこ達に会えて、

旧交を温めることが出来たのは

とても嬉しい事でした。

 

親戚一同で写した

昔の写真を見ながら

いろんなことを思い出した。

 

家を離れたことは

大きな間違いだったかも知れない。

私は、あの家に縛られる運命にあるのかと

ふと感じた

 

そう考えると

施設に入って貰った母親にも

とても悪いことをした。

今さらながら後悔している。

 

まだ

間に合うかも知れない。

帰ろうかと考える。

 

このお葬式は

大きなエポックになった。

神様が与えてくれた大きな転機か。