生まれて初めての犬との暮らしが始まって、10月で3年が経ちました。
早いものです。
バタバタと過ぎていく日々の中で、いつもたくさん食べて、寝て、走って。この子が教えてくれることは毎日たくさんあって、書ききれないほど。
この前の日曜の朝は、洗濯物の山から洗濯ネットを奪って、ファスナーの引き手部分をかじって飲み込んでしまいました。
気を付けていたはずなのに・・・実は2回目。
どちらも私の不注意です。手の届かない場所に置いた「つもり」でした。
どうしよう。
夫は出かけてしまっていたのでLINEで連絡をしたら、「君が判断して、病院へ行くのなら行ってきて。」という返事でした。
(念のため断っておくと、夫はどんなに遅く帰っても、毎朝5時に起きて散歩に連れて行ってくれるほど溺愛してます。)
前回うんちと一緒に出てきたし、そのときが来るまで放っておく?
大きさも同じくらいだし?
でも、もし何かあったら?
病院に連れていくにも、お世話になっている病院は歩いて行くと20分以上。
前日食べに行った沖縄料理屋さんが美味しかったので、サーターアンダギー好きの父にあげようとお土産に買っておいた紙袋を手に、歩いて5分の実家へ。
「あとになって、あのとき病院へ連れて行ってあげてたら良かった、なんて思わないように」
父は犬をなでながらいつでも車を出すよ、と言わんばなりにキーをじゃらっとならして、言ってくれました。
あー。
私はまた父に甘えてしまっている。
そういう言葉が欲しくて行ったようなもの。サーターアンダギーがついでのようになってしまって、いつものようにすぐ手をつけてくれない。
そうこうしている間に夫が帰ってきてくれたので、夫の車で病院へ連れて行ってもらいました。
先生に処置していただいたけど、ファスナーは出てこず。
薬を飲もうとせず、注射をしても吐くことを我慢してしまうので、出てくるのを待ちましょうか、となりました。
はらはら過ごし、約60時間経った火曜日の夜、うんちから出てきました。
はぁー。よかった。
それにしても、夫に連絡した時の返事が冷たくない?
ふと気になり聞いてみました。
「現場にいないのに何がベストかわからない。いつも僕の判断を仰ぐのではなく、たまには自分で決めてごらん。」という返事。
なるほど。いつも何でもすぐ伝えてたけど、ちょっと無責任に見えていたのかな、と反省。
父にも夫にもどっぷり甘えて、どうしてすぐ一人で病院へ連れて行かなかったのか、冷静に振り返るとただ情けない。
何かのエッセイで、「犬との暮らしは、子育ての予行演習みたいなもの」と書かれていました。
今日も喜んでごはんを食べて、くっついて眠るかわいいヤツ。
いつも帰るとうれしそうに「おかえり!」が聞こえてきそうなダンスで出迎えてくれて。
「終わったこと気にすんなよー」って顔で、おもちゃをがしがしかじってる。
この子との暮らしは、私たちが家族らしくなってゆく大切なエレメント。私には欠かせない存在だと改めて気付かせてくれました。
もうファスナーの誤飲なんてさせません(当たり前ですね)!
久しぶりにこの曲を思い出しました。
大切な愛犬を亡くされたときに製作されたアルバム。
あまり有名ではないし、もっとハッピーな犬の曲はたくさんあるけど、私はこの歌詞がすごく好きだ。
